75
何故か必死な二人を見て私は首を傾げながら仕事場に向かった。そんな私の背後でまたトワとクリスのささやき声にしては大きな声が聞こえてくる。
「おい、あいつマジで何も気づいてねぇぞ」
「本当に……どこまで鈍いんでしょう……」
何だかガッカリした感じの二人を無視して私は明日の仕込みを始める。とは言え明日の客はマリアンヌの友人だ。化粧水が欲しいと言っていたので、ついでに在庫チェックもしておこう。
「えーっと、化粧水全種類良し。オイルもー……あ、ライスオイルがあと2本か。じゃ、これは補充。クリームも全種ある。ファンデはオイルもパウダーも各カラー欠品無し、色物はこれから秋だからボルドー系入れたいなぁ……」
ブツブツ言いながら在庫チェックをしていると、ふと肩に何かがかけられた。ふと見るとそれはトワのカーディガンだ。
「寒くないですか? そろそろ夜は冷えますよ」
「ありがとう。もうちょっとだから大丈夫だよ。ていうかトワのが風邪引いてたんだからね!」
「はは、そうでした。在庫チェックですか?」
「うん。オイルが少なくなってきてるなって。これが売れだしたら寒くなってきたんだなぁって思うよ」
「そうなの?」
「うん。乾燥してきたって事だからね。ルチルもこの間オイル(大)二本も買ってったわ」
「え、大ってこれですよね? ど、どこに使うんでしょう?」
「さあ? 全身に使うんじゃない? オイルを使っておくと全身すべすべになるからね! 私も使ってるよ。ホワイトバーチのオイル」
痩せたい一心で、とは言わないでおいた。トワの夢見る女子像はきっとそんな事は言わないだろうから。
私の言葉に案の定トワは耳まで赤くしてそっぽを向いてしまうが、小声で「全身すべすべ……」と呟いたのを私は聞き逃さなかった。
「トワも使う? 一本あげようか? どんな匂いが好き?」
「匂いですか? というよりも男も塗る物ですか?」
「分かんないけど、少なくともクリスは塗ってるわね」
「ああ、妖精ですもんね」
「うん。妖精は植物好きだよね。クリスはラベンダーオイルがいいんだって」
「ヒマリはどんな匂いが好きなの?」
「私? 匂いだけならローズとか好きかな。でもトワにはアルニカがオススメだよ。はい、これ」
そう言って私はトワにアルニカのオイルを渡した。それを受け取ったトワは瓶をしげしげと見つめている。
「それね、筋肉疲労とか打撲にいいのよ。騎士のあなたにはピッタリでしょ?」
「ありがとうございます。早速使ってみますね」
「うん! さて、在庫チェック終わりっと! カーディガンありがとう、トワ」
「ええ。っと、誰ですかこんな所に箱なんて置い——危ない!」
「わわわ!」
トワがわざわざ注意してくれたにも関わらず、私の足ときたら突然立ち上がったものだからもつれて箱に躓いてしまった。
そんな私をトワが思い切り自分の方に引き寄せてくれて、そのままの勢いでトワの上に馬乗りになってしまう。
「っっっ!」
「ご、ご、ごめん!」
男子にこんな風に跨った事が無くて思わず私が両手で顔を覆うと、同じようにトワも両手で顔を覆っている。
しばらく二人でそのまま沈黙していたが、ふと我に返った。
「ど、どくから! すぐにどくね! 重いよね!」
「あ、いえ! 重くなんて! むしろ軽すぎてビックリしてて! ……え、本当に軽すぎません?」
突然真顔になったトワに私は思わず噴き出す。
「それは無いでしょ。この間お姫様抱っこしてくれた時はそんな事言わなかったじゃん」




