表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
第四章『灰色の猫』
34/69

四.

「さて、次はどこに行こうか?」

 

 店から出てきた二人に聞く。俺たちはちょうど昼ご飯を食べ終えたところだ。――もちろん『レッドスター』ではない店で食べた。

 そして、この後どうするのかを計画していた二人に俺が問いかけたのだ。そんな俺の問いに明華が口を開く。


「綾奈、行きたいところがあるんだよね?」


「あ、はい」


 明華の言葉に綾奈が頷いた。


「――行きたいところって?」


 今ご飯を食べたばかりで、そんなことはあり得るわけがないのに、俺は少し警戒してしまう。

 ……綾奈ならやりかねないからな。

 しかし、警戒していた綾奈の口から出た言葉は、俺の予想をよい意味で裏切るものだった。


「本屋さんに行きたいです」


「本屋、さん?」


「はい、本屋さんです」


「そ、そっかぁ、本屋か」


 俺は安堵のため息をつく。


「どうかしましたか?」


「いや、なんでもないよ」


 ため息の本当の理由をテキトーにはぐらかす。


「それじゃ、本屋さんに決定ね!」


 明華の宣言に俺と綾奈は頷くと、本屋に足を向ける。本屋は、俺たちのいる飲食店街の一階下にあるはずだ。

 このデパートは八階建てで、上から二階、つまり八階、七階は全フロアを使用した屋内駐車場。六階は一部が駐車場で、その他のフロアが映画館やゲームセンターになっている。

 そして、五階が飲食店街、四階が各専門店、二階三階が紳士服、婦人服ときて、一階が食品売り場だ。

 ――やっぱり……


「広いねぇ」 


 四階の専門店フロアにエスカレーターを使って降りてきた俺は、そのフロアを見渡して内心に呟く。しかしその呟きは途中で遮られ、俺の思っていたことと同じことを明華が声に出して言ってくれた。

 初めてこのデパートに来た明華は、その広さに感動し、目を輝かせている。俺も初めて来た時は、同じように周りをキョロキョロと見たものだ。

 本屋はこのフロアの中ほどにあり、隣はゲームや映像媒体などを専門に扱う店だ。その店の前を通り、俺たちは本屋に入った。


「綾奈はどんな本を買いに来たんだ?」


 広々とした店内を見渡しながら俺が聞く。


「お料理の本です」


「料理?」


 綾奈には悪いが、正直意外だった。綾奈は言うなればお嬢様だ。料理や洗濯などとは無縁の生活をしていると思っていた。


「花嫁修業の一環です」


 ――あ、でも理由はなんだかお嬢様っぽいな。料理をする理由に、普通は『花嫁修業』は使わないだろうから。

 俺はそんなことを思いながら、綾奈に言う。


「綾奈ならいいお嫁さんになれるよ」


 俺がなんの気なしに言ったこの言葉を聞いた途端、綾奈の顔がポッという感じで朱に染まる。


「わ、わ、私がいいお嫁さんに!?」


「あ、あぁ……」


 ……なんでこんなに慌てているんだ? 自分で花嫁修行だと言っているのに。


「――私が総真さんのお嫁さんに……」


 そしてそのまま小さな声でなにやら呟いている。内容は聞き取れないが、顔がすごく嬉しそうだ。

 ――ま、綾奈と釣り合うほどの男がいればだけど……

 家柄を考えると、いろんなしらがみとかがありそうだ。俺としては、そういうのは恋愛には関係ないと言いたいが。


「総真さん!」


「ん?」


 顔を伏せていた綾奈がいきなり顔を上げると、


「こ、今度、私の肉じゃがを食べてくださいますか!?」


「…………」


 ……なぜ『肉じゃが』限定なんだ? いや、作ってくれるのは非常にありがたいんだけども。


「……駄目ですか?」


「あ、いや、そんなことないぞ。よろしく頼むよ」


「はい!」


 綾奈がとっても嬉しそうに微笑む。むしろこの笑顔だけでお腹一杯になりそうだ。


「私、頑張ります! 楽しみにしておいてください」


「うん、楽しみにしておくよ」


 そう言うと綾奈は、天井から『料理・調理関連』と書かれた札が下がるコーナーに向かって行った。

 その綾奈の姿を見送ってから、俺は振り返る。そこにはどこかムスッとした表情の明華が立っていた。


「お前はなにか買うものあるのか?」


 とりあえず聞いてみる。買ったとしても漫画だとは思うが。


「ふん、どうせ私はあんまり料理うまくないですよ!」


「……は?」


 ……いきなりなにを言い出したんだ? こいつは。


「どうせ私はいいお嫁さんにはなれませんよ!」


 フンッと顔を背ける明華。それに俺はどんな反応をすればいいか分からない。

 ――えーと、料理ができるといいお嫁さんになれるって、俺が言ったから悪いのか?

