◆ ◆ ◆2.
◆ ◆ ◆2.
鴉はどこぞの邸の屋根に舞い降りた。
青みをおびた清冽な神気が鴉を包みこみ、神気が掻き消えた時には、鴉と同じ色の髪と瞳を持つ少年が座していた。
少年の耳の先はとがり、あきらかに徒人ではない不思議な気配をその身に纏っている。
「見つけたわよ!雲我!」
背後に現れたのは先の少女。
雲我と呼ばれた少年、その正体は平安の都を守る水神四精のうちの一人だ。
水神四精とはそれぞれ雫、霧、雪、雲をつかさどる四人の精霊だ。
雲我は四人の中で唯一戦う力こそ持っていないが、最も強靭な結界を張ることができる。
「オン、アビラウン…」「待て!」
刀印を組み、真言を唱え始めた少女を片手で制し、雲我はおもむろに口を開いた。
「薫、今日はもう良かろう。俺は帰りたい」
「何であんたが弱音吐いてんのよ?あたしの力が弱いから毎日特訓しろって言ったのは雲我でしょ?」
少女、薫は腕を組むと雲我の隣に腰を降ろした。
「それは…そうだが。そなたはものの限度というものを知らぬのか?」
今日、薫は特訓初日にして、雲我相手に数十回は真言をたたきつけていた。
「知ってるわよ、あたしが疲れたら、それが限度ね」
顔の前で人指し指を振りつつ薫は、にまっと笑うと立ち上がった。
それを一瞥し、雲我も嘆息しながら腰を浮かせかけた、―が。
「…げっ」薫のうめき声を聞き、次に何が起こるか瞬時に予想した雲我は、瞬き一つで鴉に変化し、あらぬ方向に飛び上がった。
が、しかし薫の方がわずかに速かった。飛び上がった雲我の右翼をひしっと掴み、無理矢理に引き戻した。
「こ、こら、離せっ!」じたばたと暴れる雲我の抵抗も虚しく、予想通りの目に会う羽目となってしまった。