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心が痛い。私は裏表が激しいとよく言われるけれど、嘘だけはいつだって上手く吐けない。というか苦手だ。だから絶対にすぐにバレるだろうと思っていたのに、何故かマリアンヌは感動して泣いてしまう始末である。この世界の人たちは総じてチョロすぎやしないか。
「騎士様はお優しい?」
「へ? え、ええ、とても」
「そう、ならいいの。あの方はとても厳しい方だと聞いているから心配していたんだけど、今のヒマリの顔を見てたらとても幸せそうだものね。きっと大切にしてくださってるのね……良かった」
「え、ええ。とても優しいです。それにあれで可愛らしい所もあるんですよ」
「そうなの? 今度じっくりその話を聞かせてね。それじゃあ私はそろそろお暇するわ。美味しいお茶とお菓子をご馳走さま。それから、ヒマリは何も心配しないでいいからね! 私達が絶対にヒマリと騎士様の愛を守ってみせるから!」
「愛!? あ、ありがとうございま……す」
愛など無いが。とてもではないがそんな事は言えない。何故ならマリアンヌの顔があまりにも慈愛に満ちているからだ。まるで菩薩のような顔を前に、私には否定など出来る訳もなかった——。
「芝居、下手すぎ」
「うぅ……嘘は苦手なのよ。変化球とか投げてこられたらどうしようも出来ない!」
「結局いつものお前だったじゃん。あれ? もしかして仕事してました?」
ようやくマリアンヌが帰ったのを良い事に私をからかってそんな事を言うクリスを睨みながら私が机に突っ伏していると、玄関のドアが開く音がした。次いで何かがドサリと倒れる音が聞こえてくる。
「ど、泥棒!?」
「鍵かけたよな!?」
焦ってとりあえず私は包丁を、クリスはフライパンを握りしめて玄関まで出ていくと、そこにはドアマットにうつ伏せに倒れているトワと、それをどうにか支えようとしたのか、一緒になって倒れているルチルが居た。
「ちょ、ちょっと! どうしたの二人共!」
私は急いで包丁をクリスに渡して二人に駆け寄ると、ルチルがトワの腕の下から這い出てきて疲れ切った笑顔で言った。
「ご飯の準備中だったの……? 今日の夕飯はなぁに?」
私とクリスが泥棒だと思い込んで持ってきた武器を見てルチルはどうやら私達が既に夕飯の支度をしていたと思ったようだ。
咄嗟にクリスがフライパンと包丁を背中に隠して爽やかなほどの笑顔で言った。
「まだ何の用意もしてねぇよ。これはちょっとヒマリとゲームしてただけだから」
「ゲーム……? 包丁とフライパンで……?」
「そそ! で、お前らはどうしたんだよ? てかトワ、それ生きてる?」
クリスは言いながら背中に隠したフライパンと包丁を玄関の棚に置くと、倒れたままピクリとも動かないトワを指さした。
「それが……極度のストレスと睡眠不足で熱出しちゃって……」
「熱? どれ——ほんとだ。結構高いね。クリス、部屋に運ぶからちょっと手伝ってくれる? ていうかどうしてあんたが連れてきたのよ。トワの部下かお城の人に頼めば良かったのに!」
大の男を一国の姫が担いでくるのは無理があるだろう。私のそんな疑問にルチルはお姫様とは思えないような般若のような顔をする。
「私だって好きで担いで来たわけじゃないわよ! でもこうでもしないとお城を出られなかったのよ! 私もトワも!」
「何だお前ら、城に監禁でもされてたのか?」
「それに近いです……トワは聖女に捕まって四六時中付きまとわれていて疲弊しきってたんです。私は私でお見合いばかりさせられていて……」
「お見合い? 何でまたこのタイミングで? 最近はずっと無かったのに」




