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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
第三章『覚醒』
25/69

八.

「うっ!」


 その光に一瞬視界を奪われる。とっさのことでなにが起こったか分からない。

 ――人形の攻撃!?

 迫り来ていた人形が、なにか閃光弾のようなものを使ったのかと思った。しかしその割には、その後なにもしてこない。

 徐々に光が弱まってきて、俺の目も視力を取り戻す。

 ――こ、ここは!?

 目の前に広がっていたのは、以前見た大きな木造の門だった。

 驚いて周りを見る。深い森、ここだけ開けた原っぱ、さらには目の前に鎮座する屋敷。

 すべてが以前見たものと一緒だった。唯一違うのは、目の前の門が最初から開いていることだ。


「なんで俺、こんなところに!」


 さっきまで戦っていた第二訓練所の姿は影も形もなかった。


「明華! 綾奈!」


 二人の姿も確認できず、大声で名前を呼ぶ。しかし、返事はない。


「――っ! なんだんだよ、ここは!」


 直前までの状況とはかけ離れすぎていて、助かったという気持ちより、焦りの方が湧いてくる。


「――君の望むものを手に入れる場所だ」


 その時、この場所のように静かな声が俺の耳に届く。

 その声に反応し振り返ると、開かれた門の前に人が立っていた。

 理事長が着ていたのと同じ黒い着物、整った面立ちの男性。黒髪は流れるように長く、腰くらいまであった。歳は二十代後半くらいか。しかしその雰囲気は、年月を重ね、成熟した威厳を纏っていた。


「……あんたは?」


 あれほど焦っていた俺の気持ちが、その人物を見た瞬間に収まってしまった。


「私が何者か、という質問はまたにしよう。とにかくついてきなさい」


 そう言ってその人物は門の中に入っていく。その声は、以前この扉ごしに聞いた声だと今さらながらに気づく。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 俺の制止も効果はなく、その人物は歩いて行く。

 ――なんなんだよ……。けど、あの人、今確か……

 君の望むものを手に入れる場所、あの人物は確かにそう言ったのだ。

 ――俺の望むもの……『特別な力』。

 あの人物が言っていることが本当なら、ついて行くほかに道はない。

 ……どっちだ?

 どっちなのかは分からない。しかし迷っている時間もない。


「くっ!」


 ――行くしかない。今の俺に選択肢はないのだから。

 俺は、前を行く人物に追いつくために駆け出した。その人物はゆっくりと歩いていたためにすぐに追いつける。

 真後ろにまで距離を縮めると、俺は走るのをやめて前を行く人物の歩調に合わせる。

 声はかけられなかった。聞きたいことはたくさんあるが、今聞いても答えてはくれないことは、その体から醸し出す雰囲気が言っていた。

 だから俺は、その人物が口を開くところまで黙ってついて行くことにした。もちろん警戒は怠らないが。

 俺は自分の体を見た。今まで混乱して気づかなかったが、斬られた俺の体は治っているようだった。しかし、制服は傷も血もそのままだ。

 しばらく無言で歩く。

 門を抜けた先には、外からもその一部が見えていた屋敷が建っていた。門と屋敷の間には、庭園が広がっている。その中には、前方の大きな屋敷とは別の小さな木造の一軒家もあった。

 庭園に植えられた木々が、そよ風に吹かれたように揺れていたが、やはりその風を感じることは俺にはできなかった。前を行く人物の黒髪も風に吹かれて揺れているが、この人は風を感じ取れているのだろうか。

 屋敷の前まで歩いて行く。そこで初めて、ここが生活をメインとした場所ではなく、お寺のような礼拝を行う場所なのだということに気づく。

 屋敷の正面の部屋は、大きく開かれた空間で、昔、京都に行った時に見た清水寺の本堂のような広さがある。

 前を行く人物が中に入っていく。俺もそれに続く。一瞬、靴は脱いだ方がいいかなとも思ったが、前に倣ってやめた。

 中に入ると、よけいにその広さを感じ、思わずその造り感心してしまう。

 床、壁、天井、そして床から天井へと伸びる太い支柱、そのすべてが木製だ。さらにそれらには細かに彫り込まれた装飾がしてある。かなり凝った豪勢な建物だ。

 その部屋の最奥まで着いた時、その歩みが止まる。俺も同じく歩くのをやめる。

 部屋の最奥には、木の像が立っていた。その数は全部で五体。そのすべてが柔らかな表情で目を閉じている。顔はそれぞれ違うが、服装はみな陰陽師が着る着物とよく似たものだ。木像ではあるが、今にも動き出しそうなほど精巧に彫られていて、大きさもモデルにした人物に合わせてあるのか、まちまちだ。

