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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
第三章『覚醒』
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二.

「『炎弾(えんだん)』!」

 

 俺の耳に凛とした声が届く。いつもなら聞きほれてしまうだろうその声も、今の俺には身に危険が迫る警告音にしか聞こえなかった。


「ぐっ!」


 全身をバネにし、体を横に逃がしたその直後、今まで俺がいた個所を赤い火球が通過する。一度目の符術の授業で、標的の藁人形を消し炭にしたあの火球だ。

 なんとか受け身をとりながら、体勢を立て直して前を見る。

 そこには、新たな呪符を構える綾奈の姿があった。

 ……なんとかして近づかないとな。

 俺と綾奈の距離は約十メートル。

 先ほどから何度か接近しようと試みてはいるが、そのたびにことごとく弾き返されている。

 綾奈の手元が光る。そして次の瞬間には、新たに二つの火球が俺に向かって放たれた。

 火球の軌道は直線的で、慣れると避けるのは案外たやすい。しかし、綾奈の方もよく考えているようで、二つの火球の発生時間と軌道を微妙にずらしている。

 時間差攻撃というわけだ。

 これだけで避けづらさは何倍にもアップする。

 さらにずらされた軌道が、俺の回避方向を限定してくる。それに気づかず回避していると、まるで詰将棋のように袋小路に追い詰められるというわけだ。

 綾奈らしい緻密な攻め方に、俺は思わず苦笑する。

 今まで何度この攻めにやられたことか分からない。

 ――まぁ、そろそろやり返さないと、俺も格好がつかないな。

 グッと手に持った木刀に力を込める。

 目の前に迫りくる二つの火球は、その軌道から俺をどうやら左側に回避させたいらしい。

 このまま左側に回避すれば、さらなる攻撃にさらされることになるだろう。

 しかし、俺は敢えてそれに乗ることにした。

 体を左方向に流し、火球を回避する。それにより、俺に向かってきていた一発目はもとより、俺から見て右方向に軌道をずらされていた二発目も同時に回避できたということになる。

 だが、それは綾奈も承知の上だ。俺に回避されたことに動じることもなく、新たな符術を発動する。


「『瞬炎(しゅんえん)』!」


 その言葉に反応し、手元の呪符が光る。

 そして先ほどの火球とは違い、細い矢のような形状の炎が出現する。

 『瞬炎』、この術の特徴は、名前の通りその速度だ。先ほどまでの『炎弾』より段違いに速い。さらにその形状ゆえに見づらく、やっかいだ。

 威力は『炎弾』には多少劣るものの、着弾した瞬間に生じる爆発は、生身の人間に耐えられるものではない。

 分類的には下級の術らしいが、現在でも現役で活躍している術のようだ。

 ――だが、その速さが命取りだ!

 俺は心の中でそう叫ぶと、体を捻る。その動きは、『炎弾』を避けた時よりかなり小さい。しかし、それでも炎の矢は避けられる。火球に比べて、炎の矢の断面積はとても少なく、最小限度の動きで済むからだ。

 それに今回は、わざと綾奈の思惑に乗ったのだ。なにか術を撃たれるのは分かっていたから、その分余裕を持って戦える。


「よし!」


 一発目を回避した俺は、その距離を一気に詰めにかかる。陰陽術が使えず、手に持つ木刀一本しか武器のない俺には、十メートルという距離は絶望的な距離だ。

 この距離を潰すために、とにかく前進するしかない。

 その速さゆえに、さらに直線的な動きしかできないその術を、昔じいちゃんにやらされた対弓矢戦――いまだになんでやらされたのかまったく理解できないが――の要領で躱す。

 二発、三発と躱す間に、綾奈との距離は三メートルまで縮まっていた。

 近くに来たからよく分かるが、四発目を繰り出そうとする綾奈の顔に焦りの色が見える。それは、呪符をほとんど取り出したと同時に、照準もつけずに放たれた四発目を見ても明らかだ。そんなことだから、当然それを回避することも容易(たやす)い。

