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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
第三章『覚醒』
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三.

 午前の訓練終了後、俺たちは約束通り、買い物に出かけた。

 行先は、俺たちの住む篠波(ささなみ)市の中心街に建つ全国チェーンの大型デパートだ。

 篠波市は、近年の人口増加に伴って、中心街の再開発を現在行っているところだ。その一環として、改装、増築した篠波駅前にこのデパートが開店したのは、数年前のことらしい。

 どうやらその狙いは成功したようで、今日は休日ということもあってか、篠波駅周辺は人で溢れていた。


「人、多いですねぇ」


「本当だなぁ」


 四方八方に忙しなく歩いて行く人、若年層から年配の人までありとあらゆる人の流れに俺たち二人は暫し呆然となって、それを眺めていた。


「綾奈は生まれた時から篠波市だろ? このデパートとかも来たことあるのか?」


「はい、数回ですけど。ですからまだこの人混みには慣れません」


「そっか」


 まぁ、確かにそんなものなのかもしれないな。

 俺の住む地区からは、中心街までは五駅ほど離れている。しかし、それだけでこの篠波市はその表情をガラリと変える。

 《澪月院》、そしてその周りの新興住宅地はある程度にぎわっているものの、それを少し離れると、まだ手つかずの自然が多く残る土地だ。

 中心街に出て行かなければ、人通りも少ないのが基本的なのだろう。

 ……しかし、人口密集率がえらいことになってないか?

 今からこの中に突入することを考えると頭が痛くなってくる。

 ――けど、綾奈と一緒に買い物できるなら、たいしたことじゃないか。

 そんなことを思いながら綾奈を見る。俺の視線を受けた綾奈は、その真意が分からなかったみたいで、不思議そうに首をかしげていた。

 ――ホント、可愛いなぁ。

 そのちょっと困ったようなあいまいな笑顔に惹きつけられる。


「あ、綾奈」


「はい、なんですか?」


「昼、どうしよっか?」


 思わず赤くなりかけた顔を隠すように視線を逸らすと、俺は綾奈に昼ごはんの話題をふる。照れ隠しではあるが、実際二人とも昼ごはんはまだだったから、うまく誤魔化せたんじゃないかと思う。


「それなら、私行きたい店があるんですけど……いいですか?」


「いいよ。そこ行こう!」


 まさか綾奈に行きつけのお店があったのには驚いた。しかも即返事を返してきたくらいだから、おいしいのだろう。


 俺はすぐに賛成する。


「では、こっちです」


 そう言って、綾奈が歩き出す。


「デパートの中にあるのか?」


「えぇ、私が中心街まで出てくるのは、そのお店が目的のことが多いです」


 ――そこまでおいしいのか。

 そんな風に言われると、頭の中で期待が膨らむ。

 ――フランス料理? イタリアンかな? なんにせよ楽しみだな。


「ここです」


 前を歩いていた綾奈が、そう言って足を止める。

 頭の中でいろんな料理の妄想を膨らましていると、いつの間にか着いてしまったようだ。

 さて、どんな店なんだ?

 嬉々として、俺は店を見る。


「…………えっ? こ、ここ?」


「はい、ここです! すごくおいしいですよ」


 ニッコリ微笑む綾奈の横で、俺は固まってしまっていた。


「すごくおいしいラーメン屋です」


「…………」


 ……ラーメン屋。正直それも予想外だった。

 綾奈にラーメンのイメージがまったくなかったから。しかし、それだけでは俺はこうも固まらないだろう。

 そう、普通のラーメン屋ならばこうはならなかった。

 今、目の前にあるラーメン屋は少なくとも普通じゃなかった。――外装が真っ赤なのだ。

 その真っ赤な外装からは、嫌な予感しかしない。


「どうかしましたか? 総真さん」


 綾奈が不思議そうに聞いてくる。

 ……いや、不思議なのはこっちだから。なんなんだ? この店は。

 俺はその真っ赤な店の看板を見る。

『レッドスター~通常の三倍のラーメン屋~』

 その看板にはそう書いてあった。

 ――なにが三倍なんだ? 速さか! 速さだよな!?

