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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
第三章『覚醒』
22/69

五.

 綾奈との買い物――正確にはウィンドウショッピングになったが――に行った日からの二週間ほどは、飛ぶように過ぎていった。

 個人別の鍛錬や三人の連携、さらに夜の作戦会議など内容の濃い毎日だったと思う。

 そして、ついにその日がやってきた。

 《八卦統一演武》の一年生限定予選、通称『予選の予選』当日――

 



「こうやって見ると、一年生も大勢いるよねぇ」


「えっと、四クラス合わせて二百人くらいですね」


「まともに全員が揃ったのって初めてじゃないか? この学校、始業式なかったし」


 そう言って、俺は周りを見渡す。

 この《澪月院》に入学して一ヶ月、やっと最近見慣れてきた第二訓練所の二階席は、一年生約二百人で埋まっていた。

 四クラス合同での授業は、今のところ『自由学習』以外行われていない。しかもその『自由学習』でさえ、俺はほとんど一人の時間を過ごしていたので、今日初めて見る顔も数多くいる。

 現在は、競技が開始されるまでの待機時間、各チームに分かれて、試合までの時間を過ごしているところだ。


「ん? あれは?」


「どうしたの?」


「どうしました?」


 俺の言葉に、両隣に座った明華と綾奈が同時に反応する。――因みに右側が明華、左側が綾奈だ。


「あの白い着物を着てるのって……」


「うん、本職の陰陽師の人たちだよ」


 一階のアリーナに向けた俺の視線に映ったのは、白い着物を着ている人たちだ。陰陽師の隊服であるその着物の背中には、俺たちの制服の胸にあるのと同じ星型正八角形――授業で習ったが、これを《八卦印(はっけいん)》というらしい――が青色で大きく描かれていた。


「背中の《八卦印》が青いってことは……」


「はい、下級陰陽師の方たちですね。毎年、この予選の審判をされていますから」


「確か、通称『青印(あおじるし)』だったっけ?」


「そうだよ! 他に中級陰陽師が『黄印(きじるし)』、お父さんがこれ。上級陰陽師が『赤印(あかじるし)』って呼ばれてるよ」


「そしてその上の特級陰陽師の方々のみ、隊服が黒い着物のため、『黒服(くろふく)』と呼ばれています。因みに《八卦印》の色は赤ですよ」


「で、民間陰陽師が白い着物で《八卦印》がないから『無印(むじるし)』ってわけか」


「うん!」


「はい」


 俺の質問への回答が、両隣から丁寧な解説つきで返ってくる。

 ――ホント、俺はいい幼馴染と友達を持ったよな。

 今でも陰陽師としての常識を丁寧に教えてくれる二人に俺は感謝する。おかげでかなり陰陽師の知識は増えた。


「でも、就職してるのにわざわざ学校の、それも一年生の行事に参加させられるのも大変だよな」


「そうだよねぇ」


 明華が俺の意見に賛同してくる。


「あの人たちはみんな就職してから三年以内の人たちですよ。若いうちは、こういった行事参加も多いみたいですね。特に下級陰陽師の方々は地域密着型ですし」


 そういえば確かに若い人ばかりだ。

 いきなり危険なことをさせるわけにもいかないから、新人教育の一環という意味合いもあるのかもしれない。

 そんなことを考えていると、第二訓練所内に備え付けられたスピーカーから拡声された声が聞こえてくる。どうやら開始時間になったようだ。


「えー、全員静粛に。これより《八卦統一演武》、一年生予選の開会の言葉を頂戴いたします」


 俺たちが座る席のちょうど向かい側、仕切られた観客席は『貴賓席及び教師席』になっている。場内アナウンス席も同じところにあり、今アナウンスをしたのは、確か若松という事務のお姉さんだ。


「開会の言葉は、この《澪月院》の理事長で在られます、月神怜志(つきがみれいじ)様に頂戴いたします」


 アナウンスに紹介され立ち上がったのは、特級陰陽師を表す黒い着物を悠然と着こなした初老の男性だった。一階にいる若い下級陰陽師たちとは明らかに身に纏う雰囲気が違う。

 ――今、確か月神って言わなかったか?

