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二話



 通常、ヴァンパイアは朝に弱い。活動の主を夜に、夏や春は一際行動が制限されているため、ヴァンパイアキラーであるクレイグ達にとっても夏と春は仕事が多い。

今は秋の始めだったが、教会に寄せられる依頼は数多かった。クレイグ達が先日訪れた街ではヴァンパイアの駆除には多額の報酬が必要だったため、ああしてヴァンパイアが我が物顔で数十年と生きていられたが、こういった例は実に稀であった。


朝食を終え、支度を始めたクレイグを、シャルロットが呼び止める。


「クレイグ」

「はい、どうかされましたかシャルロットさん?」

「カギュレイ夫人に何を吹き込まれたかは知らんが、我輩は我輩。そうお前が流されることもないだろうが、我輩はこの家から出ないからな。お前と我輩は一心同体。離れることは出来ん。その体に我輩の力がある限り。」


釘を刺すように強い調子で告げ、シャルロットは二度ほど指先でクレイグの胸板を突いた。

ベビードール姿のシャルロットはそのまま大きくあくびを一つ、着替えるべく自室へと戻っていった。クレイグはシャルロットに少しだけ見透かされた心に動揺し、息を吐き出してそんなシャルロットの背中を見つめる。ヴァンパイアでありながら、陽の光も屈せず、血も欲することのない完全体の体を持つシャルロット。姿かたちは幼くひ弱そうな少女であってもやはりヴァンパイアの頂点、王の力を持つ者なのだ。

そしてその力の殆どを預かるクレイグは、改めて強大な彼女の力を怖いと感じた。


「クレイグ、どうかしたのか?」

「…いいえ。お気になさらず」


淡々とした口調で返したクレイグは、そのままダイニングを出て自室へと戻った。

カギュレイ夫人は朝食後、渋ってはいたが一人で帰宅し、ロベルトは二人の支度が終わるまでとつけっぱなしのテレビを観賞し始めた。


自室へ戻る際、隣同士の部屋であるシャルロットの部屋をノックしたクレイグは、ドアを開けずそのまま告げた。


「お着替え中済みません、今日のお仕事はケイさんからの依頼だそうです。この後教会に向かいます。先ほどお伝えするのを忘れていたので。」


やや間があり、ドア越しに返事があった。


「食事でロベルトと話してたのはそれか、分かった。我輩は支度に時間がかかる故、先に車で待っていたまえ」

「…はい」


クレイグは返事をすると、数歩歩いて自室のドアを開いた。

硬いベッドと向かい合ったように設置された乱雑なテーブル。薄いカーテンが引かれた窓からはクレイグが住む街の路地裏が影を伸ばしていた。

クレイグはテーブルから一冊の本を取り出し、手に取る。

真紅の表紙にはシャルロット、と彫り込んであり、中身はぎっしりと見たこともない文字が刻まれている。これが彼女の能力の全て。この本を媒介にして力を引き出し、形上彼女を使役しているのだ。


クレイグはしばらくぱらぱらとその彼女の命ともいえる本を眺めていたが、やがて銃のホルスターと皮の紐で共に腰からぶら下げた。しっかりと固定したのを確認し、ホルスターから愛用のリボルバー、メイデンを取り出して中の清掃を始めた。一度分解して行うため、この作業には時間を要したが、シャルロットの支度はそれ以上に時間がかかるため問題は無かった。


そして三発だけ残っていた弾倉にもう三発新しい銀の弾を込め、今回はどんな依頼があるのか分からないため、通常の弾を込めたオートマチックの小型拳銃もホルスターに収納する。


メイデンの掃除を終え、すっと構えてみる。銃口付近が鈍く光っていて、いつもの調子で安全装置を外したり戻したりしながらグリップの感触を確かめる。この右手で何度もヴァンパイアを撃ってきたメイデン。教会で神父と認定されたその日にもらったたった一人の相棒だった。

暫くすると隣からドアが開く音がしたので、クレイグもメイデンをホルスターに収めて立ち上がった。


部屋をでると調度階段を降りてゆくシャルロットがクレイグに振り返った。


「何だね、まだ部屋にいたのか」

「ええ、銃の整備を。シャルロットさん、襟に髪を巻き込んでいますよ。」


立ち止まったシャルロットに前を向くよう指示して、クレイグはシャルロットの襟から髪の房を抜き取った。白銀に輝く柔らかい髪は、指先をあっさりと通り抜けてドレスに落ちてゆく。数度指で梳いてやってからクレイグはシャルロットの背中を軽く叩いた。


「はい、これで大丈夫です」


そして振り返ったシャルロットはやんわりと触れられていた髪を摘まみ、はにかんだ笑顔を見せた。


「すまんな」


その瞬間、クレイグはいつも通り胸に、罪悪感のようなものを感じた。つい先ほど、部屋越しにメイデンの銃口を向けていた先が、こんなに優しく微笑む少女だったとは思えないほど何気ない日常の一コマ。

クレイグは眉一つ動かさず返した。


「いいえ、お構いなく」








 車は教会の数十メートル手前でゆるやかに減速して停まった。教会に祈りを捧げにやってくる信者が停めた車で駐車場が埋まっている。今日は孤児の子供達への慈善活動もあったため一際車の台数が多かった。適当な場所に停めては罰金されてしまうため、ぐるりと教会を一周して裏に駐車したクレイグは、先に降りてシャルロットが座っている側のドアを開いた。


「足元、なんだか濡れているから気をつけてくださいね」

「うげえっ、ゴミから出た汁じゃないか…!おぶれ!こんな道歩くと我輩のブーツが汚れてしまう!それとも汚れたブーツをお前が舐めるか?」

「だそうです、ロベルトくん頼みましたよ」

「ええっ!?オレッ?!」


教会裏のゴミ捨て場からあふれ出した生ゴミの汁にしかめっ面をしたシャルロットを、ロベルトは結局おぶっていかなくてはいけない羽目となって恨めしげにクレイグを見上げる。

クレイグはそんな二人にお構い無しに歩き出した。


体重は軽かったものの、抱き上げた瞬間やれスカートの裾が汚れるだ、やれ抱かれ心地が悪いから持ち直せやらと注文をつけられ、ロベルトは嫌な顔をしながらもシャルロットの要望を聞いて高く腕を持ち上げながら歩き出す。その危なげな足取りは抱えられているシャルロットにまで伝わり、自分できちんと抱えていろと命じたくせに、足を投げ出して暴れ始めた。


「やめろよっ、痛いっ、引っ掻くな!」

「だから身長の低いヤツに抱っこされるのは嫌だというんだ!この汚水がない場所に着いたらさっさと降ろせ!」

「最初からそのつもりだよ!いてっ、蹴ったな!」


いっそ汚水がある場所で降ろしてやろうかとロベルトが屈んだ瞬間、ふふっ、と高い笑い声がして三人は声がした方向に振り返った。


「相変わらず仲がよろしいですね」


切れ長の目が印象的な細身の白いシスター服を身に纏った女性、彼女こそこの教会でヴァンパイアキラーのギルドを受け持つシスターケイだった。

両手に抱えていたゴミ袋を一度下ろすと、ケイはクレイグを見遣った。



「依頼、受けてくださるんですね…助かります。詳しいお話は教会の私の部屋でしましょう」




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