 たぶんそうなのだろう。明華はそんなに料理の腕はいい方ではない。

 ――けど、それだけで怒るなよ。


「ハァ……」


 俺は思わずため息をついてしまう。しかし困ったことに、それが明華に聞こえてしまったようだ。

 横を向いていた明華が、キッと俺を睨む。そして、


「総君のバカ!」


 そう言うと、身を翻して歩いて行く。


「お、おいっ!」


 声を掛けるが、立ち止まることなく歩いて行く明華の姿が、人ごみにまぎれていく。俺は慌ててその後を追いかける。本屋を出て隣のゲーム屋の前を通り、ジュエリーショップを横目に雑貨屋の脇を抜ける。そしてやっと、明華に追いつくことができた。人ごみに邪魔されなければ、もう少し早く追いつけていただろう。


「おい! 明華!」


 俺は明華の手を掴むと、こちらを向かせる。やっぱりまだ怒っているようだ。視線が鋭い。


「なんで怒るんだよ。料理くらいできなくたっていいだろ? それに――」


「うるさいな! どうせ私は駄目な女ですよ! ……綾奈とは違って!」


 俺の言葉を遮って、明華が言う。なぜかは分からないが、綾奈に対抗意識を持っているようだ。

 ……まったくこいつは。


「とりあえず、人の話は最後まで聞けよ」


「えっ?」


 明華の目が大きく開く。


「総、君?」


 俺の右手が明華の頭を撫ぜていた。約一か月ぶりの必勝パターンだ。ただし今回は、おやつ等は抜きだが。


「俺は好きだぞ。明華の料理。特に卵焼きが。砂糖ベースの卵焼きってなかなかないもんな。甘くてうまいのに」


「好き? 私の卵焼きが?」


「あぁ、好きだよ」


「…………」


 初めて明かした事実にもっと喜んでくれるかと思ったが、明華は逆に目線を下げてしまう。そして、チラリチラリと上目遣いでこちらを見てくる。


「じゃ、じゃあ……今度、私の卵焼き、食べてくれる?」


「当たり前だろ。俺がお前の卵焼きを食べない時があったか?」


「――なかった」


 そう答えながら明華が優しく微笑む。なんとか機嫌は戻ったようだ。それを見て、ホッと一息ついた時だった。


「総真さん、明華さん」


 俺の後方からすでに聞き慣れた声がする。


「もう……びっくりしましたよ。お二人ともいきなり行っちゃうから」


 振り返ると、予想通り綾奈がそこにいた。急いで追いかけてきたのだろう。本は買っていないようだ。


「すまん」


「ごめんなさい。……私が悪いの」


 俺と明華が頭を下げる。とっさのこととは言え、置いて行ったのは明らかに俺たちに非があった。


「いいですよ。見つかってよかったです」


 綾奈はそれほど怒ってないようで、笑顔で許してくれる。


「ホントごめんな、綾奈。まだ本も買えてないだろ?」


「えぇ」


「じゃあ、戻って本を買おうか。明華もそれでいいだろ?」


「うん!」


「よしそれじゃ、本屋に――」


 ワン! ワン!


「――えっ?」


 聞こえてきた鳴き声に、俺は言いかけた言葉を途中で止める。そして声がした方を振り向くと、

 ――ペットショップか。

 明華追いかけている間に、どうやらペットショップの前まで来ていたようだ。看板を見ると、『ワンニャン広場』と書いてある。


「わぁ! ワンちゃんだ!」


 隣に立つ明華が歓声を上げる。すでに興味津々だ。


「おい、明華! 俺たちは本屋に戻るんだぞ!」


 じりじりとペットたちがいるゲージに迫っていく明華を呼び止めようとする。


「な、綾奈」


 そして綾奈に同意を求める。


「ハァ……可愛い」


 しかし綾奈は、すでにその目をキラキラと輝かして、動物たちに見惚れてしまっていた。俺の言葉もまったく聞こえていないようだ。


「綾奈、ちょっとだけ見ていかない?」


「はい!」


 ……おーい!

 俺の思いも空しく、二人はもう待ちきれないとばかりにペットショップに入っていく。


「ハァ……」


 俺は今日何度目かのため息をつくと、先に行く二人に続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