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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
第三章『覚醒』
23/69

六.

 一階に降り、アリーナへの扉をくぐる。

 アリーナの四つあるエリアの内二つで、試合は行われていた。

 今までは観客気分で、上から眺めることができたが、同じ高さまで降りてきた今は、観客気分ではいられない。


「総君、こっちだよ」


「あぁ、今行く」


 明華に呼ばれ、アリーナの四隅の一角を占領している箇所へ行く。そこは様々な箱が積み上がっており、今にも崩れてしまいそうになっている。

 そこには長机が三つ並んで置かれていて、計五人の事務員さんがパイプ椅子に座っていた。前日の説明によると、ここが試合中に使う武器の貸出所で、木刀や呪符などを受け取ることができる。


「こんにちは、チーム番号は?」


 その中の一人である事務員の男性が聞いてくる。顔はチラリと見たことはあるが、残念ながら名前は知らない人だった。


「十四番です。今からエリア三で試合です」


「十四番ね……あった、リーダー名は山代総真君でよかったかな?」


「はい」


「では、申請されていた呪符の方をお渡しします。試合中以外では使用しないようにお願いします。また、試合が終わったら、呪符が残っていても一度返却してください。くすねてもすぐ分かるからね」


「分かりました」


 事務員さんからの注意事項を聞きながら、俺は授業で使ったのと同じ木の箱をもらう。

 この中には、これからの試合で使う呪符が入っている。

 呪符は、一チームに二十枚ずつ配られていて、どう分配するかはチームごとに決められる。俺たちの場合は、俺が呪符を持ったないため、明華と綾奈が十枚ずつ持つことになる。

 呪符の内容は、大会の二日前までに、なにが何枚ほしいのかを申請することになっていた。

 その際、どんな呪符でも頼むことができる。――ただし、本人の実力が足りなければ、いくら上級符術を使おうとしても呪符が反応することがないので、頼んでも無駄というわけだ。


「はい、どうぞ」


「はい、どうも」


 木の箱を明華に渡す。明華はすぐに箱を開けて、中を確認していく。


「おぉ、入ってる入ってる。『炎弾』と『風壁』と……」


「……テンションが上がってるのは分かるけど、公共の場で内訳を言うな」


 ……しかも結構大きな声だったぞ。


「あ、ごめん。でも、確認終わったよ!」


「まぁ、幸い誰にも聞こえてなかったみたいだし、いいけどな」


 明華が気にしないように、軽い口調でそう言って、自分たちが試合を行うエリアまで歩く。その時、一緒にもらった木刀も二人に配っておく。木刀は、それを差すための専用ベルトも貸してもらえる。男の場合、ベルトが二重になるため多少違和感があるが、しかたない。それに俺はずっと刀を使うからあまり問題にはならない。


「相手、誰だろうね?」


「うーん……俺の勘では一年生が相手だな!」


「今日はみんな一年生が相手ですけど……」


「綾奈、そこはもっと大げさにツッコんであげないと。本人はおもしろいと思ってやってるんだから」


「そうなんですか?」


「……おい、聞こえてるぞ」


 ――冗談でも言ってリラックスさせようと思ったのに……こいつらは。

 俺の配慮はどうやら無駄だったようで、すでに二人とも十分リラックスしていた。本番に強いタイプなのだろう。

 そんな雑談を交わしているうちに、目的のエリア三に着く。

 俺たちの方が遅かったようで、すでに対戦相手は到着していた。


「あ!」


 対戦相手を見た瞬間、思わず声が出てしまった。よく知った顔だったからだ。


「鳴瀬!」


「山代、君か」


 エリア三にいたのは、俺を勧誘してくれた鳴瀬光たちのチームだったのだ。


「山代たちも三人チームなんだね」


「あぁ、お前たちも結局あと一人は見つからなかったみたいだな」


「そうなんだよ」


「お前たち、私語は慎め。始めるぞ」


 鳴瀬との会話の途中で、俺たちの試合の審判を務める若い下級陰陽師の男が割って入ってきた。


「まず、整列して。――よし、ではこれより《八卦統一演武》の一年生予選一回戦を行います。両者、反則行為はないように。確認しておくが、『吸傷』の効果が切れて、拘束されてしまうと失格だ。さらに、四方を囲ってある結界のラインから場外に出てしまっても同様だ。そして、『吸傷』によって拘束されている人への追加攻撃は禁止。注意するように」

