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語り部旅譚─頁牢に眠る神話たち─  作者: 御歳 逢生
序章 綴言の約束
3/20

3 解放と旅立ち


ハーリィの目が、言葉を求めるようにルカを見つめていた。

その視線は、語られることのなかった永き時を越え、ただ一つの願いを訴えていた。


――忘れられたわたしを、思い出してほしい。


僕は震える手でそっと胸の前に両手を組み、祖父から授かった綴言(つづりことば)の力を呼び覚ました。

言葉が彼の内側から溢れ出し、光の糸となって空間を満たす。

僕はゆっくりと跪き、膝の上に本を開く。

そこには何も書かれていない白紙のはずの頁が、彼の心に触れるたびに淡く輝き、ひとつの“物語”を映し始めた。


「風が、かつて歌を持っていた世界があったんだ。」


語り始めると同時に、空間がふるえた。

紙の匂い、インクの香り、そして風のざわめきが戻ってくる。


「ハーリィは、風の精霊であり、“星辰の守護者”と呼ばれた神話のひとつだった。

彼女は、星の巡りを読み、風に言葉を乗せて、未来を予言する力を持っていた。

人々は彼女を敬い、風を聴くことで暦を知り、危機を避けてきた。

けれど、時代は変わった。言葉よりも剣が、星よりも火が求められた。

そして、彼女の語りは“迷信”と呼ばれ、やがて物語から追放された。」


頁に、風が吹く。紙片が舞い上がり、闇の中に一瞬の光が宿る。

ルカが語りを紡ぐごとに、骨の隙間から淡い風の光が漏れ始める。


「彼女は語りを封じられた。言葉を失った風は、ただの音に変わった。

誰も彼女の名を呼ばず、誰も彼女の最後を語らなかった。

だから彼女は、この物語牢獄(オルビトス)に幽閉された。

未完の神話として、誰の記憶にも届かない場所に。」


ルカの声は震えていたが、確かだった。


「でも……僕は、君の物語をここに綴るよ。

風の名前を取り戻し、神話に還るべき言葉を。」


白紙の本の中に、金の文字が浮かび上がる。

それはルカの語りに応えるように、自ら物語を綴っていく。


透けていた鱗に、かすかな青銀の色が戻る。

風が撫でるたびに、羽衣のような光がその身体を包み、

かつて星の巡りを読む神の面影がよみがえっていく。


僕は光の糸を蛇神に絡ませるように紡ぎ、言葉の輪を広げていく。

そして、綴言は、語られなかった記憶の欠片を繋ぎ合わせる。


「忘れられた風の神話を、あなたと一緒に紡ぎ直す。失われた光を取り戻そう。」


次第に、蛇神の体のひび割れが光で満たされていき、

断片だった文字は完全な文章となって浮かび上がる。

それは彼女の生きた証だった。


「名を呼ぶよ。君の最後の語りを、僕が完結させる。」


ハーリィは目を閉じ、穏やかに微笑んだ。


「ハーリィ。風を纏い、星のめぐりを紡いだ者。

君は消えなかった。物語は、まだ終わっていない。」


瞬間、骨の蛇が風のうねりとともに崩れ、白銀の羽を持った姿へと変わっていく。

それは人のようでいて、風のようにかたちを持たず、ただ一つの神話として再構成されていく。


――「記憶よ、逆巻け。痛みの頁を破り、新たな節を刻め」


頭の冠には、消えかけた星々が一つ、また一つと灯り始めた。


「ありがとう……語り部よ……。あなたのおかげで……私はまた、自由になれる……。」


蛇神の姿は光に包まれ、骨と断片は消え去り、そこに美しい風の精霊が立っていた。

風に揺れる長い銀色の髪と、輝く青い瞳。


神話は語られ、記録され、そして解放された。


「ありがとう、ルカ。お前の言葉が、私を救った。

語られることなく終わった私の名前も、記憶も……。もう、ひとりではない……。」


風が静かに吹き抜けた。

美しく姿を変えたハーリィは、ふわりと宙に浮かびながら、ルカの方へと視線を向ける。


「この世界の奥底には……まだ、幾千もの声が眠っているわ。

