八.
昼休み、戦闘実習を見終わった俺は、昼食を食べた後、残りの時間を今日は教室で過ごしていた。といっても、机で眠ろうとしていただけで、特になにかをしていたわけじゃない。
そこへ、頭上から声が聞こえてくる。
「山代」
「……ん?」
その俺の名前を呼ぶ声に反応し、顔を上げる。
「寝ているとこに悪いな」
「いや、別にいいよ」
机の前方に、三人組の男子が立っていた。三人ともクラスメイトだ。
向かって左側が村上俊之、前にも言ったがお調子者だ。小柄な体格をしているが、態度はでかい。しかし嫌味な性格ではなく、このクラスのムードメーカーだ。丸坊主の頭が青々しい。
右側に立つのが新藤力弥、『名は体を表す』の言葉通り、がっしりとした体格で上背もある。刈り上げたその髪型は、体育会系のイメージにぴったりとハマっている。もちろん髪の色も真っ黒だ。中学時代は、空手かなにかの全国大会経験者らしい。
見た目は怖いが、話してみるといいやつだ。しかし、「女子に見た目で怖がられるんだが、どうすればいいと思う?」という相談には、残念ながら打開策は見いだせなかった。
……すまん、新藤。でも、初対面でその相談に答えれるやつはいないと思うぞ。
そして正面に立つのが鳴瀬光、このクラス一番のイケメン君だ。スラリと長い脚、細身の体型、少し長めの茶髪。その顔に浮かぶ笑顔も爽やかだ。性格も超がつくほどいいやつで、入学してまだ数日ではあるが、すでにクラスの女子のほぼ全員のメールアドレスをゲットしているらしい。――しかも全部女子の方から聞かれてだ。
そして綾奈を除いた中で、唯一初めての符術の授業で炎を出すことのできた人物でもある。威力は、藁人形を焦がした程度で、綾奈のものと比べるとかなり見劣りはするが、それでも俺と比べると十分すごい。
そんな三人に向かって、俺は問いかける。
「なにか用か?」
「あぁ、山代に頼みがあるんだ」
そう言いながら、鳴瀬が笑顔を浮かべた。……この笑顔、女子からの人気も高いはずだ。スペックが違いすぎる。
「僕たちのチームに入ってくれないか?」
「え?」
「さっきの授業での身のこなし、すごかったぜ! あれ見て、誘おうって決めたんだよ!だから入ってくれよ、山代!」
横から大きな声で村上が言う。大きな声と言っても、それが村上にとっては普通な様で、常に声は大きい。
「《八卦統一演武》のメンバー、この三人までは決まったんだけど、あと一人入れたくてさ」
「そういうことか」
「どう? 見たところ、山代はまだ誰とも組む予定がなさそうだったから誘ってみたんだけど。それに正直、あの動きを見たら、他のみんなもスカウトしに来ると思ってね」
そう言う鳴瀬の横で、新藤が同意するようにコクリと頷く。
あの動きというのは、北条先生の不意打ちを避けた時の動きのことだろう。
正直、誘ってくれたのは嬉しいのだが、残念ながら俺は明華と組むことになっている。定員オーバーだ。
「誘ってくれてありがとう、鳴瀬。けど、その誘いには乗れない」
「な、なんでだよ!?」
断りの返事に村上が声を上げる。この返答は、予想外だったみたいだ。
「俺にも組む相手がいるんだよ」
「そう……もしかして誰かに先を越された?」
「まぁ、そういうこと。昨日誘われたんだ」
「そうか、その人よっぽど見る目がある人だね」
「それはないと思う……」
明華の能天気な笑顔が、頭に浮かぶ。うん、絶対にない。
「このクラス?」
「いや、二組のやつで……」
そこまで言った時、俺の耳に聞き慣れた声が届いた。
「あの、総君……うーんと、山代君っていますか?」
三組の入り口で、近くにいた男子に話しかけているのは、今まさに話題に上がろうとしていた明華だった。
「おい! あれ二組の天照寺だぜ! やっぱめちゃくちゃ可愛いな!」
声に反応し、入り口の方を見た村上がテンションの上がった声を出す。
しかしその村上の反応は大げさではないようで、昼休みに三組にいた男子のほぼ全員の視線が明華に注がれていた。
