14. 初めて聞く、辛くて悲しい話
お兄様は悲しげな顔で私を見た。きっと、お兄様だってこの身分制度のせいで、理不尽な思いをたくさんしてきたのだろう。私たちはただの平民ではなく、罪人の子供だ。お父様の冤罪さえなければ、お兄様は伯爵の爵位を継ぐ立場だった。
「平民でも……きっとルーカス様は分かってくださる」
だけど、万が一ルーカスが分かってくれたとしても……その周りはどう思うのだろうか。平民の、いや、罪人の娘が公爵子息と結婚なんてすると、全力で反発するだろう。ルーカスの評判を落とすことにもなる。ルーカスが破茶滅茶で乱暴者で、だけど優しい人だったとしても、ルーカスの足枷になることだけは避けたい。
「ねえ、お兄様? 」
私は努めて平静を装い、お兄様を見上げていた。
「どうしてお父様は、爵位を剥奪されたの? 」
私には関係ないことだと思っていた。私が知ってもどうにもならないと思っていた。私がその件について興味を持つと、お父様を苦しめると思っていたから……だから今まで、敢えて聞かないでいた。だが、身分制度が結婚を邪魔する状況になった今、聞かずにはいられなかった。
お兄様はまた悲しそうな顔をした。舞踏会を余裕の表情で楽しんでいたお兄様からは、想像がつかないような顔だった。そしてそのまま、お兄様は静かな声で話し始めた。
「あれは俺が学院を卒業し、ロレンソ伯爵の後継者として本格的に父上の補佐を任された頃の話だった」
静かに話すお兄様の言葉を、私はマッシュを抱き上げて聞く。
「ロレンソ伯爵家は多くの富と広い領地があり、数世代に渡って安定した財政を築いていた。堅実な父上も新しいことすらしないが、ロレンソ家は何不自由ない毎日を送っていた。
ある日父上のもとに、国王の側近と呼ばれる者から手紙が届いた。
ロレンソ伯爵領で採れる油は純度が高く、燃やした際に出る嫌な臭いも少ない。おまけに、一旦火を点けると、消火作業をするまで半永久的に燃え続けると評判だ。そこで国王は、国を挙げてロレンソ伯爵領での油の採掘を薦めたい。とのことだった。
そこで父上は手紙に書かれた通り、ロレンソ伯爵領の油のサンプルを持って、宮廷へ出かけた」
春の風が、お兄様の髪をそっと揺らした。そして私のカツラの茶色い髪を巻き上げる。私はカツラが飛ばないように、慌てて頭を押さえる。
「父上が宮廷へ着いた時、ちょうど近くで火事が起こった。父上も慌てて消火活動に参加したが、油を持っていたことで怪しまれてしまった。
おまけに、宮廷関係者の誰もが、油を持ってくるようにと指示した覚えはないと言う。
こうやって、父上は宮廷への放火事件の犯人として、爵位を剥奪されたんだ」
「そうなんだ……」
娘の私だからこそ、よく分かる。お父様は確かにのんびり屋でぱっとしない男性だが、だからこそ放火なんてするはずもない。今のお兄様の話を聞いて確信した。やはり、お父様は誰かに嵌められたのだ。だが、今となっては時すでに遅しだ。事件から八年も経った今、新たな証拠なんて出てくるはずもないし、泣き寝入りしかないだろう。
「私は、お父様を信じているわ」
そう告げると、お兄様も悲しそうに頷いた。
「本当なら死刑にでもなるだろうが、父上は追放と爵位剥奪だけで済んだ。
それだけでも、感謝しないといけないのかもしれないな」
そう。今の暮らしが恵まれていないとはいえ、命があってこそだ。そして、何よりも悲しんでいるのはお父様に違いない。犯人について見当もつかない私たちは、今さらどうすることもできない。今置かれている環境で、最大限幸せに生きるしかないのだ。そう考えると、やはりルーカスとの結婚はないと思う。
「辛いね、お兄様」
すると、お兄様は少し悲しそうに笑った。
「俺はセシリアがそんな顔をすると思っていたから、この話をしたくなかった。
ルーカス様との結婚だって、セシリアが嫌なら止めればいいと思う。
でも、舞踏会でルーカス様に会ってから、お前はルーカス様に対する見方も変わったのだろう? 」
「えっ!? 」
「お前の顔を見ていれば、すぐに分かる」
私はばっと顔を隠した。ルーカスはないとずっと思っていたのだが、そんなデレデレした顔をしていただなんて。いや、今だって、ルーカスはないと思っているのだが。
「お、お兄様!チャラいくせに、私の心も見抜けないなんて、まだまだね!」
慌ててそう言うが、心臓があり得ないくらい速い。舞踏会の夜のルーカスのキスだとか、優しい笑顔だとかを思い出して、さらに胸がドキドキする。
……さすがチャラ男お兄様だ。侮ってはいけなかった!!
「どうかな? 」
お兄様は面白そうに笑っている。
「それに、俺だって好きでやっている訳ではない。
身分制度のため、惚れた女とは結婚出来ないことは分かっている。
だから、令嬢たちとは後腐れなく遊んでるだけだよ」
「うわっ、やっぱりチャラい。
私、お兄様みたいな人とは結婚したくないや」
なんて言いながらも、ふと思った。
ルーカスは否定していたが、まさかお兄様みたいなことしていないよね? 今は指南書を読んでいるところしか見ないが、あのキスはやたら手慣れていたし……
ルーカスとのキスを思い出して、また顔が赤くなった。体がきゅーっと甘い音を立てた。そんな私を見て、お兄様は面白そうに笑った。
「ルーカス様は、ご自身でしかしていないと思うけどね」
「……言い方!! 」
もう、お兄様の馬鹿!! そんなことを言うと、余計に意識してしまうじゃないの!!
私は真っ赤な顔でマッシュのリードを引き、逃げるようにお兄様のもとを去ったのだった。