 俺の疑問は、左隣から聞こえてきた呟きで解消された。


「……お父さん」


 左を見ると、綾奈が驚いた表情をしている。


「あの人が綾奈のお父さんなのか?」


「はい、でも来るなんて一言も言ってなかったのに」


「知らなかったの?」


「えぇ、父はこの学校の理事長ですから、毎年招待されるんです。でも、兄がいた時も含めて一度も出たことがなくて、今年もてっきり……」


「たぶん綾奈のこと見に来たんじゃないか? 娘が参加するんだからさ」


「……そうでしょうか?」


 そう言って問いかけてくる綾奈の顔は、期待と不安が入り混じった表情を浮かべていた。


「きっとそうだよ」


「うん、私もそう思う」


「はい、ありがとうございます」


 俺と明華からの肯定の言葉を聞いて、綾奈が少し嬉しそうに頷いた。

 視線を正面に戻すと、綾奈のお父さん――月神怜志さんが話し始めるところだった。


「諸君、こんにちは。いや、初めましてと言った方がいいかな。今日ここに集まった大半の人とは初対面だからね」


 この場所にいる全員に語りかけるように話す月神怜志さん――いや、理事長。


「私の名前は月神怜志。ただ今、紹介してもらった通り、この《澪月院》の理事長を任されている。以後、お見知りおきを」


 そう言って理事長は軽く頭を下げる。

 落ち着いた物腰、柔らかい口調、そしてこれだけ離れても感じることのできる凛とした雰囲気。そのどれもが、どことなく綾奈に似ている。


「これよりから始める《八卦統一演武》は、古来より陰陽師の伝統的な行事として行われてきている。つまり、逆に言えばこの《八卦統一演武》に出場することこそが、陰陽師の証である。その自覚を持って臨んでほしい。……さて、私はあまり人前で長々と話すのは得意ではない。だいたいこんなおじさんの話を聞いてもしかたないだろう。だからあとは、次世代を担う若い君たち同士で語り合うといい。その自分たちの力でな。――以上だ」


 理事長がそこまで言うと、ゆっくりと席に座る。

 その数瞬遅れでどこからともなく拍手が湧きあがっていく。

 確かに短い言葉であったが、みんな真剣に聞き入っていたため、拍手のタイミングが遅れたのだ。あれだけの言葉でこの場にいる二百人からの若者たちを惹きつける。この求心力は、さすがは《八神》の一角である月神家の当主だと思わざるをえない。


「あ、ありがとうございました。それでは――」


 事務の若松さんも聞き入っていたようで、拍手の中、慌てたようにアナウンスを始める。

 そのアナウンスを聞き流しながら、俺は理事長に視線を向ける。

 白い着物姿の集団の中で、たった一人の黒色はよく目立つ。

 ――あれが、綾奈のお父さんか。

 友達の父親、ただそれだけの些細な理由で、理事長を見ていただけだ。

 しかしその時だった。

 うつむき加減だった理事長は顔を上げると、まっすぐ俺の方を見た。景色として見たわけではないと思う。その鋭い視線は間違いなく俺だけを捉えていた


「――っ!?」


 いきなりのことで驚いた俺は、思わずたじろいでしまう。


「どうしたの? 総君」


 少し漏れ出てしまった声に反応し、明華が聞いてくる。


「い、いや……」


 ……もう見ていない。

 明華に意識を向けたその一瞬の間に、理事長は俺から視線を逸らしていた。

 ……目、合ったよな。なんであんな視線を? もしかして、綾奈が隣にいたからか?