特に話しかけられた男子は、今にも倒れそうなくらい緊張しているようだ。
また『撃墜女王』の撃墜スコアが更新されたみたいである。
――お気の毒に……
俺は心の中で、犠牲になるであろう男子たちに、静かに黙とうをささげる。
「どうかしましたか?」
明華の方は固まってしまった男子に、少し首をかしげながら聞いている。
本人は無意識なのだろうが、男を惑わすツボを見事に押さえている動きだ。男子は声を裏返しながらなんとか返事を絞り出す。
「え……いや……や、山代なら、今はいませんよ」
いきなりの明華の登場で混乱したのは分かるが、テキトーなことを言うのは止めてほしい。
「そうですかぁ……」
明華もその言葉を信じたようで、残念そうな顔する。
今、ここで明華を呼ぶと、面倒なことが起きそうな気がしないでもない。
けどなにか大事な用でもあるかもしれない。
「明華」
しかたなく俺が名前を呼ぶと、ご主人様に呼ばれた犬の様に、ひょいっと顔を上げて、明華が教室の中を見回す。そして俺を見つけると、その表情が一気に明るくなる。
「総君!」
名前を呼び、綺麗な黒髪をゆらしながら、明華が俺の机に駆け寄ってくる。
「よ、どうした?」
俺が質問すると、明華はぷくっと頬を膨らます。
「どうしたじゃないよぉ。《八卦統一演武》のメンバー登録、一緒に行こうって言ってたのに。なんで直前になって駄目って言うの?」
「あー、それはだな」
「もしかして! 私と組むのが嫌になったとか!?」
「それはない」
組むのが嫌になったとかはありえない。
登録を急にキャンセルしたのは、別の理由。それは先ほどの戦闘実習を見て、やらなければいけないことができたからだ。
明華がまた見当違いなことを言い出し始める前に、些細な勘違いはキッパリと正しておかなければならない。
「俺はお前と組む。嫌になるわけがないだろ」
「――っ!」
明華も、自分の勘違いに気づいて恥ずかしかったのか、一瞬にして顔が真っ赤になる。
「も、もぉ、そんな風にはっきり言われたら……わ、私……勘違いしちゃうよ?」
いや……今、それを正したんだけど。
相変わらずおかしな返答だ。
明華が真っ赤になった時は、大概俺と意見が食い違う。
「まぁ、しょうがないなぁ。総君が、そ、そこまで言うなら、機嫌直してあげなくもないよ?」
「……別に直さなくてもいいよ?」
なぜか上から目線の明華に――実際、俺がイスに座っていて、明華は立っているので、あながち間違っているとも言えないが――俺は少し意地悪な返答をする。
「またそんな言い方する! 素直じゃないと嫌われるよ?」
「今のが素直な発言だ」
ムッとした顔で、明華が俺を睨んでくる。しかし明華の睨み顔はまったく怖くない――ただし昨日のマジギレモード時は除く。
むしろ逆に可愛いと言われるだろう。
「えっと……ごめん。山代のチームメイトって、もしかして天照寺さん?」
そこへ本当に申し訳なさそうに割り込んできた声がある。
さっきまで話をしていた鳴瀬だ。
俺たちの会話の内容に興味を待ったようだった。
というかよく見ると、クラスのほとんどの人間がこっちに注目していた。
基本的にみんながみんな、驚いた表情を浮かべている。
……気持ちは分からでもない。でも分かりたくない。
「もしかしなくても、総君と私はチームメイトだよ?」
クラスメイトに意識を向けていた俺より先に、明華が微笑みながらあっさりと答える。
そしてどこか誇らしそうな顔をする。
「ね、総君?」
「あ、あぁ、そうだな」
俺が肯定すると、明華はもう一度ニッコリと微笑んだ。その笑顔に、俺は思わずドキッとしてしまう。
……なぜだろう?
明華の笑顔はいつも見ているはずなのに、今日に限ってこんなにもドキドキしている。
周りにいるクラスメイトの反応を見たのが原因なのか。
分からない……分からないが、明華がみんなの前でさも当然かのようにチームメイトだと言ってくれのは、正直嬉しかった。
――ホント最高の幼馴染だよ、お前は。
口には出さないけど、心の中で明華に感謝しておくことにした。