 そして、ついに俺はその距離を潰すことに成功した。

 目の前にいる綾奈は、必死に五発目の呪符を取り出してはいるが、照準もまともにつけれないこの状況では当たる気がしない。それにこの至近距離では、木刀を振るう俺の方が速い。


「もらった!」


 その声と共に、一撃必殺の力を込めた一刀を振り下ろす。

 その瞬間、俺の耳に、またも綾奈の凛とした声が届く。


「『風壁(ふうへき)』!」


 初めて聞く術の名前。

 俺が五発目の『瞬炎』だと思っていた呪符は、綾奈の言葉に反応し、俺と綾奈の間に、薄い緑の層を形成する。

 ――これは!?

 層が形成されるのは知覚したが、振り下ろした木刀を俺は止められなかった。

 その層は、木刀が当たった瞬間にその形をグニャリと変形させる。

 一瞬、そのまま切り裂けるかとも思ったが、そううまくはいかなかった。

 ある程度まで行くと、木刀は勢いを失って動かなくなった。

 固いものに当たって動かないのではない。正面からくる力を受けて、押し返されている。

 例えるならば、強い向かい風に(あお)られているといった感じか。

 ――風の、壁か……!

 ついに押し負け、木刀が弾き返される。


「ぐっ! まだだ!」


 押し負ける瞬間に木刀を自ら引いて、抵抗を最小限にする。そして、木刀を握り直し、瞬時に突きへと移行する。

 効力を発揮した『風壁』は消えていて、クリアになった視界に綾奈を捉える。綾奈は次の呪符は取り出していなかった。

 ただ、右の手のひらをこちらに向けている。そしてその口元は小さく動いていた。


「『――浄化の炎よ。魔を祓え、焼き尽くせ!』」


 ――呪文の詠唱!? しまった!


「『炎弾』!」

 

 綾奈の右手が光った瞬間、爆発的な衝撃を体に受け、俺は後方に吹っ飛ばされた。



    ◇



「くそー! また勝てなかった」


 室内に俺の叫びがこだまする。


「今日はいいところまでいったのになぁ……」


 仰向けに寝転び、天井を見上げる。先日、田賀崎先生との立ち合いを行って以来、天井ばかり見上げている気がする。それは言い換えれば、負けてばかりということだ。


「ハァ……」


 思わず深いため息が出てしまう。剣術の感覚は、確実に戻ってきてはいるが、残念ながら陰陽術を相対すると、


「そ、そんなに気落ちしないでください」


 寝転がる俺の隣りに腰を下ろす綾奈が、気を使って声をかけてきてくれる。


「あぁ、大丈夫。ちょっと自分の不甲斐無さに絶望してるだけだから」


「それって……あんまり大丈夫ではないのでは?」


「ははは……そうかもな」


 綾奈の言葉に乾いた笑いを交えながら返事をする。

 そんな様子の俺を、綾奈はなおも心配そうに見つめてきていた。


「ふぅ……」


 その視線から逃げ出すように、俺は今さっきまで戦っていたこの室内に目を向ける。

 全面木張りの床、無機質なコンクリートの壁に、窓が取り付けられただけの簡素な内装だ。しかし、この建物の使用方法が使用方法だけにしたかがないと思える。

 広大な《澪月院》の敷地内の片隅に建つこの建物は、『簡易訓練所』という正式名称を持つ。その名の通り、授業で使う『第二訓練所』などに比べると規模は小さく、あくまで『簡易』である。

