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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
『幕間』
27/69

一.

 その日、岩崎進一(いわさきしんいち)はいつも通り出勤した。

 岩崎が勤めるのは、『中級陰陽師東京都第二支部』だ。

 服装はオーソドックスな紺色のスーツである。隊服である着物の着用は、出動時しか使用しないため、普段はサラリーマンと変わらずスーツ姿だ。

 今日は夜勤だったが、それは陰陽師の間では常識的なことなので、苦にならない。部隊の出動予定日でもなかったため、穏やかな一日になるはずだった。


(今日は早くあがれるかもしれないな)


 そんな考えも頭に浮かぶ。

 もしそうなれば、明日は日曜日だ。少し睡眠時間を削って、昼前に起きれば十分な時間が取れる。久々に家族サービスができるというわけだ。

 しかしその予定は、入室後ものの五分で脆くも崩れた。


「『委託』ですか。しかも青印の」


「すまんなぁ。今日は空いてるところ他になくてな。ここの支部長さんにはお世話になっているし、無下にもできんのだよ」


「はぁ……」


 岩崎は生返事を返しつつも、内心では、


(世話になってるのは、接待ゴルフの時だけだろうが!)


 と上司である島津昌史(しまづまさし)に毒づく。

 内勤になってから大きくなっていく上司の腹回りは、最近になってさらに成長しているようにも見える。

 近頃の悩みは、新しく買ったペットの犬が懐いてくれないという、なんとも平和的でどうでもいいような悩みだ。

 四十歳を目前にしても、現場に出て殺伐とした空気を吸っている岩崎からすれば、羨ましい限りではあるが。

 反応の芳しくない岩崎に、島津が再度尋ねてくる。


「頼まれてくれんか?」


 その問いに、岩崎は少し考え込む。


(しかもよりにもよって『上位委託』とは……)


『委託』は、その名の通り、依頼の代行だ。

 岩崎も含む、下級や中級の陰陽師たちは、市民からの依頼を請けてその処理にあたる。その際、依頼は優先順位が決定され、その順番で処理されていく。

 だが、依頼が集中した場合、人手が足りなくなる時がある。そういった際に利用されるのが、この『委託』というシステムだ。

 『委託』は、通常では同じ横並びの階級で行われるが、時々上位の階級に委託することがある。それが『上位委託』だ。

 その主な理由は、請け負った階級では、依頼の処理が困難な場合、人手が極端に足りない場合、そして、今回のような上司同士での取り決めがなされた場合だ。

 この三つ目が曲者で、取り決めは常に上司の気分によって行われるので、いきなり降って湧いたように話が出てきたり、その内容もどうでもいいような内容だったりで、現場からはまったくと言っていいほど歓迎されないものだ。

 岩崎としても、できることならやりたくない仕事である。

 しかし、組織とは面倒臭いもので、上司である島津の頼みをばっさり切り捨てるのも気が引ける。普段は面倒見のいい人柄だからなおのことだ。

 岩崎は、短くカットした髪の毛をかきながら答える。


「――分かりました。援護はつくんですか?」


「あぁ、この前と同じで平山君のところが出てくれるよ」


 岩崎の質問にあっさりと島津が返す。自分のところに来る前に、ちゃっかり平山の了解を得ている辺りが島津らしい。

 平山は、岩崎と同期だ。昔は、同じ隊に配属されて、現場で力を合わせて戦った仲間だ。

 お互いが自分の隊を持つようになってからも、幾度かの戦闘を共にしている。


(平山が来るなら問題ないな)


 岩崎は島津を見て頷く。


「そうですか。了解しました」


「そうか! それじゃ、よろしく頼むね」


 快諾――とは言い難いが、承諾すると、島津は禿げ上がった自分の額を一つペシッと叩き、上機嫌に去って行った。

 その瞬間、席を並べる隊員たちが、我慢の限界とばかりに一斉にため息をついた。みんな同じように落胆した顔をしている。


(ため息をつきたいのは俺も同じだよ……)


 内心で隊員たちにそう言いながら、出動の準備をするために岩崎は席から立ち上がった。

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