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「ヒマリがここへ来た時に姫と話し合ったんですよ。誰に話して誰に話さないかを。そして騎士団の団長達には伝える事にしたんです。今後何かあった時、絶対にこの三人は役に立ちますから。それにしても聖女か……ヒマリ、缶詰の事を教えても? この三人は信頼出来るので」
三人の話を聞いて突然トワが真顔で聞いてきたので、悪いようにはならないだろうと思って私は深く考えもせずに頷く。
「実を言うとこの間試食してもらった缶詰、あれのアイディアも実はヒマリなんですよ」
トワが静かに言うと、団長三人組はゴクリと息を呑んで私を凝視してくる。
「……マジか」
愕然とした様子でノーマンは持っていたみかんをぽろりと落とす。
「とは言っても詳しい作り方は知らなかったからね? 作ってくれたのはえーっと、ナユタさんだっけ?」
「ええ、製作者はナユタです。でも、アイディアはヒマリなんですよ」
「待って待って、何で公表しないの!? あんなもんが世に出回ったらあんた、一躍有名人だぞ!?」
前のめりでそんな事を言うノーマンに私は頬に手を当てて大きなため息を落とした。そんな私がこれから何を言うか分かっているであろうトワとクリスは既に白い目を私に向けてくるが、そんな事は知った事ではない。
「私ね、夢があるのよ」
「ゆ、夢?」
「そう、夢。壮大で超ビッグな夢」
「そ、それは一体……?」
「老後をね、ここで優雅に静かに暮らすことよ。有名人なんかになったが最後、あっちこちでチヤホヤされてゆっくり出来ないでしょうが! 同じ理由で料理屋もしない! 私は! 儲けて儲けて儲けまくってさっさと隠居して左うちわで暮らしたいのよ! だからターゲットを女子に絞ってんの! 全方位になんてとんでもない!」
そんな世界の人が喜ぶ物を作ってしまおうものなら、絶対に忙しくなる。それこそビールなんて飲んでる暇も休日すらも無いだろう。そんな人生はもう日本で散々味わったのだ! 社畜として!
私の決意を聞いて団長達は唖然としている。
「……お、おお……それは……壮大で超ビッグ……なのか……?」
「……号外通りの金の亡者……」
「……ごめん、聖女ではねぇわ」
「と、まぁこういう人なんですよ。なのでここでヒマリから見聞きした事は絶対に他言無用でお願いします。多分彼女はあなた達のお茶に対する反応を見て、明日にでもこれを商品化するに違いないんですから」
「目に浮かぶよな、茶葉が出来る木を庭に埋め倒すヒマリの姿がさ」
「ええ。そしてそれを運ぶのも植えるのも俺たちですよ」
「ほほほ。いいじゃないの。やる事一杯あって!」
既に使う気満々の私にトワとクリスは互いの顔を見合わせてガックリと項垂れる。
「こんな人ですが、それでもヒマリのこういう所に俺は救われてるので。確かにあの号外に載っていた通りなんですけど、本当にそれだけじゃないんですよ」
そう言ってトワは何故か頬を染めた。そんなトワの隣でクリスも頷いている。何となくいい気分になった私は、明日は二人が大好きなハンバーグにしようと心に決めたのだった。
「ところでさ、お前ら本題は?」
クリスのと言いかけに三人はまたハッとして居住まいを正した。
「お茶にすっかり気を取られてまた忘れる所でした!」
「やばいな、これじゃ俺たち騎士失格だぞ」
「いや~このアットホームな雰囲気が駄目なんだろうな~。みかんうめぇ」
そう言ってノーマンは3つ目のみかんに手を伸ばしている。
「あんまり食べたら手が黄色くなるわよ。で、聖女は何やらかそうとしてんの?」
「識字率ですよ。あと計算」




