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「あとそれから! 聖女の言いなりになってないで、夕飯にはちゃんと帰って来ること! そして夜はちゃんと寝る! 分かった?」
「そうしたいのは山々なんですけど、良い言い訳が思いつかないんだよ」
「そんなの、家で未来の嫁が寂しがってるのでとか何とか言えばいいでしょうよ。誤解されても良いならクリスが寂しがるとでも言えば、聖女は喜んで送り出すんじゃないの?」
「嫌です! 何てこと言うんですか!」
「嫌だよ! 何てこと言うんだよ!」
ピッタリとハモった二人を見て私は鼻で笑う。
「超仲良しじゃん。まぁ私を出汁にしていいから、ちゃんと帰ってきて」
「っ! はい!」
目をキラキラさせてとても良い返事をしたトワを見て思わず私も微笑んだ。
「トワが早く帰ってきてくれないと、全部の支度がズレるのよね。いつ帰ってくるとかの連絡もないしさ。私にも仕事があるんだからね!」
食事の用意や片付け、お風呂に洗濯、翌日の店の準備。やることは一杯あるのだ! いつ帰ってくるか分らないトワを生活の中心にする事は出来ぬ!
「す、すみません……ちゃんと夕食には帰る……」
「よろしい。さて、それじゃあトワも元気になった事だし、お世話になった人たちにお礼にいかないとね」
こういうご近所付き合いは本っ当に大事! 私はそう言って大量に焼いた焼き菓子の詰め合わせをトワとクリスに持たせて家を出た。
この世界はスイーツにとても疎い。城ではそこそこの物が出るようだが、庶民にとって甘いものと言えば大抵フルーツか焼き芋とかなので、こういうお菓子はとても珍しがられるのだ。そして何よりも大変喜ばれるし単価が安い! アイスボックスクッキーでも量産しておけば、大抵の事は許してもらえるという事を、私はもう学習した。
三人で町に向かって歩いていると、ふとトワがお菓子のカゴを見て言う。
「ヒマリ、この大きな向日葵の種みたいな形のお菓子は何? 初めて見る」
「これはマドレーヌって言うらしいぞ。ちなみにめっちゃフワフワで美味い!」
「ん? クリスは食べた事があるんですか?」
「おお。こいつヒマさえあれば菓子作ってるか庭弄ってるか金数えてるからな」
「ちょっと! 最後のいらないでしょ!?」
思わずクリスに詰め寄った私の隣でトワが何故か泣きそうな顔で言う。
「俺は食べた事ないです、これ」
「そりゃ作ってないもん。あなたがいらっしゃる時は大抵夜だったでしょ? そんな時間に女子がこんなお菓子を食べるとでも?」
「食べてんじゃん」
「うるさいっ! 出費が予想外に嵩んだ時はイライラして甘いもの欲しくなるのよ!」
「ふぅん?」
「俺、食べてない……」
「こっちはしつこい! 帰ったら焼いたげるから我慢して!」
ニヤニヤしたクリスと泣きそうなトワに私が怒鳴っていると、いつの間にか町に着いていた。
「よ! 鬼嫁! 今日は騎士様とクリス様従えてどうした?」
「鬼嫁って……トワの発熱事件の時に皆にお世話になったからお礼持ってきたの。これ、家族で食べてね」
声をかけてきたのは八百屋の店主だ。この人はいっつもこうやって私をからかう。
「おお! こりゃ皆喜ぶよ、ありがとな!」
「こちらこそありがとう。お野菜、本当に助かった!」
「いいって事よ。困った時はお互い様だからな」
「じゃあおっちゃんが倒れた時は私が店番してあげるわ」
なんて笑って軽口を言うと、店主は声を出して笑う。
「ヒマリが店番したらガメつく稼いでくれそうだなぁ! そんときゃ是非任せるよ!」
「いや、流石の私も人の店でそんな事しないわよ」
「ほんとかなぁ?」
「ヒマリですからねぇ」




