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18. 「お嬢様、花祭りに参りましょう」

 次の日の朝、睡眠不足の目を擦って私は家の扉を開けた。外にはルーカスがいて、いつもとは全然優しい顔で私を見つめている。ルーカスの顔を見るだけで、胸がきゅんと甘い音を立てる。ルーカスを好きだと自覚した途端、ルーカスにのめり込み始めている自分がいる。


「セシリア、おはよう。約束通り、迎えに来た」


 ルーカスは甘い声で告げ、私に手を差し出す。その手を握りたいのに、私は俯いて告げた。


「お誘い、ありがとう。でも、私は行けないわ」


 私の言葉に、


「なぜだ? 」


ルーカスは少し焦ったように聞く。


 ルーカスのことは好きだ。だが、結婚することは出来ない。そのため、これ以上ルーカスを好きにならないように、私は必死だ。このまま花祭りに行ってしまったら、さらにルーカスに惹かれてしまうことは間違いない。だから私は、苦し紛れに花祭りに行けない言い訳を考える。


「ほら……うちは貧乏だから、花祭りに着ていくドレスすらないの」


「そうか、ドレスか」


 ルーカスは少し考えるように私を見る。セリオを見る瞳とは違う、甘くて熱っぽい瞳。この瞳で見つめられると、全身の毛穴がきゅーっと閉まるようにさえ思う。


「ドレスくらい、俺が準備する」


「で、でも……!! 」


 焦っている私に、さらに追い討ちをかける人物がいた。彼はルーカスの後ろからひょこっと顔を出し、笑顔で告げたのだ。


「セシリア、せっかくルーカス様が迎えに来てくださったんだ。

 お前もルーカス様が花祭りの準備を必死でされていたのは、知っているだろう? 」


「お、お兄様……」


 私は顔を引き攣らせてお兄様を見た。お兄様って、私の味方ではなかったの!? いつの間に、ルーカスの味方になっているの!?


「い、行かないわよ」


 ここで花祭りに行ってしまったら、計画も狂う。私はこのまま公爵邸に戻り、セリオとしてルーカスに仕える予定だ。そして、また相応しい令嬢探しをしなければ……するの? いや、本心はしたくないことくらい、とっくに分かっている。だが、ルーカスを好きになった今、はやく諦めなきゃさらに泥沼にはまる。この恋の終着点は、別れしかないのだから。


「わ、私……」


 必死で言い訳を考える私に、笑顔でお兄様は言う。


「とりあえず、行ってみよう」


 ……は?


 抵抗する間もなく、お兄様に腕を引っ張られて、馬車に投げ入れられる。騎士であるお兄様には、私が全力で抵抗しても勝てるはずがなかった。それどころか、しばらく会っていないうちに背も伸び、体もがっしりしている。イケメンで強いお兄様、女性関係には不自由しないと思うのに……ルーカスによると、お兄様だって苦しんでいるのだ。私たち一家が皆、お父様を嵌めた人物によって苦しめられているのだ。


 慌てて馬車から降りようとするが、私に続いて馬車に乗り込んだルーカスが、ぴしゃりと馬車の扉を閉めた。そして、出ようとする私の体を不意に抱きしめる。


「セシリア」


 耳元で甘く囁かれ、その吐息が耳にふっとかかり、全身を戦慄が走る。一瞬でふにゃふにゃになってしまった私の体を優しく抱きしめながら、ルーカスは低く甘い声で告げる。


「お願い、来てくれ。


 セシリアが来なかったら俺は……寂しくて死んでしまいそうだ」


 ちょっと待って!何その、子供みたいな言葉は!?

 キャラが違うんじゃない!?


 思わず顔を上げると、目の前には優しい瞳をしたルーカスの笑顔。美男の心底嬉しそうな笑顔は、心臓に悪い。真っ赤な顔で慌てて目を逸らす私の顎を、ぐいっと持ち上げるルーカス。それで、否応無しにルーカスの顔を見ることになってしまう。


 ルーカスは嬉しげで、だが切なげな顔をしていた。甘い目でしっかりと私を見つめ、


「セシリア」


私の名前を呼ぶ。その瞳で見つめられるだけで、その声で呼ばれるだけで、胸が熱くなってドキドキが止まらない。


「会えて嬉しい、セシリア」


 ルーカスはそう告げ、そっと唇を重ねる。ルーカスの唇が重なった瞬間、体を震えが走った。


「愛してる……」


 消えそうな声で告げられる、その言葉。


「セシリア……愛してるんだ」


 出来ることなら、このままルーカスをぎゅっと抱きしめてしまいたい。離れたくないと言ってしまいたい。ルーカスに触れれば触れるほど、離れられなくなっていく。底なし沼に落ちるように、ルーカスに堕ちていく……


「本当は、今すぐここで抱きたい。

 でも、マルコスが外にいるから駄目だ」


 切なげに吐かれる言葉に、私は頷くことしか出来ない。

 ルーカスが指南書(エロ本)を読むことすら嫌で、軽蔑していた。だが、こうやって甘く迫られると、いっそのこと抱かれてしまいたいとさえ思う。今日、こうやってルーカスに会って、また離れられなくなった。また、ルーカスにのめり込んでしまう自分がいた。駄目だとは分かっているのに……私はこうやってルーカスに溺れ続け、どうなってしまうのだろう。

 