 この『簡易訓練所』だが、残念ながらその正式名称で呼ばれることは非常に少ない。一般学生はなおのこと、教職員でさえ違う呼び名で呼んでいる。

 通称、『特待棟(とくたいとう)』だ。

 なぜそんな通称が付いたかというと、理由は簡単である。この建物が、《特待生》にしか使用許可が降りていないからだ。

 《特待生》一人につき一棟、豪勢な話だが、これも『《特待生》の特権』というやつのようだ。

 一棟の大きさは、だいたい十五メートル四方くらいで、同じ造りの建物が、全部で十棟立ち並んでいる。

 現在使われているのは四棟で、そのうちの二つは俺と綾奈に与えられている。だが、俺と綾奈は同じチームであることから、今は俺の棟で訓練をしている。綾奈の棟は多少の荷物を置いたりする程度で、ほとんど使っていない。


「あ、あの……総真さん!」


 綾奈が呼びかけてくる。


「どうした?」


 そう言いながら上体を起こすと、俺はコンクリートの壁から綾奈へと視線を戻す。綾奈の表情は真剣で、俺が壁を見ている間になにがあったのか、その顔は赤みを帯びていた。


「あの、あの! ……総真さんはこのあと、お暇ですか!?」


 意を決したように発せられた言葉は、俺の予定を聞くものだった。


「え、えっと……」


 いきなりの綾奈の質問に、俺は答えに詰まってしまう。

 そんな俺に、綾奈は上目遣いで、すがるような視線を向けてくる。そのなにかを期待する表情はあまりに魅力的だ。

 俺はそんな綾奈の期待に応えられるように、今日の予定について考えてみる。

 因みに今日は日曜日、学校は休日だ。とは言え、《八卦(はっけ)統一(とういつ)(えん)()》の予選を控える俺たちは、休日も学校に出てきて訓練していたというわけだ。

 今日の訓練は綾奈と二人だけで行っている。明華はというと、今日は実家に帰省中だ。

 訓練は午前中だけの予定だったので、午後からの予定はなにもない。

 どうやら綾奈の期待に応えられそうだ。


「特になにもなかったかな」


「ホントですか!?」


「あぁ、本当だ」


「だ、だったら! ご、午後から私と……その、か、買い物でも一緒にいかがでしょうか!?」


 真っ赤に染まった顔で少しうつむきながら綾奈が言う。これまで友人を誘うことなんてなかっただろうから、とっても恥ずかしそうだ。

 ……綾奈から誘ってくれるなんてな。

 当然だが、俺としてもこの誘いを断る理由なんて微塵もない。むしろ、ものすごくラッキーなことだ。


「いいよ。一緒に買い物しに行こう」


「いいんですか!? 嬉しいです!」


 俺の返事を聞いた瞬間、綾奈は両手を胸の前で組み合わせ、本当に嬉しそうに微笑んだ。いつもながら反則級の笑顔だ。

 ……やっぱり、綾奈の笑顔は最高だなぁ。

 その笑顔に思わず顔の筋肉が緩んでしまう。少し前までの気落ちしていた自分が嘘のようだ。


「……よし。きょ、今日は総真さんと二人きり……強気に強気に……」


 晴れやかな気分で綾奈を見ると、俺を元気づけてくれた当の本人は、真剣な表情でなにやらブツブツと呟いている。


「……綾奈?」


「ひゃい!」


「一人でなんか言ってるけど、どうかした?」


 先日と同じく、またしても見事に噛んでくれたのだが、さすがに今回はスルーしておく。また落ち込まれても困るからだ。


「な、な、なんでもにゃいですよ!」


「…………」


 ――落着け、俺。……ツッコんだら負けだぞ!

 なんとか気持ちを押さえつけ、なんでもないように振る舞うように努力する。


「そ、そっか、ならいいんだけど」


 苦笑いを浮かべる俺に、綾奈もどこか固い笑顔で応じる。


「そ、そうです! な、なんでもない! なんでもにゃいです!」


「……それワザとやってないよな?」


「ふぇ!?」


「あっ……」


 ――その後、落ち込む綾奈をなだめながら、俺は今日一番の敗北感に(さいな)まれたのは言うまでもない。


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