二.
「けど、まさか優勝できるとは思わなかったね!」
明華が自分のグラスに今度はりんごジュースを注ぎながら言う。
「まぁ、正確には一位通過だけどな。しかも予選の予選」
「でも、すごいことですよ。私たちが一年生では一番ってことですから」
綾奈も手元のグラスにぶどうジュースをグラスの半分くらいまで注いでいる。
「これで本戦の予選に進めるわけだよな?」
「はい、そうですよ」
俺の疑問に綾奈が答える。反応がすごく速い。
「本戦の予選は六月の中旬からです。その前に予選のブロック抽選があります」
「ブロック抽選?」
「本戦はチーム数が多いですから、一から八のブロックに分かれてトーナメントを行います。そして各ブロックの一位通過者が決勝トーナメントに進めます」
「そういうことか」
――いつもながら綾奈の説明はすごく分かりやすい。ありがとう、綾奈。
「まだまだ先は長いねぇ」
明華がひとり言のように言う。
「はい、この上に全国大会がありますから相当な長さですよ」
「ははは、そこまで行ったら本当にすごいな」
「それこそ綾奈のお兄さんみたいだね!」
「……えぇ」
明華の口から出た『お兄さん』という言葉に綾奈が少し困ったように笑う。その辺の事情を知らない明華は不思議そうな顔をする。明華も悪気があって言っているわけではないから俺はなにも言えない。
「えっと、そうそう!」
少し微妙な空気になりかけたのを敏感に察知した明華が話題の転換を図る。こういうところにはすごく気が利く。
――動物的勘というやつだな。
「あの事件って結局あの後どうなったのか、綾奈は知らない?」
「……あの事件ですか」
……話題のチョイスに問題があるな。さらにシリアスにしてどうする。
「結局犯人は分からなかったんでしょ?」
「えぇ、父も現場にいましたし、その後の調査もある程度は加わったらしいのですが、証拠は掴めなかったと言っていました」
因みに『あの事件』とは、俺たちが人形に襲われた事件のことだ。綾奈が言っている通り、犯人は分からずじまい。俺が倒した人形もやられたら発火して、証拠隠滅を図るようになっていたらしく、消し炭になってしまったようだった。
「大会続けても大丈夫なのかなぁ?」
「また同じことが起きないことを祈るばかりですね」
二人の表情が少し曇る。目の前で人が殺されたのだ。そうなるのも無理はない。俺もしばらくの間は、あの光景が夢に出てきたりして難儀した。
「大丈夫だよ。前にも言ったけど、その時はまた俺がなんとかするさ」
だからそんな二人に俺はわざと明るく言う。
「でも総君、あの日以来一度も出せてないよね? 例の《天叢雲剣》 だったけ?」
「うっ……」
……痛いところを衝いてくる。
そうなのだ。あの日以来、俺はあの力を使うことができていない。《天叢雲剣》を発現させることはもちろん、あの不可思議な空間に行くことも叶わないでいた。
――せめてあの空間にもう一度行けたらなにか分かるかもしれないけど。
あの空間にいた男、六道と名乗ったあの男にもう一度話を聞きたかったのだが。
「ま、まぁ、あの時も必死だったし、今度も必死になればイケるさ! ムラクモも出てくるよ」
「ムラクモ、ですか?」
綾奈が首をかしげる。
「あぁ、《天叢雲剣》って長いだろ? 俺も呼びにくいし、今度からはムラクモって呼ぼうかと思ってな」
「確かに長いよねぇ。言うたびに噛みそうになるもん」
「では、呼び名はムラクモで決定ですね」
「そうだな」
《三種の神器》と呼ばれる武器の名称をこんなに軽いノリで変えてもいいのかとも思うが、呼びにくいのだからしかたない。どんな言葉でも短縮されるのが、今の世の中なのだから。
――まぁ、なんとか落ち着いたみたいだな。
落ち込みかけていた室内の雰囲気が回復したのを感じて、俺はホッと息を吐く。せっかくの祝勝会なのだ。盛り下がりたくはない。
そこで俺はいい案を思いつく。そして、早速口にしてみる。
「なぁ、二人とも。明日は空いてるか?」
「えっ?」
「明日ですか?」
俺の言葉に二人が反応する。
「明日は休日だろ? 買い物でも行かないか?」
「行く!」
「行きます!」
俺が言い終わるのとほぼ同時に二人の返事がきた。
「い、いや、もっと考えてからでも……」
「絶対に行く!」
「必ず行きます!」
……あぁ、そう。
どうやら行くようだ。しかも『絶対』と『必ず』ときた。自分の提案が不発に終わらなかったのは嬉しいが、その勢いには驚く。
「じゃあ、篠波のデパートにしようよ! 私まだ一回も行ったことないんだぁ」
「そうしましょう。向こうでお昼も食べませんか?」
「いいねぇ! そうしよう!」
俺が黙っていても勝手に話が決まっていく。二人のテンションはとても高くなっていた。
「では、集合時間はそれで決定しましょう」
「うん、分かった!」
――これはすごく楽だな。もう、二人に任せてしまおう。
「昼ごはんはどこにしよっか?」
「いいお店がありますよ! 『レッドスター』といいまして――」
「それは駄目だ!」
「ふぇ!?」
結局、他のことはすべて二人に任せたが、昼ごはんのお店選びだけは、俺は最後まで綾奈の意見に反対し続けた。