 俺は、心の中でそう願いながら、綾奈の方に恐る恐る視線を向けた。俺の視線を受けた綾奈が満面の笑みを浮かべて言う。


「『辛さ』が通常の三倍のお店です」


 ……やっぱりか。そんな感じはしたけども……


「あ、綾奈って辛いの好きなのか? コーヒーは微糖だったよな?」


「はい、大好きです! ……コーヒーは、あれは『(にが)い』ですから」


 ……あぁ、そう。

 そんな笑顔で「大好きです!」なんて言われると、断ることができる筈がない。すでに退路は封じられてしまったようだ。


「じゃ、じゃあ、入るか……?」


「はい!」


 最後の抵抗として、あえて疑問形にした俺の言葉も空しく、綾奈が店のドアを開いて入っていく。

 ――今度からは、どんな店なのかくらい聞くことにしよう……

 ここ何週間かで急増している教訓を、また一つ加えながら、俺も綾奈に続いてその真っ赤なドアを押し開けた。



     ◇



 ドアをくぐって見えたレッドスターの店内は、綺麗に清掃されていて、清潔感が保たれていた。内装も外装ほど赤色が主張しておらず、少し拍子抜けしてしまう。

 休日の昼時だというのに、店の中は閑散としていて、俺たちの他に客はいないようだ。

 店の奥にある二人掛けのテーブルに綾奈と向かい合って座る。

 すぐに店員が、おしぼりと水、二人分のメニューを持ってやってきた。


「どうぞ。注文が決まりましたら、お呼びください」


 鼻がすごく特徴的なずんぐりとした体型のおじさん店員は、お決まりの文句を述べると、カウンターの方に姿を消す。

 俺は自分用のメニューを取り上げる。

 ――よく考えてみれば、普通のラーメンの三倍くらいの辛さなんだよな。それなら頑張ればなんとかなるかも。

 折角、綾奈が誘ってくれたお店だ。どうせなら完食して、おいしかったの一言くらい言いたい。綾奈はそれだけで満足してくれるだろうから。

 よし! と自分に気合を入れて、俺はメニューを開く。一ページ目からラーメンの紹介のようだった。

『みどりのざぁくラーメン(この店の通常)』

 パタンっと音を立てて俺はメニューを閉じる。

 ……見間違いだろうか? 『通常』と書いてあったラーメンにところ狭しと緑色の唐辛子が乗っていた気がするが……


「綾奈、ちょっといいか?」


「なんですか?」


 俺の呼びかけに、綾奈はメニューから視線をこっちに向ける。


「この店の通常ってなに?」


「通常は通常ですよ?」


「他の店に比べてどうなの?」


「うーん……あんまり分からないですが……確か他と比べると十倍くらい辛いんじゃないですか?」


「…………」


 全然通常じゃなくないですか? それの三倍って……。普通から見たら三十倍じゃないかよ!

 ……絶望的な宣告を受けてしまった。最低でも十倍とか泣けてくる。


「総真さん、決まりました?」


 綾奈が興味津々で聞いてくる。かなり気になっているのだろう。


「えっと……まだ」


 俺は急いでメニューをめくる。

 一ページ目はさっきの『みどりのざぁくラーメン』。そしてその横のページには、『あかいざぁくラーメン』が並んでいる。

 『あかいざぁくラーメン』の方は、スープが真っ赤だ。

 ……これが通常の三倍ってやつか。

 次のページをめくってみる。


「……綾奈」


「はい?」


「この『あかいずごぉっくラーメン』ってのは、どんな感じなんだ?」


「それは海鮮ラーメンです。海の幸をメインにして、隠し味として唐辛子などを使っているので辛さは控えめですよ」


「…………」

 

 ……控えめ? 隠し味? どこがだ? だったらなんでスープが赤いんだよ! 思いっきり主張してるじゃないか! 隠れる気ないだろ!


