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11. 平常運転に戻ります

 結局、私が宿舎に戻ったのは、日付けが変わった頃だった。ルーカスが公爵家の馬車で自宅まで送ると言い始め、セリオとして宿舎に住んでいる私は色々と理由を告げて断った。お兄様を待っているだとか、お父様が迎えに来るだとか。だが、どの嘘もルーカスに見透かされ、馬車で自宅まで送られそうになった。自宅に帰ると、明日からの仕事に支障を来す。そして、自力では公爵邸まで行くことも出来ない。万事休すと思った時に、救世主お兄様が現れたのだ。


 だが、お兄様は明らかに行為後の乱れっぷりだった。あの後も令嬢と致していたのだろうか。私がルーカスとキスをしてしまったとドキドキしっぱなしなのに、何回戦も致したであろうお兄様はけろっとしている。そして笑顔で私に言うのだ。


「セシリア、帰るか」


 私はそんなお兄様を見ることが出来なかった。だが、お兄様に救われたことも事実だった。


「マルコス。君のおかげで、俺はセシリアと結婚出来そうだ」


 ルーカスの言葉に、なんでそうなる!? と叫びたくなる。そして、お兄様はお兄様で調子が良くて、


「私でよろしければ、いつでもお力になります」


ルーカスに頭を下げる。もう、お兄様も調子がいいんだから!! 私の味方ではなかったの!?


 こうやって私はお兄様に救い出され、無事宿舎に戻ることが出来たのだ。そしてシャワーを浴びてベッドに入っても、ルーカスのことを考えて眠れなかった。ルーカスの笑顔や甘い声を思い出してしまう。そして、あのキスのことも……私は明日から、どんな顔をしてルーカスに会えばいいのだろう。





 そして次の日……


 朝、いつも通りのセリオの姿をしている鏡に映った私は、不安そうな顔でこっちを見ていた。どこからどう見てもセリオだ。だが、昨日不覚にもルーカスに会ってしまった。私がセシリアだとバレたらどうしよう。その前に、もういつも通りの対応が出来ないかもしれない。私の知らなかったルーカスを知ってしまったからだ。


 館の廊下を歩きながらも、ドキドキと鼓動がうるさい。そして歩きながら、どうやってルーカスに会って話しかけるか、頭の中でシュミレーションをする。


「おはようございます、ルーカス様」


「昨夜の舞踏会、いかがでしたか? 」


 いや、舞踏会の話は地雷だ。出来る限り避けたほうがいいだろう。


「昨夜は途中で逃げ出してしまって申し訳ありません」


 それこそ、私がセシリアだと言っているようなものだ。



「おはよう、セリオさん」


 不意に声がして、思いっきり飛び上がった。まずい、変な動きをしたから、カツラがずれてしまいそうだ。頭を押さえてどぎまぎしながら見た先には、いつも通りの笑顔のジョエル様がいる。昨夜、ジョエル様に最後に会った時は、令嬢をたくさん引き連れていた。まさか、ジョエル様もあの後……そんなことを考えると、顔が真っ赤になってしまう。


 真っ赤な顔の私を、ジョエル様は不思議そうに首を傾げて見る。いけないいけない、このままだとジョエル様にまで疑われてしまう。冷静に冷静に!必死で心の中で唱える私に、ジョエル様は困った顔で告げた。


「兄上が、仕事をしないんだけど……」


「えっ!? 」


 その予想外の言葉に、またさらに飛び上がりそうになる。そして、ドキドキと心臓は破裂しそうな音を立てる。


「ど、どうされたんですか!? 」


 どぎまぎしながら聞く私に、ジョエル様は困った顔のまま教えてくれた。


「兄上が妄想に耽っていて、ずっとぼーっとしているんだよ」


 それは困る。ルーカスに使える身として、主人がポンコツになってしまったらいけない。いや、もとからポンコツかもしれないが。花祭りの準備や資金管理など、ルーカスがやらなきゃいけない仕事は多い。


「セリオさんが頭突きでもしてくれると、兄上も我に返るんだろうけど……」


「ず、頭突きなんて出来ません……」


 怯えながらもジョエル様と並んで、ルーカスの部屋へと向かう。私は今、セリオだ。それなのに胸はドキドキして、体が震えてしまう。ルーカスとは結婚出来ないはずなのに、こうもルーカスのことばかり考えてしまう私だっておかしい。ルーカスと同じように、妄想に耽っているのだろう。


 そして、ジョエル様とルーカスの部屋の扉を開けると、そこには本当に妄想に耽っているルーカスがいた。椅子に座って机に向かうルーカスは、ぼーっと宙を眺めて頬を染めている。そして、私たちが部屋に入ったことすら気付かない。……重症だ。


「お、おはようございます、ルーカス様」


 震える声で告げるが、ルーカスの耳には届いていないのだろうか。なおもぼーっと宙を見続けている。


「ほらね。頭突きしないと我に返らないよ、あれは」


 ジョエル様が隣で笑う。


 本当に、頭突きしないと我に返らないかもしれない。あのまま何時間も居続けられたら、今日の予定も狂ってしまう。私はルーカスに酷く怒られるだろうが、ここは意を決して……


 ガチーーーン!!


