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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
『幕間』
30/69

四.

 黒い着物に背中の赤い《八卦印》。特級陰陽師を示すそれらの証を見ても、岩崎はまだ信じられなかった。

 それもそのはずだ。詳細は機密保持のために分からないが、特級陰陽師の数は百人に満たないと言われている。その活動内容も一般的には『国家レベルの事件を担当』となっているが、具体的な活動はほとんど明かされていない。最近では五年前の《獄門(ごくもん)事件》への介入が公表された程度である。それほど極秘かつ希少な存在なのだ。


「なんでこんなところに特級陰陽師が……」


 その岩崎のひとり言を自分への質問と捉えたのか、通信機の向こう側から支援部の陰陽師が答える。


「訓練からの帰還途中だったみたいだ。運がよかったな」


「……あぁ、まったくだ」


 岩崎がぽつりと返す。そして改めて目の前の二人を見る。

 向かって左側は、顔は見えないが背格好からして女のようだ。肩口くらいまでの長さで、軽くウェーブのかかった金髪。黒い着物を着ているが、スラリとした体型なのは分かる。身長は女性の平均的な高さくらいだ。

 もう一人は男、黒髪で短髪、こちらも背中越しで顔は見えない。身長は平均くらいで、体型は引き締まっているようだ。

 二人の特級陰陽師は、周囲を取り囲む動物霊たちを一瞥していたが、その数の把握を終えたのか、男が口を開く。


「アマネ、あとは俺がやる。お前は後ろの二人を頼む」


「はいはい、分かりました。一匹も逃がさないでよ」


 アマネと呼ばれた女が肩をすくめながら返事をする。二人の声色からどちらも若いことが推測できた。


「……誰に物を言っている。ありえん」


 その言葉を受けて、男が不機嫌そうに言うと、腰にある刀を引き抜く。その刀は、陰陽師に標準装備として配られる数打ちではなく、陣太刀様式の立派な(こしら)えを見るに、かなりの名刀ではないかと推測できる。

 男は刀を自然体で構えると、隙のない体勢でいまだ二十体ほどいる動物霊たちを油断なく見据える。

 そして一瞬ののち、男は短く息を吐くとともに、一気に動く。『瞬く間』とはこういうことを言うのだろう。次の瞬間には、刀に動物霊が一体串刺しになっていた。


「は、速い……」


 その身のこなしの素晴らしさに、岩崎は無意識に感嘆を漏らした。

 当の男は、すでに次の一体を横薙ぎの一閃で斬り裂いている。斬られた動物霊は、その体を塵と化して消滅していく。その消滅を待たずして、男はさらに二体の動物霊をまとめて両断する。圧倒的な動きだった。


「大丈夫ですか?」


 その動きに視線を釘づけにされていた岩崎は、自身の斜め上から降ってきた声にすぐに反応できなかった。


「えっ? あ、あぁ……大丈夫です」


 少し狼狽しながら返事をする。


「そうですか。よかった」


 そう言ってニッコリと微笑むのは、岩崎よりも一回り近く齢が離れているであろう若い女だった。二十代の後半くらいだと思う。

 綺麗な面立ちだ。美人と呼んでまったく差支えがない。少し上がった目元、そこから覗くのは純和風の黒い瞳。日本人に似合わないとされる金髪がよく似合うのは、そのスッと通った高い鼻のおかげか。


「お連れさんの方も大丈夫ですか?」


 その女は、岩崎の後方にペタンと座ったままの遠坂にも安否を問う。その言葉に岩崎が振り向くと、ちょうど遠坂が弱々しくではあるが頷いていたところだった。とりあえずは心配なさそうである。

 女もそれを確認すると、もう一度視線を岩崎の方に戻し、ぺこりと頭を下げる。


「初めまして。私、特級陰陽師の天音響(あまねひびき)といいます」


 先ほど呼ばれていたアマネとは、どうやら名字だったようだ。 


「あ、こちらこそ初めまして。中級陰陽師、東京第二支部所属の岩崎です。救援感謝します」


 岩崎も天音に倣って自己紹介を返す。まだ戦闘中だというのに、それをまったく意に介していない天音に、岩崎は少し戸惑う。


「そちらのお連れの方は大丈夫なのですか? たった一人であれだけの数を相手にされて……」


「ケイちゃんは大丈夫ですよ。あの子強いから」


 天音が軽い口調で、岩崎の心配を一蹴する。『あの子』と言っていることから、どうやら天音の方が年上なのだと推測できる。


「確かに……まだお若いのに素晴らしい強さだ。それにあの数の霊相手に単身乗り込んで行く度胸も大したものです」


 岩崎がそう言うと、天音が微笑みながら答える。


「えぇ、そうですね。度胸というか、死線を越えた数なら、ケイちゃんは特級陰陽師の中でも随一です。なにせケイちゃんは、『日本最後の狼』ですから」


 岩崎には、天音が最後に言った一言がどういう意味なのか理解できなかった。


(日本最後の狼? どういうことだ?)