 その木像たちの足元には三つの大きな木の箱が並んでいて、そのうちの右端の箱が開いていた。


「ここは《継承の間》だ」


 ずっと黙っていた人物が、いきなり口を開いた。


「《継承の間》……?」


「そうだ。君は選ばれたんだよ、山代総真君」


「なっ!? なんで俺の名前を?」


「私がずっと君を見ていたからだよ。君の心の片隅でね」


 そう言うと、その人物は頭を軽く下げると、


「はじめまして、私の名前は六道(りくどう)。よろしく」


 六道と名乗った人物が微笑みを浮かべる。しかし、俺にそんな余裕はない。


「俺の、心の片隅……?」


 俺の質問に、少し肩をすくめながらも六道は答える。


「そう、正確には眠っていた君の力の鱗片を借りてと言うべきかな」


「俺の力だって?」


 六道は軽く頷く。


「君の、その目の力だ」


 そう言って、左手を少し上げる。


「『水鏡(みかがみ)』」


 次いで、そう唱えると、左手にどこからともなく水が集まる。清らかなその水は、やがて平たい楕円の形を取り始め、鏡へと姿を変える。まさに『水鏡』だ。さらにその鏡が俺の顔の高さに掲げられる。当然、鏡は俺の顔を映す。今まで何千回と見てきた顔がそこに映るはずだった。


「――これは!?」


 鏡に映った自分の顔に思わず声を上げてしまう。

 大きく変わっているわけではない。九割九分は一緒だ。どこにでもいる凡人顔、普通の高校生だ。しかしあとの一分、決定的に変わっている部分がある。

 ――右、目が……

 そう、右目が変わっていた。俺の黒い瞳の中に、青く輝く《八卦印》が現れていたのだ。


「……これは、なんなんだ?」


 俺が聞くと、六道は『水鏡』を解除しながら静かに言う。


「その目の名は《神羅(しんら)》、かつて世界を統べた力だ」


「しん、ら……?」


「そうだ。その目を持つ者は、神の力を操れる」


「神の力……」


 ――それが俺の持つ『特別な力』?

 俺の予想を大きく超えたあまりにスケールの大きな話だ。


「正しくは、神の力を宿した道具。君たちの世界では、《三種の神器》と呼ばれているものだ」


 ――《三種の神器》、聞いたことのある名前だ。それを俺が使えるのか?