 完全に初対面である理事長から、あれだけの鋭い視線を浴びせられる覚えはない。

 ――いや、綾奈の関連のことだったら、覚えはありすぎるくらいにあるな。

 俺のことを娘である綾奈から聞いているなら、確かにあの視線も頷けるような気がする。

 それはないと思いたいが……


「では、これより競技に移ります。今からエリア番号とチーム番号をコールします。コールされたチームは、速やかに指定されたエリアに集まり、試合を開始してください。――それではコールします。チーム番号三十八番、二十二番の人はエリア一に集合してください。繰り返します――」

 

 俺の思考は、競技開始を告げるアナウンスに中断されてしまう。


「始まったか……」


 俺はそのアナウンスを聞いて、特に意味もないのに、備え付けられたスピーカーの方を向く。スピーカーからは、第一試合を行う計八組のチーム番号が引き続きコールされていた。

 チーム番号というのは、登録の際に与えられる番号で、決め方は単純にチーム登録をした順番だ。俺たちのチームの番号は十四番、登録開始から十四番目にチーム登録を行ったというわけだ。全部で五十九チームと聞いているから、かなり登録したのは早めだ。

 対戦相手は、コールされて初めて分かる。これは、対戦相手を早期に知ってしまうことで、なんらかの交渉や対策をすることを避けるためだ。

 すでにコールされたチームのメンバーが立ち上がって歩いて行く。一階に下りて指定されたエリアに向かうためだ。

 その人たちの動きを目で追いながら明華が言う。


「……始まったね」


 その声に緊張の色が混ざっていた。


「なんだ? 人並みに緊張してるのか?」


「だ、だって……私、あんまりこういうの経験ないから」


「確かにそうだよな。綾奈は?」


「……えっ? なんですか?」


 ……どうやら緊張のあまり聞こえていなかったみたいだ。おいおい、二人とも大丈夫かよ。


「そ、総真さんは全然緊張されてないんですね」


「あぁ、まぁな」


「総君は試合慣れしてるもんね」


「と言っても三年ぶりだ。やせ我慢してるだけだよ」


「……そんなさわやかな笑顔で言われても信じれませんよ」


 俺の両隣で、緊張のため震えている明華と綾奈の二人、その二人を交互に見ていると、俺は急にあることを思い立つ。


「なぁ、二人とも」


「な、なに?」


「なんですか?」


 俺はあえて二人の顔を見ずに正面を向いたまま言う。


「ありがとな、二人とも」


「は?」


「え?」

 

 二人の反応は予想通りだ。いきなり『ありがとう』と言われても分かるわけがないのだから当然だろう。


「なんか、今のうちに言っておきたくて」


「でも、なにに対しての『ありがとう』なの? 私なにかした覚えないよ?」


「私もです」


 二人とも同時に首をかしげる。


「そんなことない。この一ヶ月、二人にはすごく世話になった」


「それはお互い様だよぉ」


「そうですよ。……むしろ私の方がお世話になってますよ」


 二人は身を乗り出して反論してくる。両側から攻められると逃げ場がないので困ってしまう。

 ――まぁ、可愛いから全然問題ないけどな。

 思わず顔がにやけそうになってしまうが、今はそんな場合じゃない。

 俺はもう一度顔を引き締める。


「いや、そういうことじゃないんだ。――聞いて、くれるか?」


 二人も俺の雰囲気の違いに気づいたのか、それ以上言葉を発することなく、聞きに回ってくれたみたいだ。


「俺って《特待生》だけどさ。なんで《特待生》になれたのか、その明確な理由は説明してもらってないんだよ。――ただ、『特別な力』があるって言われただけなんだ」


「『特別な力』、ですか?」


「そうだ。けど誰も、それ以上のことは教えてくれなかった」


「……聞いたことあります。《特待生》の選考基準に、そういったものがあると」


「そんなのがあるんだね」


「はい。正確には、現代では失われてしまった術や禁止されてしまった術を使用することができる人が対象だったと思います」


「ふーん、それで総君がその対象ってこと?」


「そういうことになるのかな」


「……でも、そのこととなにか関係が?」


 一階は第一試合を行うチームが挨拶を交わし、これから試合が始まるところだ。


「――ある」


 俺はそれだけ言うと、一息ついて言葉を続ける。


「一か月前の俺は、正直自分の境遇に納得いってなかった。……だってそうだろ? 俺は一度、力を求めすぎて失敗した。だからもう失敗しないように『普通』に生きようって決めたんだ。そして、そうやって生きていこうとしたんだよ。なのに『特別な力』があるなんて言われてさ……わけ分かんないよな」


