二.
――それは簡単な任務のはずだった。
「平山! 応答しろ! 平山! ……くそっ」
第二支部から車で一時間ほど走ったところにある廃倉庫。巷によくある血気盛んな若者たちの集会場の一つだった。
「遠坂! 走れ! 奥まで下がれ!」
その廃倉庫で、一か月前、若者たちが襲われる事件が発生する。その後の調査によって、その倉庫には狂暴な動物霊が二体、住み憑いてしまっていることが判明する。
動物霊自体は、珍しくもなんともないし、二体程度であれば、下級陰陽師でも十分に対処できる。この依頼を請けた時はそう思われていただろう。
「支援部聞こえるか!? こちら岩崎だ」
「聞こえている。どうした?」
「――田代、前原がやられた。平山隊とも連絡が取れん」
だが、その予想は完全に覆されてしまった。
「なにがあった!?」
「対象の数が依頼内容と大幅に違う! やつらこの一ヶ月で十倍強に増えてやがる……」
「――!!」
『一ヶ月』という時間が、動物霊たちに仲間を呼ぶ機会を与えてしまったらしい。時間が経てば経つほど、霊が共鳴し合って増えていくのは、常識ではあるが、一ヶ月で十倍以上になることはほとんどない。ここは霊が共鳴しやすい場所だったのかもしれない。
「今すぐ救援をよこしてくれ。もともとこの依頼を請けていた青印の支部なら近いだろう!」
「……駄目だ。その支部は人手不足で空いている隊がない」
「なんだと……」
「元々、この依頼が一ヶ月も未処理なのは人手不足が原因だ。今月の頭に《澪月院》で起きた騒動を知っているだろう? あれの後処理に近隣の青印が引っ張られている」
「……なんてこった」
いつも通りの作戦、援護役の平山隊による結界包囲、そして自分の隊による殲滅。それであっさりと決着がつくはずだったのだ。
しかし、現実はそう甘くはなかった。
作戦準備中、突然平山隊との連絡が途絶えた。
最初は通信機の故障かとも思ったが、その通信機から聞こえてきた悲鳴が、平山たちに異常が起きたことを伝える。
その異常がなんなのかを岩崎たちが確かめる前に、答えは向こうからやってきた。
――動物霊たちの強襲、その数は十数体を数える。
犬、猫など生前の姿をそのまま残すものから、死んだ時の無残な姿のもの、中にはいろいろな動物の霊が混じり合い、『混合獣』と化しているものもいる。
その強襲で、まず田代がやられた。
狙われた理由など特にないだろう。あるとすれば、田代がたまたま一番出入り口の近くにいたからか。
田代は叫ぶ暇もなく、喉笛を噛み切られた。
次に狙われたのは、岩崎と前原だった。
この時、二人の命運を分けたのは、経験則。場数と死線をくぐった差だ。
岩崎は襲われた瞬間、とっさに符術を放った。その符術が先頭の一体に直撃し、敵がひるむ。その隙に、岩崎は立ち尽くす遠坂の手を引いて倉庫の奥へと後退した。
同時に襲われた前原は、すでに数体もの霊により覆いかぶさられており、一目見てすでに手遅れだと分かった。
――そして、今に至るというわけだ。
「今、周辺で活動している陰陽師を調べる。もう少し持ちこたえろ!」
「……了解だ」
そう答えながら、岩崎は苦虫を噛み潰した顔をする。
(正直、しんどいがな……)
口には出さないが、状況が絶望的なのは把握している。
隣にいる遠坂は、先輩二人の身に起きた奇禍に震えて動けない。これでは戦闘に耐えることは無理だろう。
かと言って、一人であの数の動物霊を相手取ることもできそうにない。だから今は、救援を待つしか方法はないのだ。
(しかたない……『結界』はあまり得意じゃないんだが……)
自身の力の無さに、内心に舌打ちしながら、岩崎は呪符を取り出す。それを自分と遠坂を囲む形で配置する。
「『四式結界』!」
そして、結界符『四式結界』を発動させる。
『四式結界』は、四枚の呪符を使って発動させる結界だ。通常ならば、その呪符一枚につき一人が発動させる。しかし今は、岩崎一人の力だ。強度は単純に四分の一、持続時間はもっと低くなるだろう。
(なんとか持ってくれよ……)
目の前は闇、まだその先に光は見えない。