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「え!? ちょ、お前! 魔王も知らないのかよ!?」
「知らないわよ! いや、魔王ってのは分かるわよ? でもこの世界に魔王なんて居るの!? そんなのファンタジーの世界だけじゃないの!?」
言ってから思ったが、そう言えばクリスは妖精でスタンは獣人だ。どっからどう見てもここはファンタジーの世界である。
私は何かに納得したように二度頷いて無言でシチューを食べた。
そんな私を見てトワもクリスも首を傾げているが、彼らにはそもそもファンタジーという概念が無いのかもしれない。
「よく分からないけどヒマリの居た世界とこことでは随分違うんだね。聖女もそう言えばよく分からない事を言ってましたよ」
「へぇ? なんて言ってた? 私、聖女じゃなくて実は魔女なんです! とか言ってなかったか?」
クリスがからかうように言うと、トワは真顔で首を振って何かを思い出すようにチラリとクリスの顔を見る。
「なんだよ?」
「あなたからの手紙を渡しに来た時に『やっぱりあの解釈は間違ってなかったんだ……公式ではトワには婚約者が居るって事になってたけど、裏設定ではやっぱりクリスとトワは出来てるのかも……クリスを救うのもトワだし……ああ、でもトワは駄目よ! どうしよう! 夢女と腐女子な私が引き裂かれそう!』とか何とか……」
「……どういう意味だ? てか、後半は何かの呪文か?」
「さっぱり分からないでしょう? でも聖女はそう言ったんですよ」
その言葉に私はハッとした。
「夢女……は分かんないけど、腐女子は知ってるわよ」
「え!? どういう意味なんですか!?」
「えっとね、創作物に出てくる男子と男子の恋愛を応援する人たちの事って言えばいいのかな。まぁ、あんまり私はそこらへん明るくないんだけどさ」
興味のあることは大抵手を付けてきた私だが、生憎ゲームや漫画、本などには全く感心が無かった。ドラマはかろうじてハブられないように見ていたが、個人的に進んで見たことすらない。
そんな私の言葉にトワとクリスが愕然とした顔をして私を見つめてきた。
「だ、男子と男子の恋愛……ですか」
「それはいわゆる男色……ってやつか?」
二人の質問に私はコクリと無言で頷く。多分それで概ね合っているはずだ。
頷いた私を見て二人は互いに顔を見合わせて青ざめた。
「ないないない! 絶対無い! たとえ僕が本当にそうだったとしてもトワだけは無い!」
「俺も無いですよ! 確かに戦地では未だにそういう習慣はあるけど!」
「ああ、衆道な。あれまだあんのかよ」
「衆道! 噂には聞いてたけど戦場ではやっぱあるんだ? あー、でもトワは確かにそういうの誘われそう」
綺麗な顔してるもんねぇ、と付け足すと、トワは真っ青を通り越して真っ白になって言い返してくる。
「無いってば! いや、確かにヒマリの言う通り誘われる事はありました。でも俺は、男女関係なくそういうのが苦手なんですよ! だからこの地位にまで上り詰めたんだから」
「マジかよ! 誘われないようにするために? 騎士団長になったって? そんだけの理由で!? ウケる!」
そう言ってお腹を抱えて笑うクリスを睨みつけてトワは真顔でこちらに向き直った。
「ヒマリ、信じてください。俺は、今までたったの一度もそういう経験は無いので」
「うん、別に疑ってないよ。まぁ世の中にはそういう事自体したくないって人も沢山いるもんね。トワはあれか、草食系男子か!」
別に他人の色恋沙汰になど全く興味のない私だ。なにせ人の心配よりも自分の心配をしなければならないのだから。




