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「大丈夫だよ。クリスにも小狡く稼げって言われてるしね。変な事しないよ、目立ちたくないし」
「いや、もう十分目立ってると——」
「おっそいんだよ、お前ら! で、腰どうだ? 治りそうか?」
何か呟いたトワの声はあいにくクリスの声によってかき消されて私には聞こえなかった。
「そんなすぐ治る訳ないでしょ! でも何だかちょっと楽になった気がする。フレッドさん、ありがとう。湿布のお代は?」
「そっか。良かったな。湿布の一枚や二枚ぐらいで金なんて取れねぇよ。それじゃあ俺はこれで。気をつけて帰れよ」
「ありがとう! 治ったらお礼するね。また機会があったら店に来て!」
笑顔で言った私を見てフレッドも笑顔で頷き、真っ黒の鞄を持って去って行く。
そんなフレッドを見送って私たちは帰路についた。
数日後、私はベッドに転がったままもう見飽きた天井を見て大きなため息を落としていた。
昨日、ルチルとマリアンヌが揃って泣きそうな顔でやってきたのだ。
『ごめんなさい、ヒマリ! まさかあなたが自分でファンデーションの原料を取りに行ってるなんて思いもしなくて私っ……』
『トワにヒマリが魔女の一撃を食らって寝込んでるって聞いて、もう居ても経っても居られなくて見に来たら! 本当に寝込んでるじゃない! 元気が取り柄のヒマリなのに! 何だかちょっと痩せてるような気もする! すぐに医者を呼ぶわ!』
いつも通りに先走ろうとするルチルを止めて大げさに泣き崩れたマリアンヌに気にするなと言い聞かせてどうにか二人を帰したが、私はある事に気付いてしまった。
今回のように例えば品が無くなった時、私は今まで自ら鉱石を取りに行ったり素材を探しに山を徘徊していたりした訳だが、その間店は休業にしていた。
だがそれは本末転倒なのでは!? これでいいのか? 今回のようにうっかり怪我でもしようものなら長期間休まなくてはならない。社畜を卒業した私は身一つで稼がなければならないのだ。優雅な老後独身生活を送るには! こんな所で寝込んでいる場合ではないのではないか!
「よし、パイプを作ろう。ぶっとくてでっかいパイプを。幸い私にはルチルとトワという強いカードがある! いざとなったらクリスという切り札を使って——」
「おい、全部聞こえてんぞ。ま~た何か良からぬこと考えてるな? ほら、湿布替えるから裏返れよ」
「別に良からぬことじゃないってば。将来の為の計画を立ててたのよ!」
「いいから大人しく裏返れ!」
「はぁ~い。よっこいしょっと」
その場でゴロンと転がった私の上着(寝る時は自作したTシャツと短パンなのだ)をめくると、クリスが少々乱暴に湿布を剥がしてそこに新しい湿布を貼ってペチリと叩く。
「はい、いっちょ上がり! 今日は夕飯はトワが作りに来てくれるってよ。あとさっきスタンが来てな、肉置いてったぞ」
「ありがとう、クリス。って、スタンさん!? 何で起こしてくれなかったのよ!」
「何でって……お前、本当にスタン好きだな。仕事の途中でヒマリが腰やったって聞いたらしくてさ、移動の合間縫って肉だけ届けに来てくれたんだよ。治ったらまた快気祝いしようってさ」
「するする! 快気祝いとか初めてかも! インフルエンザで死にそうになった時も誰も心配のしの字も無かったのに! この高待遇! 異世界天国すぎない!?」
「いやお前、ここが天国ってどんな地獄で生活してたんだよ」
「社畜の国よ。で、で、お肉どうするの? 焼く? ローストビーフ作る? あ! シチューにする!? あんた好きでしょ?」
はりきってそんな事を言う私を見てクリスは頬を少し染めて「おう」と小さく呟く。
「じゃあシチューにしよっか! 絶対余るから残りはステーキで食べよう、そうしよう!」