 

 エリア中央で向かい合うように整列した俺たちは、審判からの注意事項に軽く頷く。


「では、リーダー前へ」


 その掛け声に反応し、俺と対面の列から鳴瀬が出てくる。


「両者、握手」


 そして、そのままガッチリと握手する。


「負けないよ、山代」


「俺もだ。負けるつもりはない」


 握手したまま、言葉を交わし、手を離す。そして、身を返して明華と綾奈が待つところまで後退する。


「明華、綾奈、最初は段取り通りな」


「分かった!」


「分かりました」


 俺の言葉に二人は頷く。二人も準備は万端なようだ。


「よし、なら行こう」


 俺は振り返って、自分の相手を見据える。同時に腰の木刀を抜く。

 ――さて、やりますか!


「試合開始!」


 審判の声がエリア三に響く。その直後、


「『炎弾』!」


 それをかき消すような声と、その声に反応した呪符から発した火球がエリア三を駆ける。それも四つだ。

 ――向こうも考えることは一緒だったみたいだな。

 俺は向かってくる二つの火球を見ながらニヤリと笑う。

 開始直後の呪符による先制攻撃、牽制の意味も含めて相手の出方を窺うつもりだったが、こうも同じだとは思わなかった。たぶん、この先も同じなのだろう。


「回避!」


 俺は後方の二人を見ずにそう叫ぶ。そして、その答えを聞くより速く迫りくる火球に突進する。

 一つ目の火球は綾奈の八割くらい、明華と同じくらいの大きさで、まっすぐ俺に向かって迫ってきていた。俺はそれを今まで行ってきた訓練の要領でひらりと躱す。

 もう一つの火球は、論外だ。たぶん村上が放ったやつだろう。大きさも小さく、速度も遅い。

 ――避ける必要もないな。

 一瞬の状況判断で、その火球の存在を意識の外に追いやると、俺は一気に約十五メートルの距離を駆ける。自分の間合いに持っていくために。

 背後から見慣れた火の矢が俺を追い越していく。俺を援護するために二人が放った『瞬炎』だ。

 その火の矢の速度に相手も驚いたようで、回避が一瞬遅れる。ドンッという音と共に赤い炎が爆ぜる。

 ――当たったか? いや……一人だけか。

 炎が爆ぜた位置から、鳴瀬が転がり出てくる。手に持った木刀の三分の二から先が消失している点から見て、どうやらとっさに木刀を使って躱したようだ。さすがの状況判断だ。

 一方、もう一人の村上は、うまく避けることができず、右肩辺りに直撃を受けたようで、『吸傷』によってダメージこそ受けないが、その衝撃に吹っ飛ばされていた。

 ――援護のレベルじゃないな。

 この一ヶ月で練り上げてきた二人の符術の破壊力に、俺は思わず苦笑する。

 そして、その攻撃のおかげもあって、俺はほぼ十五メートルの距離を走り終えてることに成功していた。目前にいるのは、先ほどの攻撃で態勢を崩したままの鳴瀬だ。

 ――もらった!

 その鳴瀬に俺は振り上げた刀の一撃を叩き込む。

 ガツッ!

 次の瞬間、木と木が衝突する鈍い音がする。俺の一撃は、横から伸びてきた木刀に阻まれていた。


「鳴瀬はやらせん!」


「いいタイミングで出てくるな。新藤」


 その木刀の持ち手、新藤力弥に視線を向ける。新藤も俺と同様に一度も呪符を使っていなかった。そして、同じように俺たちのとの距離を詰めようとしていたのだろう。だが、味方が劣勢なこともあり、急いで帰ってきたに違いない。


