入学式の出会い
「新入生の諸君、改めてクロノス第一学園に入学おめでとう。これから君たちは多くを学び、このクロノスという偉大な国を支えることになる。我々先輩は君たちを心より歓迎する」
足が痺れるほど長かった生徒会長の挨拶が終わった。半分寝ていたので内容はほとんど覚えていない。
「続きまして新入生代表、科学科主席のレン・サバシアさんによる挨拶です」
寝起きの後の硬直した体を懸命に動かし、段差がこれでもかと小さい階段をゆっくりと下って壇上で一礼。薄暗い照明で他の生徒たちの顔はよく見えないようだ。
「清らかな風が吹く中、この学園に入学できたことを誇りに思います。自分はこれからの三年間を、この国の未来を創る科学の力に貢献するために過ごしていきます。時には優秀な先輩方のお力添えを頂くこともあるでしょう。その際はどうぞよろしくお願いします」
ぱっと適当に考えた当たり障りのないスピーチを振りまき、適度な拍手を受けながら音楽ホールのような入学式会場後方の席へと戻る。演説があるのだから席はなるべく前の方を希望していたが、強者がゆっくりと壇上に向かうのが風流だとわけのわからないことを言われ、反論するのも面倒なので受け入れてしまった。
壇上では感じることのなかった他生徒の興味あり気な視線が刺さる。
「それでは最後に新入生代表、演習科主席エリ・リオネルさんの挨拶です」
俺の着席と同時に司会が進行を再開する。すぐに夢の世界に帰ろうと瞳を閉じるが、隣で寝ている生徒の寝息が邪魔をする。
「ヴッ」
右フックで俺の睡眠を邪魔する者に制裁を下す。全くの他人だが、起こしてあげるのが目的ならば文句は言われまい。ただ、苦しそうな声を出しただけで起きる気配は全くない。
こうなれば仕方がないので顔でもつねってやる。しかし思っていたよりも柔らかい感触が手を通して伝わってきて、ふと相手の顔を見つめる。
「ッ!?」
女!?
驚きすぎてフリーズする。整った鼻筋、肩まで下した細やかな髪、閉じられた目によって強調される長いまつ毛。薄暗いこの空間でも明らかな美少女だということはわかる。
やばいと思った時には遅かった。瞼がピクッっと動き、透き通った青い瞳が、俺を捉える。
「ふぁ?あ、ありがと」
寝起き特有の掠れた声が発せられた。セクハラとか変態とか罵倒されるかと危惧したが、そんなことは無かった。
「ねえ、いまって何の時間?」
「新入生の代表の挨拶だけど……演習科代表の人が登壇しなくて、ざわざわしてる」
「そっか」
納得したらしい彼女は、そのまま立ち上がった。
お手洗いでも行くのかと彼女を視線で追うが、向かったのは壇上だった。
足早に階段を駆け下りていった彼女に目を向けた人たちが、美少女だとか可愛いだとか言ってざわついていく。彼女は周りなど気にしていないようで、あっという間に壇上に上った。照明に照らされた彼女は、演習科首位とは思えない体の細さだった。
「本日はこのような素晴らしい式を執り行っていただき、ありがとうございます。本学校は国内でも有数の名門校であり、私としてもこの学校の門を通れたことに、深く感激しています。近年の不安定な世界情勢を見ておりますと、ますます国家を守るガーディアンは必要に迫られているといえます。私は実戦試験最高得点者としての自覚を持って、三年間を通してあらゆる技術を身に着け、この国を守るために全力で日々鍛錬していくと同時に、強固な意志を持った同士たちの育成にも力を入れていこうと思います。どうか、よろしくお願いします」
俺の演説の数倍にもなろうかという盛大な拍手に包まれながら、そそくさと席に戻って来る。下段にいる多くの人は階段を上る彼女をまじまじと見つめるが、注目を集めている本人は自分が注目を浴びているとは思っていないようだ。
隣に着席した彼女は「起こしてくれてありがとう」と耳元で囁いた。甘い香りと耳に触れた吐息で、普段なら理性が崩壊するところだったが、今はそんなことはない。こいつは俺の睡眠を妨害した。あれがなければ七割型勘違いしていたところだ。
とはいえエリート相手に弱みは徹底的に握っておくほうが良いので、いじめておくか。
「いいや、いびきがうるさかったから起こしただけだよ」
なるべく嫌味に聞こえないように、ピュアな男子がデリカシーの無いこと言っちゃいました感で伝える。しかも寝息をいびきとまで誇張したが、相手にはわからないからいい。
「……高いものご馳走するから忘れて」
彼女の眼は、死んでいた。