「今回、君の願いに呼応して、右の箱が開いた。この中にあるのは――」


「ちょっと待ってくれ!」


 俺を置き去りにして話を進める六道に、俺は制止をかける。


「どうかしたか?」


「どうかしたかじゃない! 俺が神の力を使えるって? なんでそんなことできるんだよ?」


「それは愚問だな。言っただろう、君は選ばれたと」


「選ばれたって、誰に?」


「古来より脈々と続く『神の血』にだよ」


 ……『神の血』? なんだよそれ。


「……今は分からなくてもいい。しかし、この力は君が欲したものだ。君の仲間を救うための力だ」


 六道のその言葉に俺はハッとなる。

 ――そうだ。俺がここまで来た理由……それは仲間を、明華と綾奈を救うためだ。


「《神羅》は資格だ。神の道具を使う資格だ。当然、使わなくともいい。――君の自由だ」


「……俺の自由」


「あぁ……ただ、今さらながら言っておく。使えば君は、いつの日か後悔する日が来る。それも踏まえて――」


「――使う」


「……なに?」


「その力、俺にくれ」


「今言ったことが聞こえたか? ……後悔するぞ」


「……しないさ。俺は絶対後悔なんてしない。仲間を救って後悔する事なんてありえない!」


 六道にまっすぐ目を向けて俺は言う。


「だから、だからその『神の力』を俺にくれ!」


 俺の決意を込めた視線を六道はジッと受け止めていた。それは俺の意志を見極めようとしているようだった。だが、やがてフッと微笑むと、


「分かった。ならば君の望む力をあげよう」


 そう言って六道は右側にある開いた木の箱に手を伸ばす。そして、その中の物を取り出した。


「……刀?」


 出てきたのは刀だった。通常の日本刀よりも長く、刀身が一メートルほどもある。『大太刀』と呼ばれる部類に入る刀だ。


「受け取りなさい」


 六道が差し出すその刀を両手で受けとる。重いものかと思ったが、その刀身に比べて全然重さを感じない。まるで竹刀を扱っているかのような軽さだ。

 刀はその(さや)(つば)(つか)のすべてに精巧な意匠が凝らされていた。


「すごい……」


 思わずため息が出てしまうくらいに素晴らしく、美しい刀だ。

 少しだけ刀を抜いてみる。

 するとその瞬間、俺の目と同じ、淡く青い光が発せられる。その刃は一点の曇りもなく、磨き抜かれていた。


「君の思うままに振りなさい。さすれば、その刀が、君の敵を滅してくれるだろう」


 六道が諭すように俺に言う。


「――分かった」


「うむ、ならば行きなさい。その刀が君を導く。その刀の名前は、《天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)》――」


 その言葉を聞きながら、俺の視界はまた、まばゆい光に包まれた。



    ◇



 取り戻した視界に映ったのは、すでに目の前まで迫ってきた人形だった。刀を振り上げ、今にも振り下ろす寸前だ。

 とっさに右手を見る。そこには、まるで最初から持っていたかのように刀が、俺の力、《天叢雲剣》が鞘に入った状態で握られていた。

 それを俺は素早く掲げる。そこに人形の持つ刀が振り下ろされた。

 次の瞬間、ガキッという鋭い音がして、人形の持つ刀が真っ二つに砕ける。逆に振り下ろされた側の《天叢雲剣》の鞘には傷一つついていない。

 俺は見た。人形の振り下ろした刀が、鞘に衝突する瞬間を。いや、正確には衝突していない。刀は衝突する直前に、鞘から発せられた青い光の壁に阻まれ、真っ二つになったのだ。

 ――その辺の刀には触れる事さえもできないってわけか。とんでもない力だな。《天叢雲剣》は。

 俺は内心苦笑する。物質としてのレベルが根本から違うからだ。

 片や人間の作った刀、片や神の創った《三種の神器》なのだ。しかたないと言えばしかたない。

 後ろを振り向く、そこには唖然とした表情の明華と綾奈がいた。それもそのはず、寸前まで――たぶんではあるが――斬られ血を流していた俺が、いきなりどこからともなく刀を取り出し、相手の刀を粉砕し、おまけに傷まで治っているのだ。誰だって驚くだろう。

 そんな二人の顔を見て、俺はもう一度決意を固める。

 ――この力で、俺は仲間を守る! そのための力だ。


「いくぞ! 《天叢雲剣》!」


 俺は叫ぶと共に、《天叢雲剣》の鞘を抜き去る。一段と増した青い輝きが周囲を照らす。俺は弾かれた衝撃でよろめいていた人形をキッと見据える。


「これで! 終わりだぁ!!」


 俺の放った振り下ろしの一閃が、目の前の人形を縦に真っ二つに両断する。左右に裂けた人形は、その瞬間に動きを止めて、崩れ落ちた。


「やっ、た……」


 人形を倒したと分かった瞬間、俺の体をドッと疲れが襲う。倒れそうな体をなんとか持ち堪えさせて、体ごと後ろを振り向いて明華と綾奈の顔を見る。


「勝ったぞ……二人とも」


 俺はそう言って微笑むが、二人の反応は芳しくなかった。


「……あれ? どうかしたか?」


 俺のその問いに、二人同時に俺の背後を指差す。


「ん?」


 俺は振り返ってその方向を見る。


「な!?」


 そして、驚愕に目を見開いてしまった。

 人形が立っていた後方の第二訓練所の壁に穴が開いていた。いや、よく見ると、人形が立っていた位置から壁までの床はすべて捲りあがり、その間にあった《八卦統一演武》のポールは両断されていた。――つまり、斬ったのだ。

 《天叢雲剣》を振った先にあった空間すべてを両断したのだ。


「ははは……すげ……」


 あまりのすごさに、俺の口からは乾いた笑いが漏れる。それと同時に俺の体も限界がきたようだ。

 グラリと傾いた体を立て直す力は最早ない。


「総君!」


「総真さん!」


 二人の焦り声をどこか遠くに聞きながら、俺の意識は暗転した。


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