三.
――あれから何分たっただろう。何十分、何時間……いや、やっぱり十何分というのが妥当なところか。
目の前、『四式結界』の外はすでに動物霊たちによって囲まれている。外にいた連中も集まってきたのだろう。正確な数は把握できないが、三十体はくだらない。
それほどの数を要しながらも、動物霊たちは襲いかかって来なかった。
動物の危機察知能力というものは、霊になっても生きているものだろうか――『霊になっても生きる』とはよく分からない表現だが。
『四式結界』に触れることなく、その効力が切れるのを今か今かと待っているのだ。
「ちっ……」
岩崎は舌打ちする。最初は、結界に触れて返り討ちに合えば、もしかしたら退いてくれるかもしれないという淡い期待も抱いたが、旨くいかないものだ。
動物霊たちの直感は正しく、岩崎の結界も長くは持たない。あと数分といったところだ。
「たい……ちょ……」
消え入りそうな声で、遠坂が呼びかけてくる。少し前に虚脱状態からは回復した彼女だったが、戦闘に耐えれそうなほどの回復はしていない。
「私たち……どうなるんですか?」
悲痛に満ちた声、すがるような視線は、すでに結果が分かってしまっていることに対しての否定の言葉を求めている。
「……大丈夫、助かる」
なにが大丈夫なのか、どうやって助かるのか、具体的なことは岩崎にも言えない。岩崎自身もそれが想像できないからだ。
「ぐっ……」
岩崎すらもこの状況に心が折れてしまいそうになったその時だった。
「岩崎隊! 岩崎、聞こえるか!?」
待ち望んだ声が耳に響く。
「あぁ! 聞こえる! 聞こえているぞ!」
通信機から聞こえるその声に、岩崎は必要以上に大きな声で返す。
「手間取ってすまない。救援に回れる隊をやっと見つけた。二名がすでにそっちに向かっている。すぐに着くはずだ」
「……なっ?」
通信機から聞こえてきた声に、岩崎は耳を疑う。
「二人だと? 今までの報告を聞いていなかったのか? 敵は三十体以上いるんだ! 今さら二人くらい加わったところで返り討ちに合うのがオチだぞ!」
心から望んだ救援だったが、たった二人程度では話にならない。岩崎たちを合わせても四人、実質戦闘に耐えうるのは三人だ。これでは被害が増える一方である。
しかし、通信機から聞こえる声は、慌てている様子もない。
「そのことなら大丈夫だ」
「大丈夫だと!? なにがだ! その二人、今すぐ退かせろ! これ以上犠牲を出す必要はない!」
落ち着き払ったその声に、岩崎は思わず怒鳴ってしまう。だが、通信機から聞こえる声はあくまで冷静だ。
「大丈夫だと言っている。なにせその二人は――」
その冷静な理由を岩崎が聞こうとした瞬間、 ガシャンという鋭い破壊音が響く。廃倉庫の上部にある窓ガラスが砕け散った音だ。
岩崎は見た。その窓ガラスが割れる原因となったものを。
――それは二つの黒い影。
空中に躍り出た影の一つが、白い札をばら撒く。それはあまりに見慣れたもので、岩崎にもなんなのかはすぐに分かった。
(あれは……呪符か!)
その数二十はあるだろう。ばら撒かれた白い呪符の中心で、黒い影が叫ぶ。
「『刺電』!」
高く、しかしはっきりとした声に反応し、空中に舞う呪符がすべて光る。そして次の瞬間には、紫の雷が闇を走り、槍のごとく動物霊たちに突き刺さる
(あの数の呪符をたった一声ですべて反応させるとは……)
複数の呪符を一度の『解令』で使用することは非常に難しい。解き放つすべての呪符に集中しなければならず、それが少しでも偏ると、威力に差が出たり、最悪の場合、互いに呪力を打ち消し合って発動しないこともあるのだ。
隊長である岩崎でさえ、『四式結界』などの四枚一組の呪符を除けば、三枚程度が限界だ。
それほど難しい技術である『複数解令』を空中で、しかも約二十枚を同時に行って見せたのだ。驚いて当然である。
驚愕する岩崎の目の前に黒い影が二つ、軽やかに降り立つ。
(こいつらは、まさか――)
その二人の姿を見て、さらに目を見開く岩崎の耳に通信機から声が届く。
「大丈夫と言った理由が分かったか? その二人は――『特級陰陽師』だ」
その声はやはり冷静なまま、国内最高の戦力の到着を岩崎に伝えた。