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そんな私達を見ていたトワはおかしそうに笑ってコートを脱ぎ、まるで自宅にでも帰って来たかのようにナチュラルにいつもの席に座る。クリスもクリスでまるでそれが分かっていたかのようにトワの前にも律儀にシチューを置いてやっていた。この二人は案外仲が良いのかもしれない。
「はい、今日もお疲れさん」
「ありがとうございます。クリスさんからの手紙だと聖女に告げられた時は何事かと思いましたが、俺の兎汁より断然こっちのが良かったです。それにしてもヒマリ、腰はもう大丈夫なんですか?」
「まぁね。まだ派手には動けないけど、料理とか家事ぐらいなら何とか大丈夫。いつまでもクリスに任せとくのも悪いし、お店もそろそろ開けないとね。待っててくれてる人たちもいるし」
マリアンヌの友人達が首を長くして店が開くのを待ってくれていると聞いてはいつまでも休んでいる訳にはいかない。そんな私に二人は半眼になる。
「ヒマリにしては随分殊勝な事言うじゃん」
「ほんとですね。でもどうせそれは建前でしょう?」
もう知っているぞ、と言わんばかりの二人を見て私は付け加えた。
「稼ぎ時なのよ! マリアンヌ様が大量にカモネギを連れて来てくれるの! このビッグウェーブに乗り遅れる訳にはいかないのよ!」
スプーンを握りしめて言う私を見て二人は呆れたように頷いて、挨拶もそこそこにシチューを食べ始める。
「ちょっと、聞いといてその態度!」
「いや、もうほんとお前だなって思ってさ。カモネギってのも意味分かんねぇけど、どうせロクな意味じゃないんだろ? こんなでも料理だけは一級品なんだよなぁ。これが胃袋を掴まれるって奴か……」
「全くです。もちろん俺はそれだけではないですけどね?」
「何だよ、僕だってそれだけじゃないに決まってんだろ?」
何だか火花を散らし始めた二人を他所に私は出来立てのシチューを頬張る。
美味しい。この世界の料理はあちらで調理した時とは比べ物にならないほど何でもかんでも美味しい。何故だ、調味料が違うのか? いわゆる天然物だからか?
ただ一つ残念なのは、総じて肉が硬い! どんなに筋切りをしても硬い! 多分この世界はナチュラルが故にまだ肉質を柔らかくする牛の育て方とかそういうのをしていないのだろう。
私は噛み切れない肉をいつまでも噛みながらどうにかビールで流し込み言った。
「はぁ、圧力鍋欲しい……」
「出た出た、ヒマリの訳の分からない知識」
「なんですか? その圧力鍋と言うのは」
「鍋の王様よ。どんなにかったい岩みたいな食材でも立ち所にトロットロに仕上げる魔法みたいな鍋の事」
「へぇ、それは凄いですね。兎も柔らかくなる?」
「なるなる。そりゃもう溶けて無くなるぐらいトロトロになるわよ。兎なんてイチコロよ」
とは言え兎を圧力鍋に入れた事など無いが。
「つーかトワは料理の基準が何でも兎なんだな。やっぱ兎汁しか作れないんじゃねぇの?」
「失礼な! 野草のスープも作れますよ!」
「それはそこらへんの草ちぎって鍋に放り込むだけだろ? 料理って言わないと思うけど。やっぱ夕飯断って正解だったな~」
「鍋と包丁を使えば何でも料理ですよ! で、その圧力鍋というのはどういう原理なの?」
「えー原理ー? 多分あれじゃない。密閉出来んのよ、鍋を。で、火にかける事で圧力上げたりなんかするんじゃない? 圧力鍋って言うぐらいだし、何かしら圧力は関係してるんでしょ」
「相変わらずフワッとしてんなぁ」




