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17. 彼の弟に、バレてしまった

 この大切な時に実家に帰りたいと言った私に、案の定ルーカスは怒った。


「おい、クソチビ!てめぇ、正気か!? 」


 いくら私でも分かる。使用人は私情を挟まず、主人に尽くさなければならないと。だが、一人二役を演じるには、どこかでセリオは消えなければならない。こんな私の計画を後押ししてくれたのは、予想外の人物だった。


「兄上、セリオさんはご家族の危機なんです。

 万が一ご家族が死んでしまったら、セリオさんは一生それを悔やんで生きることになりませんか? 」


 明るい声でそう告げて、ゆっくり私たちのほうへと歩み寄るのは……ルーカスと同じようなブロンドの髪に、碧眼。だが、ルーカスよりも随分優しくて穏やかな顔をした、


「ジョエル様……」


だったのだ。


 思わぬジョエル様の登場にホッとし、ジョエル様が私の味方をしてくれることにさらに安堵した。そして、ルーカスだって根っからの悪人ではない。ジョエル様の登場がなかったとしても、いつかは折れてくれるとは思っていた。


「仕方ねぇな」


 チッと舌打ちをして、ぶっきらぼうに告げるルーカス。そんなルーカスに、


「ありがとうございます」


と深々と頭を下げていた。


「クソチビ。花祭りのことはいいから、家族を大切にしろよ!」


 ルーカスはそんなことを付け加える。そういうの、反則だ。悪人なら、ずっと悪人でいて欲しい。こういう小さな優しささえ、私の胸を温かくする。これ以上、ルーカスに惹かれたくないと思っているのに。




 ルーカスから離れて厩舎へ向かう。厩舎で馬を借りて、家まで帰ろうと思っているのだ。それなのに、なぜかジョエル様も私の後を追ってくる。なに? 何か話があるの!?


 ジョエル様は足早に私の隣まで来ると、耳元で小声で囁いた。


「危なかったですね」


 ……え!?


「このままじゃ、計画が狂うところでしたね」


 私は立ち止まって、ジョエル様を見上げていた。信じられないほど、鼓動がバクバクと音を立てていた。聞かなかったことにしたい。だけど、聞いてしまった。ジョエル様はまさか、私がセシリアだと気付いているのだろうか。


「……おっしゃる意味が分かりませんが」


 平静を装うが、私の声は酷く震えている。


 ジョエル様は私がセシリアだと確かめて、何をする気なのだろうか。取り引きか何かをする気なのだろうか。……きっとそうだ。ジョエル様も、ルーカスがセシリアなんかと結婚することを反対しているに違いない。


 ジョエル様はふっと笑いながら告げる。


「僕、警戒されていますね?

 でも、僕なら何かお力になれるかもしれません」


 私はまじまじとジョエル様を見つめていた。


 何か下心があるのだろうか。ただ単にルーカスの恋を叶わせたいと思っているのだろうか。それとも、私を陥れようとしているのだろうか。人のいいジョエル様に限って、それはないと信じたい……


「どうしてそんなことをされているのですか、セシリア嬢」


 ジョエル様は優しげだが、逃がさないとでも言うように私に聞く。だから私はとうとう告げていた。


「私はもう平民の身です。

 ……ルーカスには、もっと相応しい女性がいると思いまして……」


 そう言いながらも、胸がズキズキ痛む。ルーカスと結婚しないことを一番望んでいたのは私なのに、口にすると心が辛い。私はいつの間にか、ルーカスに執着しているようだ。


 ジョエル様はふっと笑った。そしてそっと告げる。


「そうですね」


 その肯定の言葉が、さらに私の胸を抉る。


 私は、ジョエル様にどんな言葉を望んでいたのだろうか。きっと、否定され、励まされることを望んでいたのだ。


 だが、ジョエル様は、続けて思いがけない言葉を吐いたのだ。


「それならば、貴女は僕と結婚すればいいことです」


 その瞬間、


「えっ!? 」


私は大声を出していた。


 ちょっと待って。頭が追いつかない。

 ジョエル様は何を言っているのだろうか。


 嘘だよね。あ、からかっているんだ。そう思うのに、ジョエル様はいつまで経っても冗談だとは言わない。ただ、憂いを帯びた瞳で私を見下ろすのみだ。


「あ、あの……ジョエル様……」


 私の声は震えていた。それだけではない、体も少し震えている。ジョエル様は冗談を言っているのは分かっているが、冗談を本気のように言ってしまうからだ。


「ルーカスが駄目なのですから、じょ、ジョエル様が駄目だということも分かりますよね……」


 ジョエル様は甘い瞳で私を見て、一歩また一歩と迫ってくる。だから私は、一歩また一歩と後退りする。


「言っている意味が分かりません。

 兄上が言う通り、身分のことなど気にされなくてもいいのです」


「で、ですが……」


 気にするに決まっている。身分を気にしなくてもいいのなら、私はとっくにルーカスと……


「だ、駄目なものは駄目なのです!! 」


 私はそう言い放って、全力で走り去っていた。走りながらも、心臓はバクバクと音を立てている。背中を冷や汗がつーっと伝った。


 ジョエル様は、私がセシリアだと気付いていた。そして、ルーカスに代わって結婚しようなんて言い始めた。それが本気ではないと分かっているが……私は、どうなってしまうのだろう。


