九.
暗闇から徐々に意識が這い上がってくる感覚を覚え、俺は目を開いた。
最初に視界に映ったのは、白い天井だった。どうやら俺は寝かされているようだ。
――ここ、は?
知っているような、知らないような。まだ意識が混濁しているのか、はっきりと思い出せない。その時だった。
「あっ! 目を覚ました」
聞きなれた声がする。その声の方向をたどって左を向くと、心配そうな顔が二つ、並んでいた。
「そ、総真さん! 私です! 分かりますか?」
「私も! 分かる?」
「……綾奈、明華」
聞いてきた順番に名前を呼んでやる。
「……忘れるわけないだろ? 仲間なんだから」
そう、忘れるわけがない。分かるに決まってる。
「そ、そうまさん……」
「そう、くん……」
二人の大きな瞳から、しずくが零れる。
「……泣くなよ。俺は大丈夫だから」
だけど、その言葉は逆効果だったみたいだ。
「よ、よかったぁ! そうくん!」
「そうまさぁん! し、死んじゃったかと思ったじゃないですかぁ!」
今度は零れるどころの話ではなく、二人の瞳から涙が止めどなく流れ出した。
「わ、分かった分かったから……悪かったよ、二人とも」
俺は慌てて身を起こす。まだ少し体は重かったが、それ以外には異常はなさそうだった。
どうやらここは学校の医務室のようだ。
「あ、起きちゃ駄目だよ! ぐすっ……」
「そうですよ……ぐすっ……寝ていてください」
「大丈夫だって。――それより」
「へ?」
「ふぇ?」
明華と綾奈の頭に片手をそれぞれ乗せる。
「あの時、褒めてやれなかったからな。《八卦統一演武》、二人ともよく頑張ったよ」
そう言って二人の頭を撫ぜる。両方とも髪の毛がサラサラで触り心地はすごくいい。しばらくそのまま手を動かす。逆に二人は動かない。うつむき加減だから顔も見れない。
「どうしたんだ? 二人とも」
そう言って問いかけると、二人が微かに震えだす。
「やっぱり……」
明華が言う。
「総真さんは……」
今度は綾奈だ。
「卑怯!」
「卑怯です!」
最後は二人同時に言って顔を上げる。その顔はまたしても真っ赤だ。
「……なんでだよ!」
俺が呆れたようにツッコむと、三人で顔を見合わせる。そして誰からともなく笑い声を上げた。
しばらくの間、医務室は三人の笑い声で満たされていた。
◇
「で、あれはなんだったの?」
ひとしきり笑った後、明華が質問してきた。
「あれが俺の『特別な力』だったみたいだ」
「すごかったです。なんだか圧倒されてしまって」
綾奈が思い出そうとするように目を閉じて言う。
「名前は《神羅》って言うらしい」
「《神羅》、ですか」
そこで会話が少し途切れる。
「それよりさ、《八卦統一演武》はどうなるんだ? なんか聞いてるか?」
「分かんない。怪我人も……死んじゃった人も出たし、犯人も結局捕まってないみたいだよ。でも、騒動が収まった直後に、綾奈のお父さんが《八卦統一演武》は必ず続けるって宣言してたからたぶん中止にはならないんじゃないかなぁ」
「……そうか」
「総真さんは、まだ《八卦統一演武》を続けたいと思いますか?」
綾奈はどこか不安そうな目で聞いてくる。
「俺は……俺は続けたい。せっかく一勝したんだしな」
「でも……あんなことがあったばかりですよ?」
「大丈夫だよ。なにかあったら、今度も全力で守るからさ」
「でも……」
「それにさ――」
綾奈の言葉を遮って俺は言う。
「まだこのチームでいたいんだよ。このチームで戦いたいんだ」
そう言って俺が微笑むと、明華が呆れたように言う。
「もぉ、ホント総君てばどうしようもないよね」
しかし、その顔はどこか嬉しそうだ。
「本当ですね」
綾奈もそれに続く。その顔も先ほどまでの不安はなくなっており、晴れやかな笑顔を浮かべている。
「でも、その《神羅》って力、うまく使えるの?」
明華の言葉に俺は目を丸くした後、ニヤリと笑って答えた。
「――まぁ、なるようになるさ」