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「おう、ほんとだよ。何だよ、お前もクマ出来てんぞ? 今日はもう休めば?」
「クマ!? やっば! 後でオイルでマッサージしよ。ていうか、クマごときで休めないわよ! 今日は超お得意様なんだから!」
そう、マリアンヌの友人は皆貴族様だ。かなりのお金持ちだ。寝不足ごときで無碍にしていい相手ではない。
「ふぅん。まぁ何でもいいけどお前まで倒れんなよな。ふぁ~……で、今日の朝ごはんなに?」
「今日はご飯とお味噌汁とだし巻き卵と魚の開きとおひたしだよ」
「マジか~和食の日じゃん。顔洗って来よ」
クリスはそう言ってウキウキした足取りでキッチンを出て行った。
前言撤回する。どうやらトワも一睡もしていないようだ。何故かとてもホッとした。
手早く三人分の食事を作った私は、その後すぐにトワのお弁当を詰める。夜に作り置きをしておいて正解だった。ついでに余ったのはクリスの分だ。何故トワの分だけなのだ! と怒っていたので仕方がないからとりあえず弁当箱に詰めてやる。
「って、私はお母さんか! っとに、もう!」
手間がかかるが料理をしている間は何も考えなくて済むのでいい。無心になってお弁当を作っていると、玄関が開く音がした。どうやらトワが帰ってきてそのままシャワーを浴びに行ったようだ。
その後すぐにクリスがリビングに戻ってくる。
「トワ帰ってきたみたいだぞ~」
「うん、聞こえた」
「朝っぱらからシャワーとか元気だよな。顔洗ってたら追い出されたわ。うわ、めっちゃ美味そう!」
すっかり着替えたクリスはテーブルの上を見て目を輝かせる。そこへトワが戻ってきた。
「ただいま。遅くなってすみません。良い匂いですね」
「おかえり。先に渡しとくわね。はい、これお弁当。こっちにスープが入ってるからこぼさないようにね」
そう言ってお弁当と水筒を渡すと、トワは分かりやすく顔を輝かせた。
「ありがとうございます! 今から昼が楽しみです!」
「そう? でもまずは朝ごはん食べてね」
「はい! うわ、豪華ですね!」
そうしてトワもクリスと同じように朝食を見てゴクリと喉を鳴らしている。
「それじゃあいっただっきま~す!」
クリスの掛け声に私達もそれぞれ挨拶をして仲良く朝食を取った。心の中ではまだ昨夜の事で頭が一杯な訳だが、それは表には一切出さない。
「ふぃ~食った食った! 美味かった!」
後片付けを終えたクリスはおもむろにコタツに入って寝転がる。そんなクリスに苦笑いしながらトワが騎士団の服を整えながら言う。
「美味しかったですね。はぁ……朝からこんなにも幸せでいいんでしょうか……」
「幸せは疑わない方がいいぞ。逃げるからな。胸張って喜んどけ」
「ええ。そうします。っと、もうこんな時間なんですね。それじゃあそろそろ俺は行きます」
言いながらトワは立ち上がるとお弁当が入った袋をしっかり持ってリビングを出た。何気にここからトワを送り出すのは初めてである。
「それじゃあ行ってきます。出来るだけ早く帰ってきますね」
「うん、行ってらっしゃい。気をつけてね」
何気ない私の言葉にトワは口元を押さえて顔を真っ赤にしてコクリと頷く。そんなトワを見て思った。うん、やっぱりこの人、女慣れしてないなって。