 その意味を問おうとしたが、それはできなかった。遠坂の悲鳴が聞こえたからだ。


「きゃあ!」


 鋭い声に岩崎は振り返ると、座り込む遠坂に一体の動物霊が迫っていた。憎しみのこもった目で遠坂を睨みつけるのは、黒い大型犬の霊。犬種で言うとドーベルマンだ。 


「遠坂!」


 その光景を見た岩崎は、とっさに懐から呪符を取り出そうとする。それは隣にいる天音を同じだった。


「ちょっ! ケイちゃんやっぱり取り逃がして――」


 焦ったように言いかけた天音の言葉が途切れる。目の前の動物霊に背後の闇より伸びてきた白刃が突き刺さったからだ。

 消滅していく霊の背後から、先ほどと変わらない不機嫌そうな声がする。


「……誰が取り逃がしたって?」


「あ……」


 その声に天音は、しまったとばかりに首をすくめる。

 天音の視線の先には、声と同様に不機嫌な顔をしたケイちゃんと呼ばれていた男が立っていた。岩崎の推測通りかなり若い。こちらは二十代前半くらいだろう。

 その顔は天音と同じくよく整っていて、二人が並ぶと、美男美女そろい踏みといった感じだ。


「二人は無事か?」


「えぇ、大丈夫よ。大きな怪我もないみたい」


 男の問いに天音がすぐに答える。


「そうか」


 男の方はあくまで表情を変えずに言う。その男に岩崎が声を掛ける。


「あの……」


 男が振り向いた。切れ長の目から覗く黒い瞳が岩崎の方を向く。その双眼は男の見た目とは違い、岩崎の想像もつかないほどに多くのものを見てきたような、そんな印象を与える目だった。


「救援感謝いたします。中級陰陽師、東京第二支部所属の岩崎です」


 岩崎はその目を見ながら、自己紹介と感謝の礼を述べる。


「礼はいらない。たまたま近くを通っていただけのことだ」


 男はぶっきらぼうにそれだけ言う。


「ちょっと、名前くらい名乗ったら? 岩崎さんも名乗ってくれたでしょう?」


 男の態度を見かねたのか、天音が自己紹介を促す。男はそんな天音を睨むが、天音の方を負けてはおらず、微笑みを浮かべた顔で男を見続ける。

 数瞬ののち、先に視線を外したのは男の方だった。根負けしたとばかりにため息を小さくつくと、男が岩崎の方を見て口を開く。


辻堂京次(つじどうけいじ)だ」


 名前だけを手短に言うと、辻堂と名乗った男は口を閉じる。天音に言わされたからか、表情がさらに不機嫌になっているように感じた。


「天音」


「はい?」


 辻堂が天音の名前を呼ぶ。


「帰るぞ」


 辻堂はそう言うと、身を反して歩き始める。


「ちょっと! この二人どうするの?」


「あとは支援部の仕事だろう。それに早く戻らないと黒縄(こくじょう)のやつがうるさい」


 あわてる天音の言葉に、辻堂は歩みを止めずに答える。


「隊長には連絡してあるわよ。もしまだ周りに潜んでいるやつがいたらどうするの?」


星神(ほしがみ)が視ているんだろう? 潜んでいるものがいたならすぐに連絡が来ているはずだ」


 天音の心配を一蹴すると、辻堂はその体を闇へと溶け込ませて見えなくなってしまった。


「ハァ……すいません。あの子いつもあんな感じで……」

 

 天音がため息をつきながら謝ってくる。それは手に余る弟を持ったお姉さんのような感じだった。


「申し訳ありませんが、私たちはこれで失礼させてもらいます。京ちゃんが言うように周りに霊の反応はありません。この場は安全です」


「はい、本当にありがとうございました」


 岩崎が答えると、天音は軽く頭を下げた後、辻堂を追いかけて行ってしまう。すぐにその身は闇へと消える。


「ふぅ……」


 岩崎はそれを見届けると、息を吐く。やっと張っていた気が落ち着く。それと同時に喪った仲間の顔が浮かんできた。


「田代……前原……平山……すまない」


 悔恨の言葉が口からこぼれる。


「俺に力がないばかりに……」


 特級陰陽師の圧倒的な力を見せられて、岩崎は自分の力のなさを痛感する。あれだけの力があれば仲間を救えたという後悔が胸を打つ。


「すまない……」


 もう一度呟いた岩崎の頬を、一筋の涙が流れた。


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