「総君……」


 事情をすべて知っている明華が、心配そうな顔を向けてくる。


「けど、そんな俺にもう一度チャンスをくれたのが、明華と綾奈だったんだよ」


「え? 私たちがチャンスを、ですか?」


「あぁ。二人がいてくれたから、そして二人が俺と共に戦ってくれる仲間になってくれたから、俺はもう一度自分と向き合おうって思えたんだ」


 ――そう、二人が仲間になってくれたからなんだ。もう一度刀を握ることができたのは。


「だから……」


 ――自分の為じゃなく、仲間の為に俺は刀を振るう。


「だから誓うよ。二人は、なにがあっても守り抜く。『特別な力』ってのがどんなものだったとしても、もう俺は迷ったりはしない」

 

自分の誓いを、自分の決意を二人に伝える。嘘も偽りもない、率直な気持ちを言葉にして、ただ前だけを見つめて。


「…………」


「…………」


 ――あれ? 

 二人から反応がない。押し黙ったまま、なにも言葉を返してくれない。……もしかして、引かれてしまっただろうか。

 そう思って、二人を交互に見る。


「――っ!」


「――っ!」


 ……二人とも、なんでそんなに顔が真っ赤なんだ?

 交互に見た二人の顔は、鮮やかな赤に染まっていて、目があった時の反応も二人ともそっくりだった。


「どうしたんだ? 二人とも」


「……総君、卑怯」


 俺が聞くと、明華が呟くように言う。


「……ホントです」


 それに綾奈も賛同する。


「えっ、なんのことだよ?」


「さ、さっきの言葉!」


「いや……あれは俺の気持ちを素直に言っただけで……」


「だから、そういう不意打ちは止めてくれるかなぁ」


「ふ、不意打ちって……そんなことしてない」


「……無自覚なのが本当にタチ悪いですよ」


「ホント、そうだよねぇ」


 ……なんで俺は二人からこんなにいろいろと言わるんだ? 不意打ち? いつしたんだよ!? ――綾奈曰くは、無自覚にやっているらしいが……


「まっ、そこが総君のいいところなんだけどね」


「そうです。総真さんのいいところですよ」


 ――結局、いいところなのかよ! 一瞬前までタチ悪いって言ってたくせに。ホントはどっちなんだ?

 俺には二人の言っている意味が分からない。しかし二人の間では、いつの間にか共通の認識になっているようだった。


「えへへ、総君は私を守ってくれるんだね」


「うふふ、総真さんは私を守ってくれるのですね」


 二人は依然として真っ赤な顔のまま、俺が言ったことを噛み締めるように繰り返す。……微妙にニュアンスが違う気もするが。


「ま、まぁ、そういうことだ」


 訂正するのも面倒なので、そのまま肯定する。……それで本当にいいのかは、考えないようにしておく。


「コールします。チーム番号十四番、二十九番の人はエリア三に集合してください。繰り返します。チーム番号十四番、二十九番の人はエリア三に集合してください」


 その時、スピーカーから次の試合をコールするアナウンスが聞こえてきた。そして、そのアナウンスは、俺たちのチーム番号である十四番を呼んだのだ。

 急いで一階に意識を移すと、すでに第一試合のほとんどは終了している。これから徐々に第二試合に移っていくのだ。


「呼ばれたね」


 右側から明華が、一転して真剣な表情で言う。


「そうだな」


「頑張りましょうね」


今度は左側から綾奈が言った。


「あぁ、頑張ろう」


 二人に短く返事を返すと、俺は目を閉じた。

 ――勝つ。必ず、仲間と共に。

 心を落着け、目を開く。


「よし、いくぞ!」


「おぉー!」


「はい!」


 二人の明るい返事が、俺にはとても頼もしく思えた。


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