第一章 シスターケイのお願い
私が書く小説にはシスターケイという名前の女性が沢山出ますが全くの別人で、全く一緒な人、というパラレルが含まれていたりしますがまあ蛇足までに。
クレイグが住む借家はシャルロットと同居しているため、部屋数が多かった。朝、朝食を作るために階段を降りると、大家であるカギュレイ夫人がキッチンに立っていた。
クレイグは気だるげに服を調え、カギュレイ夫人を見遣る。
「おはようございます…どうかされたんですか…?お家賃は先日納入したはずですが…」
「おはよう、ダッシュウッドさん。ごめんなさいね、勝手に主人が今留守で手が空いていたものですから」
大きなお腹をたぷん、と揺らして豪快に笑んだカギュレイ夫人に、クレイグはため息一つ、慣れた様子でテレビをつけて窓から新聞紙を引っ張り出した。
「いいえ、助かりました。シャルロットさん起こしてきます」
「ああ、待って、ダッシュウッドさん」
取り出した新聞紙を片手に、部屋を出ようとしたクレイグを引き止めたカギュレイ夫人は、少し潜めた声で尋ねた。
「シャルロットちゃん、養子にされているってお伺いしましたけれど…もしよろしかったら私のお家に預ける気はありませんこと?」
クレイグは唖然としてカギュレイ夫人を見つめる。彼女にはもう家を出た長男と、まだ学校に通っている長女がいる。子供が恋しいわけでは無いとすれば、彼女は示している意味はたった一つしかない。クレイグは顔を赤くして反論した。
「私は聖職者ですよ!何をおっしゃるんですか!」
「いえ、でもねぇ、独身の男性が屋根の一つした他人の子を預かっているっていうのも…」
「カギュレイ夫人、あなたは私を誤解していらっしゃいます、大体、年もものすごく離れていますし、私は何度も繰り返しますが聖職者ですから!万が一も一応ももしかしても絶対ありません!」
裏返った声を整えるように、咳払いをしたクレイグは、一度鋭くカギュレイ夫人を睨みつけると、つい落としてしまった新聞紙を拾い上げて椅子に腰掛けた。
「はあ、ではシャルロットさんを起こしてきて下さい…私は少し気持ちを落ち着けます…」
「そう?じゃあ私が起こしてきますわ、ああ、朝食の支度は整っていますからダッシュウッドさんはお先にどうぞ」
はあ、と大きな夫人の背中を見送り、クレイグは新聞紙に視線を落とした。
シャルロットは並外れた美しさを持っているため、ああやって心配されたのだがクレイグが言うとおり、ヴァンパイアであるシャルロットとは何百と年が離れている上、この上なくヴァンパイアを憎んでいるクレイグはもっての外だった。
新聞の一面には、昨日討伐したヴァンパイアによって霧から救われた住民の姿が写されていて、クレイグは少し誇らしげに微笑む。
朝食を食べる前に、新聞のお供としてコーヒーを飲もうかと立ち上がった瞬間、玄関のブザーが鳴り響き、クレイグは足を止めた。
「クレイグ!」
ドアを開くと、自分の身長より小さな少年が快活な声で名を呼んだ。
クレイグは意外な来訪者に驚き、部屋に招きいれた。
「ロベルトくん、こんな朝早くにどうかしましたか?」
少年、ロベルトはクレイグが所属する教団のヴァンパイアキラーで、年は離れていたもののクレイグとは友人同士だった。普段は仕事場と休日ぐらいしか顔を合わせなかったため、彼からの訪問にクレイグは少し戸惑っていた。
「ごめん、実は仕事の依頼をされてさ。電話しようとしたんだけど俺、携帯ヴァンパイアに壊されてて…」
「教会の電話を借りればよかったのに…まあ、折角来たんですから、朝食どうですか?」
「ありがとう、まだ時間もあるしじゃあお言葉に甘えて!」
ロベルトが食卓につくころには、中々起きないシャルロットも眠そうな顔で降りてきて、狭い借家のダイニングは一気にすし詰め状態になり、カギュレイ夫人はロベルトの朝食を準備するためにキッチンへと戻っていった。
「諸君、いい朝だおはよう」
「シャルロットさん…下着姿で起きてこないでください。カギュレイ夫人に怒られませんでしたか?」
「うむ、叱られた。起きた早々喚き散らしおって…我輩は我輩の好きに過ごすからとごり押してこのまま来たのだ。見れば、いつの間にやら面白いのがいることだし着替えている時間がもったいなかったのは正解みたいだな」
「ごめんシャルロットさん、何言っているのか分からないよ…牛乳飲んで目を覚まして?」
「口の減らんガキめ」
そう言いながらも寝ぼけたままのシャルロットはクレイグから牛乳を受け取り、黙って飲み干した。
ロベルトはそんなシャルロットに苦笑しながら、今回の指令が記された一枚の黒い封筒をクレイグに手渡した。
「ケイから。」
「ありがとうございます。」
ピッとペーパーナイフで封筒を切り取り、入っていた中身の紙に書かれた指令の一文を見つめ、クレイグは眉根を寄せた。渋い顔をして指令書を見つめるクレイグに、ロベルトは身を乗り出して指令書を覗き見る。そこにはたった一文、まず私の話を聞いて。とだけ書かれていた。
普段ならば行き先や駆逐するヴァンパイアの特徴が明記されているのだが、これではまるでお手紙のようで、ロベルトもクレイグと同じ表情になった。
「何だこれ?」
「どうやら、上層からの指令ではないく、ケイさん個人的なお願い…みたいですね」
「ケイが?」
思案するように指先を顎に持っていたクレイグをじっと見つめていたロベルトだったが、カギュレイ夫人が焼きたてのパンをバケットいっぱいに持ってきた瞬間にはクレイグから視線が逸れた。
新しく牛乳をシャルロットに注いでやりながらカギュレイ夫人がクレイグを見つめると、クレイグは指令書を畳んで脇に置いた。
「まあ、仕事の話は起きたシャルロットさんを交えて改めて。さ、頂きましょうか」
じっとりと不審がるカギュレイ夫人の視線から逃れるように、神に祈りを捧げたクレイグは、フォークの先を勢いよくベーコンに突き刺した。