四.
冷たい水が、俺の灼熱と化した喉を通過していく。その一瞬だけは、熱が収まり生き返った気分になるが、すぐに喉は熱を帯び出し、その反動で俺は咳き込む。
「ごほっ、ごほっ、ごほっ……」
「だ、だ、大丈夫ですか!? 総真さん!」
「大丈夫……だ……」
――三十分前、件の『あかいざぁくラーメン』と相対した俺は、その辛さにものの見事に完敗した。それから今まで、自販機の脇にあるベンチに腰掛け――半ば崩れ落ちながら――ひたすら水を飲んでいる。
しかし効果はまったく上がらず、まさに『焼け石に水』だ。
「……本当ですか?」
「……う、ん」
綾奈が心配そうに声を掛けてきてくれる。当の本人は、俺の頼んだ『あかいざぁくラーメン』よりランクが上の『さざびぃラーメン』を事も無げに食べきっていた。
……いったいどういう味覚をしているんだろうか。常人には理解できない。
その綾奈への返事も、喉の一時的な機能障害のため、満足にできないのが現状だった。
「……すいません。私が調子に乗ってあのお店に案内しなければ……」
俺の状態を気にした綾奈が落ち込んだ声を出す。
それも当然だろう。
友達を自分のおすすめの店に誘ったのは、たぶん初めてのはずだ。自信を持って連れて行ったお店が不評だったら、誰だってショックだと思う。
隣で寂しそうにうつむく綾奈の横顔を見る。
「…………」
――まったく、俺はなにをやっているだよ。こういう時こそ、フォローするのが友達ってやつだろ。
俺は、手に持ったペットボトルを握りしめる。
綾奈が見せてくれた新たな一面を、無下にしてしまいそうになっている自分に少し腹が立った。
――よし!
気合を一つ入れて、ペットボトルのキャップを捻る。ペキッと手の中で音がして、キャップが開く。そして、俺は開いたペットボトルの中身――商品名『篠波の天然水』――を一気に飲み干す。
「ぶはぁ!!」
「そ、総真さん?」
突然水を一気飲みし出した俺の行動に、綾奈は目を丸くしている。
「綾奈!」
「は、はい!」
「『レッドスター』また行こうな! 今度は完食してみせるから!」
「え?」
「だから、また行こうな」
「……また、行ってくれるんですか? 一緒に」
「あぁ、俺も男だ。負けたままじゃ悔しい。……駄目か?」
「いえ……」
そこで綾奈は一瞬戸惑ったような顔を見せたが、それはすぐに消え、いつもの微笑みを浮かべてくれる。
「はい! また、一緒に行きましょうね」
「あぁ、そうしよう」
俺は手短にそう言って、口を閉じる。一気飲みしたおかげで、少しは冷却効果が続いていた喉の熱がまた戻ってきた。
……まぁ、あとは気合でなんとかするか。
いつまでもここに座っておくわけにもいかないので、俺は決心して立ち上がる。
「さっ、次行こうぜ!」
綾奈に悟られないように、少し大きな声を出す。
「もう大丈夫なんですか?」
「おぅ!」
まだ少し心配そうな顔をする綾奈に、俺は笑顔を返す。
「そうですか……よかった」
それでやっと信じてくれたようだ。
「さて、どこ行く?」
「うーん……ごめんなさい。どこに行きたいっていうのは特にないです」
「そっか、ならテキトーにぶらついてみようか」
「そうですね」
行先は決めず、デパートの中をとにかく歩いてみることにした。
俺が歩きはじめると、綾奈も遠慮がちに隣に並ぶ。
――こうして歩いていると、他人からは付き合っているように見えるかな。
そんなあり得ない想像を巡らしながら、俺は綾奈と並んだままデパートの人混みの中へと歩いて行く。
「あっ、総真さん! 因みにあのお店、幻のメニュー『ひゃぁくしきラーメン』というのがあるらしいですよ。スープが金色なんだとか」
「……それは最早ラーメンじゃないな」
そんなどうでもいい雑談を話しながら。