「あ、綾奈は、どれにしたんだ?」


 横のページに『あかいげぇるぐぐラーメン』というものも見えたが、それはスルーしておくことにして、逆に綾奈に質問する。


「私は『さざびぃラーメン』です。この店の最高ランクなんですよ」


「そうなのか……」


 最高ランク……すでにその辛さを想像することは俺には無理だった。


「……それじゃあ、注文するか」


「はい」


「すいません!」


 手を上げて声を出すと、先ほどメニューを持ってきた時と同じ特徴的な鼻を持つ店員が奥からやってきた。


「ご注文は?」


 左手に伝票、右手に鉛筆を持った店員が聞いてくる。

 俺が手で綾奈に注文を促す。

 それを見た綾奈が店員に注文を行う。


「私は『さざびぃラーメン』でお願いします」


「はぁい、『さざびぃラーメン』一つ」


「総真さんは?」


「えっと、俺は『みどりのざぁくラーメン』で……」


 「お願いします」と続くはずだった俺の言葉は途中で途絶えた。

 なぜなら、店員さんの持っていた鉛筆がバキッという鋭い音をたてて、目の前で真っ二つに折れたからだ。


「えっ?」


 なにが起こったのか、俺にはとっさに理解できなかった。

 芯が折れたのなら分かる。筆圧が強すぎたりすると、間々あることだ。だが、鉛筆の本体を折るのは滅多にない。鉛筆が不良品だったのだろうか。


「……総真さん」


 そんなことを考えながら、茫然と店員を見ていた俺に、綾奈の声が届く。しかしその声は、先ほどまでの明るさがなく、なぜか重々しいものを纏っていた。

 俺は、本能的に身の危険を感じ、恐る恐る綾奈の方に視線を向ける。


「……今、なんて言いました?」


 ――綾奈は怒っていた。ものすごく怒っていた。全身から怒気を発しているのが分かる。

 ……けど、顔は笑っている。そのせいでよけいに怖い。


「な、なにって?」


「注文ですよ」


「えっと、みどりの……」


「バカにしてるんですか?」


 えぇ!? 俺はみどりのって言っただけだぞ? それだけだぞ? なんでキレられてるの? 俺は。


「……この店の名前はなんですか?」


 綾奈が俺を睨みつけてまま聞いてくる。その鋭さは明華に匹敵するほどだ。

 ……いや、マジで怖いですって。


「『レッドスター』だよな?」


「そうです! 『レッドスター』ですよ!!」


 俺が店名を口にした瞬間、綾奈がバンッと机を叩いて勢いよく言う。


「レッドですよ!? 赤ですよ!? なんでこの流れで総真さんはみどりなんですか!?」


 ――怒った理由はそこかー!! 原因は『みどりのざぁくラーメン』か! まさかラーメン屋で色制限があるとは思わなかったぞ!


「ありえない! ありえないですよ! そこは赤でしょ!!」


 机をバンバンと叩きながら綾奈が力説している。普段の大人しさはどこかに吹っ飛んでしまっているようだ。

 ……おい、店員。あんたも納得したように頷くな。そして、途中まで書いた俺の注文を消すな! やり直しだって言うのか!?

 俺が内心でツッコんだ時、文字を消し終えた店員がこちらに視線を向けてきた。綾奈も同じく俺の方を凝視している。もう一度注文しろということのようだ。


「えーと……」


 ここで折れると絶対後悔するのは目に見えている。


「俺は……」


 ……やめた方がいい。多少、好感度に影響が出たとしてもここは折れない方がいい。それは分かっているんだが……


「……『あかいざぁくラーメン』で」


「はぁい! 『あかいざぁくラーメン』一つね!」


 ……俺のバカ。


「総真さん、流石です! 分かってますね」


「ははは……ありがとう」


 そう言って俺は、さっきの机叩きの衝撃で半分以下になってしまったコップの水を一口飲んだ。

 ――そしてその十分後、俺は予想通り後悔することになった。


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