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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
第二章『八卦統一演武』
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九.

「で、なんでメンバー登録行かないの?」


 明華の登場後、ざわついていた教室の雰囲気も落ち着いた頃、明華がもう一度尋ねてきた。

 鳴瀬たち三人組が俺の勧誘をあきらめて、机から離れていったのを見計らったタイミングだ。


「えっと、だな……」


 俺は生返事をしながら、なんの気なしに、三人組を目で追っていた。

 どうやら教室から出て行くようだ。

 三人組の姿がドアで隠れて見えなくなる。と、それと入れ替わりにお目当ての人物が帰ってきた。

 俺のお隣さんだ。

 さっきは明華に集まっていた男子たちの視線が、今度は綾奈に集まる。

 同じクラスだし、すでに学校が始まって三日目ということもあって、幾分かはマシにはなっているが、いまだにその視線誘導効果は続いているようだ。

 まさに、『高嶺の花』という言葉がよく似合う。

 そう考えると、これから俺がしようとしている行為は、暴挙と呼べるもので、間違いなく男子を敵に回す行為だということを改めて認識する。

 ――ま、勝算があるんだから許してくれよ。

 俺は心のうちで、誰にでもなく謝る。

 綾奈は教室に入ると、わき目もふらずに自分の机に戻ってくる。

 そして椅子に座るとすぐにこちらに視線を向けてくる。

 目が大きく開かれていて、ずいぶんと驚いた様子だ。たぶん明華がいたからだろう。

 一方の明華は、綾奈が帰ってきたことには気づいていない。

 俺と話をするのに集中しているのもあるが、一番の理由は綾奈の机を背にして立っているからだ。

 しかし、予想よりも早く舞台が整った。

 この舞台に必要な役者は、俺と明華と綾奈の三人。

 この三人が集まるのは最速でも放課後だろうと思っていたのだが、予想外の明華の登場で、早々にその機会ができてしまった。

 もう一つ予想外だったのは、観客が多すぎることくらいだ。

 俺は教室の中にいる同級生たちを見回す。

 本当は三人で集まって、すぐ話をつけてしまうつもりだったのだが……

 ――この際、逆に利用させてもらうか。


「ちょっと! 総君、聞いてる?」


 明華が質問し始めてから今までの間、生返事ばかりを繰り返していた俺についに明華がしびれを切らせる。


「あぁ、聞いてるよ」


「だったらなんでちゃんと返事してくれないの?」


「ごめん、今からちゃんと説明するから」


 そう言って、教室のあちこちに向けていた視線を戻し、明華をまっすぐ見つめる。

 その際、綾奈の興味がこちらに向いているかも確認しておくことを忘れない。


「明華、《八卦統一演武》だけど、本気で行くことにした」


「本気でって……そんなの当たり前でしょ?」


 そう言って首をかしげる明華を見て、俺は苦笑する。

 やると決めたら全力でやるのが信条の明華らしい反応だ。


「すまん……実は、今まであんまり乗り気じゃなかったんだ」


「ハァ……だろうと思った」


 明華はため息をついた後、つぶやくように言う。


「分かってたのか?」


「分かるよぉ。何年幼馴染やってると思ってるの?」


「あぁ、確かにそうだな」


「……ホント、そろそろ『幼馴染』じゃなくて、別の呼び方で呼ばれたいよ」


「ん? なんて言った?」


「なんでもない!」


 最後の一言が聞き取れなくて聞き返しただけなのに、なぜかすごく怒られた。意味が分からない。


「で、本気で行くっていうのは?」


 俺の疑問が晴れる前に、明華の方から聞いてくる。


「その言葉の通りだよ。本気で、『勝ち』に行く」


「――っ!」


「驚いたか?」


「……驚くよ。それ、いつ以来?」


「小学校六年生以来、かな」


「そっか……三年ぶりか」


 そうつぶやいて、明華が微笑む。


「……なんだよ」


「なんでもない。ただ、嬉しいだけ」


「そっか」


 同じ言葉を、今度は俺がつぶやく。

 明華はいまだに気にしているのかもしれない。

 俺が勝負ごとにこだわらなくなったのは、自分のせいだと。

 そんなわけあるはずないのに。


「それでだ」


 危うく沈黙しそうになったが、俺は無理やり言葉を発する。そのおかげで少し大きな声が出た。


「《八卦統一演武》はチーム戦だからな。本気で勝ちに行くとなったら二人じゃ辛い。最低でもあと一人はいる。だから登録に行くのを断ったんだよ」


「そういうことだったんだ。なるほど! じゃ、しかたないね」


 明華が手を胸の前でポンと叩く。どうやら理由には納得してくれたようだ。


「でも、当てはあるの? もう結構決まってるみたいだよ。二組の子たちもほとんど組んでたし」


「ある」


「ホント!?」


 あまりの即答具合に、明華が目を丸くして驚く。


