薬
長年に渡って研究してきた薬がようやく完成した。まさに天にも昇る気分というやつだ。しかし、まだ天に昇る訳にはいかない。
実際に使ってみなければ…。
その時、玄関のドアを叩く音がした。古めかしいドアを開けるとそこには高級車が停まっており、その横には学生時代からの友人が立っていた。
この薬ができたのは、この友人のおかげでもあるのだ。
荷物を押し退けて、研究スペースの一角に座ってもらった。
研究も一段落したことだし、そろそろ片付けなければならんな…。そう思いながら2つのカップにインスタントコーヒーの粉末を入れ、お湯を注いだ。
湯気の立ち込めるカップを運び、席に着くと友人は話を始めた。
「君の薬はどのような物なんだね?」
友人は私の薬に興味を持ったようだ。さすが製薬会社の社長と言ったところか。
「これは、“脳の働きをよくする薬”でね……。」
私は安全性や効果など熱弁した。
「ほぉ、それは本当に安全なんだね?私も一つ貰っていいかな?」
私は友人に一つ譲ってやった。本当は最初から飲ませるつもりだったのだが…。まぁ、この方が好都合だ。
「…そこで、お金のことなんだが…。」
私は彼に研究資金として多額の借金をしている。彼は金などいくらでも持っているだろうに…。
いや、本物のお金持ちほどお金にうるさいということなのか。
「ああ、本当にありがとう。感謝しているよ。お金はそこのカバンの中だ。」
中身を確認すると、すぐさま彼は出ていってしまった。全く薄情なやつだ。
数分後、友人から電話がかかってきた。
「いやぁ、あの薬のおかげで調子がいいよ。どんどん新薬のアイディアが湧いてくる。あの薬、もっと貰えるかね?」
私の薬が“脳の働きをよくする薬”というのはあながち間違いではない。
しかし彼は、“思い込み”という作用により、あの薬が効いていると思い込んでいるだけなのである。
つまり、薬の本当の効果は“思い込みを激しくすること"である。
まったく、脳とは素晴らしい。思い込ませるだけで日頃の何倍もの働きを見せてくれるのだから。
彼のおかげで良いデータが取れたよ。
そして今ごろ彼は、お金が入っているはずのカバンを大切に運んでいるだろう。