語られず、忘れられ、記されぬまま……“頁牢”の奥に幽閉された、名もなき神話たち。」


彼女の声は、まるで風のささやきのように優しく、けれどその響きは確かに重かった。


「私だけではない。語り部よ、ルカ……あなたは“選ばれた者”ではなく、“繋いだ者”。

あなたの綴る言葉が、いずれ他の神話たちを解き放つ鍵となる。」


ルカは静かにうなずいた。まだ現実味は薄い。けれど心の奥で、何かが確かに動き始めていた。


「でも……どうすれば、他の神話たちを見つけられるの?」


ハーリィは小さく笑みを浮かべると、ルカの手元を指差した。

そこには、いつの間にか祖父の古びた日記があった。


「その中に、“道標”があるはずよ。かつて、あなたの祖父もまた、語り部だった。

彼はすべてを知っていた。だからこそ、その知識を“記録”として残した。」


ルカは革の表紙をそっと撫でた。冷たい手触りの中に、祖父のぬくもりが確かにあった。


「じいちゃんも……この世界のことを知ってたのか……。」


「彼もまた、神話を救おうとした。

けれど果たせなかった。今度は、あなたの番よ、ルカ。」


ハーリィの髪が風に舞い、銀色の糸が空にほどけていく。

まるで、世界そのものが彼の決意を見つめているようだった。


「——旅は、まだ始まったばかり。語られざる者たちが、あなたを待っている。」


その言葉に、ルカは強くうなずいた。


そして、静かに祖父の日記を開く。

そこには、一行の走り書きがあった。


『綴言を持つ者へ。

語られぬ神話たちのもとへと至る道は、記された“断片”の先にある。』


「じいちゃん……。」


「これからは私も共に旅をしよう。失われた物語を紡ぎながら。」


僕は力強く頷き、2人は静かに牢獄の闇を抜け出そうとした。



しかし、闇の静寂を破るように、冷たい声が響いた。


「そこで何をしている、語り手。」

薄暗い空間に、硬質な光を帯びた鎧を纏う書記官(スクリブ)が姿を現した。

彼の目は冷たく光り、持つ筆はただの道具ではなく、戦の武器のように煌めいていた。


「ここは物語牢獄(オルビトス)。無断で紡ぐことは許されぬ。」

書記官(スクリブ)は冷たく告げると、一気に動いた。

床に刻まれた文字が光を帯び、紡がれた言葉の鎖がルカの足を縛ろうと伸びてくる。


「逃がさない!」

彼の声と共に、筆から放たれた光の刃がルカへ迫った。


僕は咄嗟(とっさ)に身をかわし、ハーリィの細い体を(かば)った。

「ハーリィ、動いて!」と叫びながら、綴言の力を呼び覚ます。

掌から放たれた言葉の光が、空間を切り裂き、縛られそうな鎖を断ち切った。


ハーリィは蛇神の形態から風の精霊の姿へと変わり、鋭い風の刃を巻き起こした。

風が渦を巻き、書記官(スクリブ)の鎧を叩きつける。

だが、彼は冷静に筆を操り、風の刃を文字の盾で防いだ。


「お前たちのような者が自由に物語を紡げば、牢獄の秩序は崩壊する。」

書記官(スクリブ)は言葉の結界を繰り返し作り、僕たちを追い詰める。


僕は息を整え、目を閉じて集中した。

「綴言はただの言葉じゃない。これは希望だ。」

彼は古びた日記から拾い上げた綴言の断片を紡ぎ直す。


その瞬間、空間が震え、言葉の光が幾重にも重なり合い巨大な光の盾となった。

盾は書記官(スクリブ)の攻撃を防ぎながら、逆に押し返す力となる。


「今だ、ハーリィ!」

僕の合図で、ハーリィは風の翼を広げ、一気に加速。

光の盾の影に隠れながら、二人は闇の裂け目へ飛び込んだ。


裂け目はまるで次の物語の扉のように輝き、二人を優しく包み込む。


「追っては来るだろうが、今は逃げるしかない。」

ルカは息を切らしながらも、決意を新たにした。


外の世界はまだ遠い。

だが、旅はもう始まっているのだ。


お読みいただきありがとうございます。


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