「誰? 知ってる子?」


「あぁ、お前も知ってるぞ」


「えっ?」


「お前の後ろにいる」


 そう言って、俺は視線を明華から、その後方でずっとこちらを横目で見ていた綾奈に向ける。

 綾奈は突然視線を向けられて、慌てて前方に目をそらす。


「あー!」


 俺の言葉に振り向いた明華が、綾奈の存在に気づいて声を上げる。


「綾奈!」


「い、いえ、私そんな盗み聞きなんてしてませんよ! お二人の会話が気になっていたことなんてありません!」


 明華に名前を呼ばれた綾奈はかなり狼狽したようで、聞きもしないことを喋り出す。

 頬を赤く染めて、胸の前で両手を振る綾奈の姿はかなり可愛かった。


「どうだ? 綾奈なら文句ないだろ?」


「うん! ていうか、最高の人選だよ!」


「へっ?」


 明華の返事を聞いて俺は机から立ち上がり、まだ状況が呑み込めていない綾奈を見つめる。そして昨日、綾奈が言うはずだった言葉を逆に俺が言う。


「綾奈、俺たちと一緒に《八卦統一演武》に出てくれないか?」


 そう、この言葉を本当なら昨日、綾奈が言うはずだったのだ。

 明華の邪魔がなければあの場で言っていたに違いない。

 これがこの勧誘に勝算があると踏んだ理由だ。

 俺からの勧誘の言葉を聞いた綾奈は、唖然とした表情でこちらを見ていた。


「どうだ?」


 反応がないので、もう一度問いかけてみる。

 今度はピクリと体が反応した。


「い……いいんですか? 私なんかで……」


 やがて恐る恐る口を開くと、小さな声で言う。


「当たり前だろ。よくなかったら誘ったりしない」


「そうだよぉ!」


 俺に合わせて明華がタイミングよく後押ししてくれる。


「ホントに私で……」


「本当だ」


 まだ疑りを捨てない綾奈の言葉を遮って、俺は再度肯定する。


「俺は綾奈と出たいんだよ。綾奈じゃないと駄目なんだ。だから、一緒に出てくれ!」


 立って見下ろす俺の視線と、席に座って見上げる綾奈の視線が交わる。お互いに目を逸らさない。

 ――言うべきことは全部言った。あとは綾奈次第だ。

 視線を交えたまま数瞬の時が過ぎ、そして――綾奈がゆっくりと頷いた。

 その後、視線をもう一度俺に戻すと、ハッキリとした口調で言う。


「はい。よ、よろしくお願いします」


 その言葉と共にニッコリと笑う。

 ――っ! 笑顔がホントに可愛すぎる!

 向けられた綾奈の笑顔は相変わらず反則的な可愛さだ。


「あ、あぁ」


 不意打ちに狼狽えてしまい、返事に窮してしまう。

 ……もう少しかっこよく返事ができないのか?

 あまりの情けなさに心の中で自分自身に問いかける。

 しかし、よくよく考えてみると、その問いかけ自体がかなり情けない。


「やったー!」


 明華が隣で嬉しそうな声を上げる。突然の大きな声に俺は飛び上がりそうになる。


「綾奈と同じチームだ! よろしくね!」


「はい、よろしくお願いします。明華」


 二人が両手を繋いで喜んでいるのを見た後、俺は教室の中に視線を向ける。

 教室の中の全員がこっちに注目していて、その全員が驚愕の表情を浮かべて固まっている。効果は先ほど以上のようだ。

 ――思惑通りにいったみたいだな。

 予想外の観客数だったが、うまく利用できそうだ。

 すでに何人かが、かなり慌てて教室を飛び出しって行った。

 他の組のやつにこのことを速報しに行ったのだろう。

 ――まっ、これでむやみやたらと誘われなくてすむだろ。

 これが観客を利用しようと思った理由である。

 俺たち三人の共通点、それは話題性だ。

 俺はさっき鳴瀬も言っていたように第二訓練所での話が広まれば誘ってくるやつも出てくるだろう。

 明華も符術の授業でいい成績を残しているみたいだし、男子からしたらお近づきになれるいい機会だ。

 綾奈に至っては、言わずと知れた実力者であることから、最後の最後にダメもとで誘ってくるやつがいるかもしれない。

 これから先は少しの時間も無駄にできない。

 そのためには、こういった事前工作も必要だろう。

 本番まで他のことは考えずに訓練に集中する。それが何より大事だ。

 その時、ちょうどいいタイミングで休み時間終了のチャイムが鳴る。

 情報をある程度拡散でき、そして教室内が騒々しくなる前の絶妙なタイミングだった。


「あ、ヤバい! 教室に戻らないと。それじゃ、総君、綾奈、放課後になったら集まろうね」


「あぁ、そうしよう」


「はい!」


 少し慌てた様子で自分の教室に帰っていく明華にそう言って、俺は前を見る。

 次の授業は世界史だ。

 ……さて、寝るか。

 世界の歴史を学ぶことを早々にあきらめた俺は、休み時間中に取り損ねた睡眠をこの時間で補うことに決めて、机に突っ伏した。


「総真さん……せめて先生が来てからにしたらどうですか?」


 綾奈の呆れ声が遠くで聞こえたような気がした。


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