 公爵邸に着いて馬車を降り、館に入るや否や、マッシュが飛び出してきた。きゃんきゃんくんくんと鳴き、私に飛びついてくる。私は思わず、この愛らしいマッシュを抱き上げていた。すると、マッシュはくんくん言いながら、私の頬を舐め回す。


「可愛いだろ。セシリアなら、喜んでくれると思った」


 ルーカスが嬉しそうに告げる。いつもはクソ犬と呼んでいるのに、今日は可愛いだなんて言っている。その様子に笑いを隠せない。


「こいつ、大好きな使用人がいなくなってから、ずっと寂しがっていて。

 使用人以外にはそんなに懐かないのに、お前には懐くんだな」


 マッシュを抱えながらドキッとした。使用人とは、紛れもなく私のことだ。そしてルーカスは、本当にセリオが私だと気付いていないようだ。ジョエル様が何も言っていないようで、心底ホッとした。



 なおもマッシュは喜んで、私の頬を舐め続けた。可愛いマッシュをぎゅっと抱きしめながら、寂しい思いをさせてごめんと心の中で謝る。


 ルーカスは、こんな私からマッシュをひょいと取り上げた。マッシュは名残惜しそうに私を見ているものの、ルーカスの腕の中で嬉しそうにしている。なんだかんだで、マッシュもルーカスに懐いているようだ。安心する私の頬を……ルーカスは不意にぺろっと舐めた。


「!!?? 」


 私は声のならない声を出し、ルーカスが舐めた箇所を手で押さえる。そして案の定、顔が真っ赤だ。


「な、何するのよ!? 」


 慌てて聞いた私に、ルーカスは熱っぽい瞳で告げる。


「こいつばっかりずるい」


「なっ、何それ!マッシュは犬なんだから!! 」


 大慌てしながらも、胸のドキドキが止まらない。ルーカスに会ってからずっと、胸が甘く痺れている。私の体、おかしい。


 だが、ルーカスはぽかーんと私を見ていた。


「お前……どうしてこいつの名前を……? 」


 まずい。私としたことが、ついつい口が滑って。


 心臓がドキドキバクバクとうるさい。体が震え、冷や汗が背中を伝う。私がこうも動揺して全身で狂っているのは、紛れもなくルーカスのせいだ。


「お前ってやっぱり……」


 息を呑んだ私に、ルーカスは熱っぽい瞳のまま告げたのだ。


「運命の人だったんだな」



 その瞬間、ずっこけそうになった。

 バレなかったのは幸いだが、ルーカスは天然なのだろうか。それとも、鈍すぎるのだろうか。いずれにせよ、命拾いした。


 ホッとしたのも束の間、熱っぽい瞳のルーカスは、マッシュを抱いたままそっと唇を重ねてくる。不意打ちすぎて飛び上がる私を、ルーカスは離さない。


 長い長いキスの後、ようやく私を離してくれたルーカスは、切なげに呟いた。


「このまま、二人で部屋に篭ってしまいたい。

 だが、俺はお前のために花祭りの準備をしてきた。

 お楽しみは、祭りの後だ」


「な、なんでそうなるの? 」


 必死に抵抗する。抱かれてはいけないと、頭では思う。だが、体は予想以上に素直なようだ。男性経験なんてないのに、体の芯がとろけてしまいそうに熱く、ルーカスを待っている。……ルーカスを欲している。


「セシリア、愛しているよ」


 恥ずかしげもなく告げられるその言葉が、素直に嬉しいと思ってしまった。





 ルーカスに散々誑かされた私は、ようやく館の小部屋に案内された。何が始まるのだろうと思ったが、あれよあれよと言う間に体を洗われ、青色のドレスに着替えさせられる。髪は編み込まれ、綺麗な花が挿される。そして、鏡を見ると、見知らぬ人が私を見返していて、正直狼狽えた。


 使用人のセリオとして働いていた私。公爵邸ではもちろん制服を着用しており、実家では薄汚れたワンピースを着ていた。それなのに、今の私はどこの令嬢かと見間違うほどだ。お父様はドレスが買えないと言っていたのに、こんなにも上等なドレスを準備していただくなんて……身分差をありありと感じる。



 そして、扉を開けたルーカスは、


「セシリア、綺麗だ」


低く甘い声で私に告げる。


「俺の瞳の色のドレスだ。……俺の女だということを、分からせてやらないとな」


 こんなはずではなかった。だが、不覚にも嬉しいと思ってしまった。そして、また触れてほしいと願ってしまう。


 会えば会うほど、ルーカスに惹かれていく。後戻り出来ないほど堕ちていく。私はこんなにもルーカスに夢中になり、どうなるのだろうか。のめり込めばのめり込むほど辛いのは、よく分かっているのに。



「さあ、お嬢様」


 ルーカスが跪いて、私に手を差し出す。その様子が、いちいち紳士でかっこいい。ルーカスの本性なんて分かっているのに、このギャップにやられてしまう。


「花祭りに参りましょう」


 ルーカスは私の手を取って、大切そうに口付けをする。ルーカスの仕草一つ一つに、胸のときめきが止まらない。そして、瞬く間に堕ちていく。


 私だけを女の子扱いしてくれて、私だけに愛していると言ってくれる。私だけに甘い言葉を囁いて、私だけに頬を染める……そんなルーカスに、惹かれないわけがない。


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