 思いっきりルーカスに頭突きした。その瞬間、


「痛ぇぇぇえええ!! 」


 ルーカスが大声を上げ、私の頭突きした部分を押さえる。そして我に返ったルーカスは、怒りの声で私を呼んだのだ。


「クソチビ……てめぇ……!! 」



 昨日の甘い時間が嘘だったかのように、ルーカスはいつも通りだった。そして、その声はいつもにも増して怒りに満ちていた。


 だが、ルーカスは再度私を見て目を見開く。そして頬を染める。その表情は昨日のルーカスそのもので、どきりとした。まさか、私がセシリアだということが、バレたのか!?


 ルーカスは頬を染めたまま俯いて告げる。


「お前、よく見るとセシリアに似てるな」


 ……え!? これはまずい!そう思うのに……


「セシリアみたいな顔するの、やめろよ」


 ルーカスは訳が分からないことを言い始める。ルーカスにバレていないことは幸いだが、そんな無茶なことを言われても困る。私はセシリアなのだから。


「まあまあ、兄上。セリオさんに罪はないんですよ」


 ジョエル様が笑顔でフォローしてくれる。どうやらジョエル様にもバレていないようでホッとする。私の変装技術は、予想以上に高いのか。それとも、この兄弟が鈍感なのか……


「さあ、兄上。セシリア嬢は帰られました。

 セシリア嬢に惚れていただくためにも、今まで以上に仕事を頑張らなければならないですね? 」


 ジョエル様はそう言い残して去っていった。そして、ルーカスと二人きりになった私は、再びドキドキし始める。


 ルーカスは私に何て言うのだろう。絶対、セシリアの話をするよね? それに私……ルーカスとキスしてしまったんだ。もちろん好きなんて気持ちはないのだが……してしまったのだ。あの時のルーカスは、紳士でとてもかっこよかった。ルーカスなんて好きでもないのに、思い出すだけでドキドキする……


「クソチビ」


 呼ばれてはっと我に返った。私としたこそが、ルーカスを思い出してぼーっとしていた。私だって妄想に耽っていることに気がつき、ぶんぶんと首を振る。こんな私を睨みながらも、ルーカスは言う。


「お前は恋をしたことがないから、分からないのだろう。

 今、俺の心の中に、ピンク色の嵐が吹き荒んでいることが」


 確かに恋をしたことはないし、ルーカスの心の中は分からない。だが、……ピンク色の嵐!? ルーカスはなに変なことを言っているのだろう。

 そして、ルーカスは予想外に、私が頭突きをしたことに腹を立てていない。いや、セシリア()が気になりすぎて、私が頭突きをしたことなんて忘れているのかもしれない。


「セシリアはいい女になっていた」


 宙を見つめたまま、ルーカスが話す。


「お前には分からないだろうがな」


 分かるはずがない。だって私がセシリア()だから。なんてことは、言えるはずもない。私は仕方なく、ルーカスの言葉にテキトーに相槌を打っておく。すると、私が聞いていることをいいことに、ルーカスの妄想はますますエスカレートするのだ。


「セシリアも、今頃俺のことを考えているのかな。俺のこと、いい男だと思っただろうな」


 なにそのナルシスト発言。


「俺はセシリアに会って実感した。

 やっぱり、俺にはセシリアしかいないんだと」


 何も言えない……


「セシリア、ああセシリア。

 俺はもう、お前のことしか考えられない。

 お前の唇は柔らかく、甘い恋の味がした。

 お前を抱きたい。抱き潰してやりたい」


 なんだか変なポエムが始まってしまった。昨日はドキドキしたが、今のルーカスは愚かだ。そして見ている私が恥ずかしくなる。だが、ルーカスは、自分が恥ずかしいとは思ってもいないのだろう。


「お前が何と言おうと、俺は必ず捕まえに行く。


 お前がこの家に嫁いだら、お前の好きなキノコ料理をたくさん食べよう。もちろん俺は鼻をつまんで、頑張って食べるから。


 お前の好きな犬も飼おう。もふもふした犬に顔を埋めるように、俺はお前の胸の谷間に顔を埋めたい」


「あ……あの、ルーカス様……」


 恥ずかしすぎる私は、必死にルーカスを止めようとする。なんとしても、この愚かなポエムを止めたい。耳に毒だ。


 ルーカスは思いっきり私を睨む。そんなルーカスに言っていた。


「し、仕事してください!!

 せせせセシリアさんも、花祭りが開かれないと来れないでしょう!? 」


 そして、はっと思った。このままルーカスが仕事をして、無事花祭りが開催されることになったら……私はまたセシリアとしてルーカスに会うのだろうか。そしてルーカスは、またルーカスらしからぬ態度を取るのだろうか。またキスされるだろうし、ルーカスは抱く気満々だ。指南書まで読んでいるというし……

 私は、どうなってしまうのだろう。


「……そうだな、お前の言う通りだ、クソチビ」


 ルーカスはぱっと本を閉じた。その本の表紙には、裸の男女が絡み合う絵が描かれている。まさか、これが指南書なのか!? そして、仕事時間から堂々と指南書(エロ本)を読んでいたのだろうか!?


 唖然とする私に、ルーカスは言う。


「花祭りが開かれないと、セシリアを呼べない。そのためにも、俺は必死で仕事をしないといけない」


 そして彼は笑顔で付け加えた。


「お前のおかげで助かった、クソチビ。ありがとう」


 ちょっと待って。そんな笑顔でお礼なんて言わないで。いつものルーカスらしくない。

 変なポエムを作っても、指南書(エロ本)を読んでいても、そんな態度を取られるときゅんとしてしまうから。……本当にやめて!!


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