 予定通り厩舎で馬を借りた。ルーカスの使用人であるということ、家族が急病であることを伝えると、ルーカスから……ではなく、ジョエル様から許可が降りた。その事実に胸を痛めながら、私は久しぶりに馬に乗って家に帰る。


 学院時代に乗馬はしていた。あれから八年も経ってしまったが、私の体は乗馬の仕方をしっかりと覚えている。だが、私を取り巻く環境や、ルーカスとの関係も変わってしまったことを思い知る。




 馬を走らせニ、三時間。そろそろ体が疲れてきた頃に、ようやく森が見えてきた。そして、森の外れにある小さな家が少しずつ近付く。立派なトラスター家にいたからこそ、自分の家がいつも以上にちっぽけに見える。そして、身分差をひしひしと感じる。ルーカスもジョエル様も身分なんて関係ないと言うが、関係ないはずがない。実際、トラスター公爵は、ルーカスと私の結婚に反対であるし、マリアナ様だってそう思っているだろう。マリアナ様だけでなく、その他全ての令嬢だって……そう思うと、頭が痛くなるのだった。


「お帰り、セシリア」


 いつものようにお母様が出迎えてくれる。すっかり庶民になってしまったお母様は、ぐつぐつとシチューを煮ている。昔は料理とは無縁の生活を送っていただろうに、今の現状に何も思わないのだろうか。


 お父様は部屋の奥で、マロンの体を洗っている。こうやってマロンを可愛がるお父様を見て、ルーカスを思い出してしまった。そして、例外なく胸がきゅんと鳴る。


「セシリア、お帰り。

 明日、トラスター公爵令息のルーカス様に、花祭りに呼ばれているんだよな? 」


 心配そうなお父様に、笑顔で答える。


「はい。でも、迎えに来られた時に断ります。

 私がルーカス様と結婚だなんて、やっぱり無理ですから」


 努めて平静を装ったはずだった。それでも、言葉にすれば胸が痛む。お父様はこんな私を見て、悲しそうな、それでいて申し訳なさそうな顔をする。お父様は悪いことをした訳でもないのだし、責任を感じなくてもいい。だから私は、なおも元気に振る舞った。


「私は、本当に好きな人と結婚したいのです」


 そう言いながらも、ルーカスに惹かれていたのも事実だ。ルーカスなんて願い下げだったのに、今はいいところもたくさん知っている。そして何より、私だけを好きでいてくれる。ルーカスは八年も私を思い続けてくれて、今だって私だけを見てくれている。この後、他の女性に目移りする可能性はないとは言い切れないが……今までのルーカスの様子を見ると、私をずっと好きでいてくれる可能性は高いと思う。きっと、ルーカスと結婚出来れば、幸せな日々が待っているのだろう。


 そんなことを考えてしまった私は、不意にお父様に尋ねていた。


「お父様は罪を被った時、どうして濡れ衣だと言わなかったのですか?

 ……どうして犯人はお父様ではないと、分かってもらえなかったのですか? 」


 お父様は一瞬驚いた顔をして、そして俯く。その顔からは、悲しみや苦悩が伝わってくる。お父様はその事件について、掘り返して欲しくはないのだろう。だが、この事件が結婚の大きな足枷となってしまった今、聞かずにはいられなかった。


 やがて、お父様はぽつりと呟いた。


「もちろん、私はしていないと主張した。だが、分かってくれる人がいるはずもなかった。

 私自身は、もうどうでもいいんだ。でも、その件で、セシリアやマルコスに迷惑をかけるのが辛い……」


 お父様は爵位を剥奪され、絶望しただろう。そして今は、未来の希望もなく随分投げやりになっている。だが、最後の最後まで、私たち子供の心配をしてくれていることに心を痛めた。出来ればお父様に、昔のような希望にあふれた顔をしていて欲しい。だが、事件について見当もつかない私は、何も出来ないのだ。だからといって、ルーカスと結婚する自信もない。


「セシリア。我が家は貧乏だ。

 私たちは明日の花祭りに、セシリアに綺麗なドレスを着せて送り出したかった。でも、それすらも出来ない。

 ……本当に申し訳ない」


 頭を垂れるお父様に、


「そんなの、お父様のせいじゃありません」


私は笑顔で告げた。


「それに言ったでしょう? 私は、ルーカスと結婚するつもりはありません」


 平静を装うのに、語尾が震えていた。その事実に、お父様が気付かないようにと必死で祈る。爵位剥奪については、お父様は何も悪くない。だが、この言いようの無い絶望感や怒りを、どこに向ければいいのだろう。





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