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「しょうがないでしょ! 学生の時に習った気もするけどそういうのとっくの昔に忘れちゃってるんだから! 社畜になると若かりし頃の勉強なんかよりもっと大事な物があるのよ!」
そう、例えば売上に繋がるように人当たりを良くしたりだとか、社畜仲間にハブられないように話題のドラマを興味もないのに見たりとか、バカにされないようにお洒落の勉強したりとかそういう事の方がはるかに大事だったのだ!
鼻息を荒くして一気に言いきった私に二人は憐れむような視線を向けてきた。
「お前……良かったな、社畜から無事に逃げ出せて……」
「ほんとですよ。一体どんな世界なんですか……聞いていたら、したくもない事ばかりしてるじゃないですか……」
「私なんてまだマシよ。ハケン社畜だったからね。でも真の社畜はもっと過酷だったと思うわ……それはもう本当に……頭が上がらない……あの人達には……」
そんなに会社が大事かと思うほど、彼女、もしくは彼らは頑張っていた。私はどんなに頑張ってもそれにはなれなかったが、あれは一つの才能だと思っている。
珍しく暗い顔をして言う私のお皿にトワがそっとお肉を入れてくれた。
「ありがとう」
「いいえ。ここではのんびりした人生を送りましょうね」
「そうね……その為にはやっぱりお金稼がないとね! よし、さっさと腰治さないと!」
「全然社畜卒業出来てねぇ!」
「もう染み付いてるのかもしれませんね。まぁ結局ヒマリが楽しいのならそれが一番だと思うよ。たとえ趣味がコインを数える事でも俺はもう今更驚かないしね」
「はは、バレてるじゃん」
「ちょっと、別に趣味で数えてる訳じゃないわよ! 生活費と必要経費を数えてんのよ! はぁ、あれ面倒なのよね」
「計算は嫌い?」
「好きじゃないわね。せめてそろばんがあればなぁ」
子供の頃に一瞬通ってすぐに辞めたそろばんだが、今思えばこんな計算機も無い世界に来たらそろばんほど優秀な物も無いのではないか。
「そろばん?」
「うん。こういう板にちっこいボールがついててね。これ弾いて計算すんの。これがまた便利なのよ」
「へぇ、圧力鍋とそろばん、か。ちょっとナユタに相談してみようかな」
「ナユタ? 何か妙にしっくりくる響きね」
「そうなの?」
「うん、私の居た世界の数の単位だなって思って。まぁ、あんまり人名につける言葉ではないかもだけど。そういう意味ではトワも馴染み深いかも」
「へぇ、世界そのものが違うのに馴染みがあるっていうのも不思議だね」
そんな事今まで考えた事もなかったが、言われてみれば不思議な話だ。
けれど今はもうそんな事などどうでもいいし、この世界とあちらの世界に繋がりがあろうがなかろうが、戻れないのならそんな事を知っても意味がない。
「ね~。やっぱ何かしら繋がりがあんのかね~。で、そのナユタさんって言うのは何者なの?」
すぐに切り替えた私を見てトワが呆れたように半眼になる。
「……もうちょっと世界に興味を……いえ、やっぱりいいです。えっと、ナユタっていうのは昔、俺がまだ魔王討伐隊に居た時の仲間なんだけどね、とにかく新しい事が好きなんですよ。ほら、ヒマリが前に言ってた缶詰。あれももうちょっとで出来上がりそうなんです」
「へぇ、凄いじゃん! 美味しく出来たら少しでいいから持ってきてね」
「もちろん。あ、ヒマリの名前は出してないから安心してください。目立ちたくないんだよね?」
「そうね、目立っても良いことないしね。ていうかトワ、さっきサラっと凄いこと言わなかった?」
「凄いこと?」
「魔王討伐隊って……何?」




