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四話


 ケイから彼女の妹が住む街の地図を預かったクレイグは、出された紅茶を飲み干して席を立った。

まだ紅茶を飲んでいる最中のシャルロットはクレイグを一瞥し、ロベルトが立ち上がってもまだ優雅にお茶を楽しみ、ややあってようやく立ち上がる。マイペースな彼女に慣れている二人はその間に地図で位置を確認していた。


「ここからさほど遠くありませんね…。今から行けば夜には着けるでしょうし好都合です」

「じゃあ俺、武器を持ってないから教会のを借りていってもいいかな?」

「構いません。好きな銃をお選びください」


同行する予定ではなかったため、自宅に武器を置いたままにしていたロベルトは、ケイに礼を述べて自分に合いそうな銃を探し始めた。彼女の造る銃はどれも質がよく、クレイグが愛するメイデンも彼女によるものだった。適当に小型のオートマチック拳銃を手に取り、握り具合などを確かめるロベルトを尻目に、シャルロットはクレイグの腰に巻きつけられた自身の能力の塊の本を見て笑んだ。


「ロベルトが銃を持つ必要はなかろう。いつもは所持していない我輩の聖書を持ち歩いているではないか」


クレイグはシャルロットを見ず返した。


「ええ。今月の支給される銀の弾の数が規定量を超えましたからね。」

「お前は力がありながら我輩を使役しないから銀の弾を使いすぎるのよ。もう少し柔らかく考えたまえ」


教会から支給される銀の弾はその貴重さ故に制限がある。

教会が定めるランクのヴァンパイアキラーによってその個数は変わるが、クレイグが月に支給されるのはメイデンの六発分入った木箱の12箱分。つまり七十二発分しか支給されず、他のヴァンパイアハンターは効率よくヴァンパイアを駆逐するために銃は使用しない。


ロベルトは選んだ銃に合う銀の弾丸をケイから受け取り、装填した。


「お前ら、喧嘩ばっかしてんじゃねーよ。ほら、クレイグの弾。」


今月最後の支給となる銀の弾が入った木箱をクレイグに押し付け、ロベルトは呆れたように二人を見遣った。互いに、同じ家に同居して仕事を毎日こなすわりには全く打ち解けない二人が、ロベルトは不思議にすら思えてならない。それだけ、距離を作っているのは勿論クレイグで、彼がどれほどヴァンパイアを憎んでいるのかがよく知れた。

しかしロベルトはそんなクレイグが何故ヴァンパイアの少女を従えているのか分からなかった。


「ありがとうございます、それに、別に喧嘩なんてしてませんよ。ねえ、シャルロットさん?」

「そうだ、我輩は寛容だからこんなガキの癇癪ぐらい許してやっている」

「癇癪なんて起こしてませんが」


ケイの部屋から出たクレイグは、見送りに出たケイに一度振り返り、笑顔を向ける。


「そんな顔なさらないで下さい。必ず、あなたの甥を捜してきますから」

「クレイグさん…、ありがとう…ございます」


背中を向けたクレイグ、振り返って手を振るロベルト。退屈そうにあくびをするシャルロットに深々と頭を下げてケイは胸元の十字架を握った。

何か胸の奥に不安が残るような気がして…。











 少年、ハンスは夜目が効く少年だった。

ハンスが目を覚ますと、そこは薄暗く妙に異臭がする部屋だった。周りを取り囲むようにして黴臭い本がぎっしり詰まった本棚、そして怪しげな文字が沢山刻まれた壁。いくつもそれらにはシミがあり、小さくオレンジ色に光る電灯がさらに不気味さを醸し出していた。

痛む体を起こすと、直線に見える三段ほどの細長い階段と、直接階段の上には老朽化したドアがついていて、窓などは一切ない。試しにドアノブをひねってみたが、やはり動かなかった。

一体自分はどうしてこんな部屋にいるのか、記憶を辿ってみると、それは彼が学校から下校する時間まで遡る。





友達の少ないハンスは、墓守をする母レゼーナと営業マンの父グレッセルの三人家族で、小さな街に住んでいた。彼の父は仕事の関係上家を空けることが多く、レゼーナは月に数度墓守の仕事で家を丸々空けてゆく。幼い頃から一人でいることが多かったハンスは、学校のバスから降りると決まって家には帰らず擬似的な寄り道のようなものをして寂しい心をごまかしていた。


バスは規則的にハンスを家の前で降ろしてくれたが、ハンスはバスが行くと鞄を投げ捨ててふらふらと公園へと行く。ガレージに置いてあるボールをネットに入れて肩に担ぎ、靴を履き替え、歩き出す。

公園まで行く中でも自分でルールのようなものを作ったりして、公園に着けば一人で遊び、母が帰る前に家に戻る。

母が家にいても、友達と遊ぶと行ってこうして公園に一人でいた。


そう、その公園で、ある男と出会ったのだ。



「君は…いつもこの公園にいるけど…、一人なのかい?」

「そうだけど、オジサン誰?」

「私は、君に友達を作ってあげたいんだ。なあ、興味ないか?」

「友達を作る?」


男はどこか暗い表情をしていたが、その時ばかりは嬉しそうに口元を歪ませこう言った。


「そう、魔族の友達だよ…」




それから気づけば意識を失い、ここに倒れていたのだ。つまりこの部屋は男の家だと考えられた。

変質者には気をつけろと常日頃レゼーナに言われていたにも関わらず、嘘までついて寄り道ごっこをしていた自分を、ハンスは後悔していた。

ドンドンとドアを叩くが反応はないし、自分はこれからどうなってしまうのだろうと考えると涙が出た。そういえばレゼーナが言っていた。夜にはヴァンパイアが出る。そしてヴァンパイアはとても口が達者で、出会ってしまったら最後なのだと。


ハンスはもう絶望的とも取れる自分の行く末を憂いてさらに激しく嗚咽を繰り返して泣き崩れた。


もう二度と母の言いつけは破らないと、既に遅い誓いを繰り返しながら。





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