「お前、剣の方もできるのか?」


「いや、今のはとっさにだ。――やっぱりこっちが本職、だな!」


 そう言いながら、自身の得意分野である(こぶし)での一撃を繰り出す。俺はそれを、体を後ろに逃して避ける。


「おっと!」


 さすがは全国経験者だけはある。鋭い一撃だ。


「……うまく避けるな。山代」


「まぁな、俺に何度も拳や蹴りを叩き込んでくれる優しいお姉さんがいるもんでな」


「……それは、また特殊なお姉さんだな」


 若干、引き気味の新藤を見ながら、俺は内心に苦笑する。

 ――お姉さんって言ったら、あの人は案外喜ぶかもしれないな。今度言ってみるか。

 今も『貴賓席及び教師席』からこの試合を見てくれているであろう剣術副主任のお姉さんをいじる方法を思いつく。

 ――まぁ、それもこの試合に勝ってからだな。

 しかし、すぐに思考を目の前の試合に戻す。

 ――こいつ、マジかよ。

 なんと目の前の新藤は、木刀を捨てて徒手空拳で構えを取っている。隙のない構えにピンッと空気が張りつめるのを感じる。


「こい、山代」


 新藤が言う。その目は覚悟を決めた目をしていた。一撃にすべてを賭けているのだろう。

 ――新藤の狙いはカウンターだな。

 俺の一撃に合わせるつもりだ。リーチがあっても中途半端にしか使えない刀を捨てたのはいい選択だと思う。一撃狙いならばむしろ邪魔だろう。だが――


「……すまんな、新藤」


「なに?」


 いきなり謝りだした俺に、新藤が(いぶか)しんだその時、すでに勝負は終わっていた。


「なっ!?」


 俺の放った横薙ぎの一閃が、新藤の胴を捉える。その一撃に新藤がバランスを崩したところをさらに連撃を叩き込む。

 三発目の袈裟切りが、よろける新藤の体にヒットした瞬間、新藤の胸につけていた札が光り出す。


「ぐぁ!」


 そして、新藤を後ろ手に拘束する。バランスを崩した新藤がそのまま床に倒れ込んだ。


「おま、え……」


 見下ろす俺に新藤が口を開こうとしたが、その前に新藤の体がエリア外から入ってきた大きなマネキン人形のようなものに引きずられていく。


「うわっ、うわわ!」


 さすがの新藤も驚いたようだ。

 この人形は『傀儡術(くぐつじゅつ)』によって動かされていて、『吸傷』が発動して無防備になってしまった生徒をエリア外に出すのがお役目だ。

 ……結構、乱雑に引っ張られてるな。

 敗者に情けはないのか、その雑な連れて行き方を見て俺は呆れる。できれば一度もお世話になりたくないものである。

 ――そうだ。他の状況は?

 我に返って、エリア内を見渡す。試合の行方がどうなっているのかを確認する。その俺の目に映ったのは、いい意味で予想外の状況だった。

 明華と綾奈の二人が鳴瀬を攻めていたのだ。村上の姿は見えないから、やはり最初の一撃からの流れで倒したのだろう。

 攻められる鳴瀬は防戦一方のようで、二人が放つ術をなんとか躱してはいるものの、数的不利は否めない。

 ――やるなぁ、二人とも。

 改めて二人の実力と、この一ヶ月の間に磨いてきた連携力の高さに感心する。


「うおぉぉ!」


 しかし、鳴瀬の方も侮れない実力を持っていて、二人の攻撃の隙をついて、折れた木刀で反撃に転じる。予想外の攻撃に明華の反応は遅れてしまった。


「きゃっ!」


「明華さん!」


 折れた木刀での一閃をなんとか躱した明華だったが、そのまま床に倒れてしまう。その明華に追撃しようとする鳴瀬の一撃を、距離を詰めた俺が弾いた。


「くっ! 山代!」


「総君!」


「残念だったな、鳴瀬」


 その瞬間、鳴瀬は敗北を悟ったようだ。その鳴瀬に、俺の一撃が入った。


「ぐっ!」


 痛みはないはずだが、くらった衝撃に鳴瀬は顔を歪ませる。その直後、先ほどの新藤と同じように胸の呪符が光った。その後の流れも一緒だ。拘束され、人形によって引きずられていく。イケメンが引きずられる図はなかなかにシュールだった。

 ――勝った、か。

 フッと息を吐き、肩から力を抜く。


「そこまで!」


 その直後、試合の終了を告げる審判の声が、エリア三に響いた。


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