ある王太子に纏わる騒動の顛末
※この作品は暴力行為や犯罪行為を推奨するものではありません
ある王国の王太子は好色過ぎることで有名だった。
十三歳の辺りから王宮の侍女に手を出し始め、低位貴族令嬢、一部の高位貴族令嬢とエスカレートしていったお陰で王の激しい叱咤があり、一時期は落ち着いた。
しかし二十日と持たずに彼は女を求めて王都にお忍びで降りるようになった。
これで娼婦で我慢していたならともかく。
彼は平民の見目好い素人を好み、気に入った見た目の若い少女を物陰に連れ込んでは無理矢理事に及ぶようになった。
平民たちにその「身分が高そうな強姦魔」のうわさが行き渡ったのは被害者の数が手の指の数で収まらなくなった頃。
その「強姦魔」が出没する時間帯を考えて、昼間のうちは幼女から若い女性は家の中に避難しているべしとなり、王都の昼はずいぶん閑散とするようになった。
家庭の中心である主婦でさえ外に出られないし、子供の半分は女だ。
そんな中、服飾店の女性店員が店内で無理矢理……という事件さえ起きて、女性店員でさえ昼間は働けなくなった。
事ここまで至っても「強姦魔」を捕まえてくれない司法や警邏に一般人の不満や怒り、恐怖は強まっていく一方。
そんな折、王太子はある日、唐突にとんでもない状態になって発見された。
裏路地で股間を抑えて気絶した状態だったのだが、医者が見たところ、まあ、子種を作る器官を両方潰されて、吐き出す部分も無残な状態になっている。
それ以外にはさしたる暴力を振るわれた痕跡もないことから、計画的に行われた犯行であろうとは推察できた。
できたのだが。
ならばどうやって行われたのか? が、捜査に当たった人々の疑問だった。
素人であれば眠り薬を嗅がせて、と思うだろうが、あの手の薬は一瞬で眠らせるものではない。
飲み物に含ませておいて、眠ったところを襲撃したとして。
陰部を丸ごと役立たずにされるほどの痛みに王太子はなぜ無抵抗だったのか? という疑問が残るのだ。
捜査は難航した。
その間に、王太子は後継者を作る能力を失ったこともあって失脚し、醜聞もとんでもなかったことから、王宮内にある、正気を失った王族が暮らす小さな宮に押し込まれ、「療養」となった。
そうして彼が自害のために送り込まれた毒入りワインを飲んだ頃、捜査は打ち切りとなった。
この事件、被害者には、平民の医者の娘がいた。
娘の母は医療大国の出身で、あちらでも父の手伝いとして看護師をしていた。
そんな母は、嫁入り直前だった娘を凌辱された怒りから、同じように怒りを抱えた被害者家族一同に薬をいくつか提供していた。
捜査に当たった医者も一度は考えた眠り薬と、この国ではまだろくに知られていない麻酔薬である。
まずは眠らせ、適当な裏路地の空き家の中で陰部を始末し、そののちにその辺に捨てる。
彼らの計画なんてそんな程度である。
そして平民たちは各々、最終的な末路は伏せて、協力してくれる人間を作っていった。
「強姦魔」は決まった飲食店で昼を食べる。
そこで提供する飲食物に薬を含ませておき、眠ってしまったら裏口から運び出して空き家までこっそり搬送する。
この時、店内に護衛だの見張りだのがいないことは大事である。
彼は女がいる時こそ護衛の騎士らしき男たちを近くに置く。
だから店内に女がいなければそれで済むのだ。
彼らの考えた通り、「強姦魔」は、騎士らしき男たちを店外に追いやり、一人でガツガツガブガブ飲食を貪った。
このところ、王都で昼間に見かける女性は老女くらいである。
さすがに民家に押し入ってまでして女を漁る段階まで飢えてはいなかったらしいが、限界はすぐ近くだったろう。
それを考えると、彼らの行動は正しかった。
デザートにあたるフルーツの盛り合わせを食べる前に寝落ちした「強姦魔」に、店内は一致団結してそいつを裏口から運び出し、野菜を積んだ荷馬車に潜り込ませて出発させた。
がたごとと、二つ分ほど区画を離れた場所の裏路地にある小さな家で「強姦魔」は「施術」を受けた。
二度と女性を襲うことのできぬようにと念入りに処理をし、近くの、昨晩酔っ払いが吐いただろう汚い地面の辺りに捨てて、解散である。
彼らは「強姦魔」が誰かを理解していた。
なので、発覚すれば縛り首であることも分かっていた。
しかし、実直に生きていただけの罪なき、か弱き乙女を凌辱しておいて、何人もを食いつぶしておいて、王になろうとは。
許せる筈もなかった。
そしてその忌まわしき行いをした男の血が王の血筋として継承されていくことも許せなかった。
だから、男としての機能を奪ったのである。
被害女性たちの傷は深い。
しかし大抵の被害者たちには家族や恋人がいて、その傷を癒さんと寄り添っていてくれる。
王都にはもう「強姦魔」が現れることもない。
故に、被害者と親しい者たちも、次第に「表舞台から消えた王太子」と「急に姿を消した強姦魔」を忘れ去っていった。
ところで。
王には愛人がいた。
愛妾にさえされず、ただ時たま甘い言葉を囁かれ、抱かれるだけの間柄である。
それでも愛人は王を愛し、信じていた。
彼らの関係は王が結婚した後も続き、愛人は正妃よりも三年早く息子を生んだ。
しかし、正妃でないというだけでその息子は王子としてさえ扱われない。
その時になって初めて愛人は嘆いたが、どうしようもない。
愛人は、それでも王を愛していたし、生活の面倒を見てもらっていることもあって、息子には決して薄暗い内心は伝えなかった。
しかし息子は己の父親に対する憎悪を募らせていた。
下働きとして王宮への勤め口をもらった彼は、王宮内での父と、正妃との子らの関係を観察し、自分と違い、大事に愛されている王太子を見て、一つの決意をした。
そうだ。
王太子壊しちゃおう!
彼は王太子のための厨房で料理人として働くようになった。
十二歳にして、まずはドリンク類を任されることになった。
紅茶やコーヒーも現地で淹れ、果実水は彼が手ずから作る。
なので、やりようにもよるが、薬はいくらでも仕込めた。
王宮内では色んな薬が手に入る。
気分を妙に高揚させる薬なんて序の口で、確実におろせる堕胎薬、意識もうろうとする薬、勿論人を殺せる薬だって好きなだけ。
その中から彼が選んだのはいわゆる媚薬の類で、これは安価に手に入る代わりに一つの欠点があった。
飲み続けると性欲の箍が外れてしまうのである。
それを彼は利用した。
まだ精通もしていない弟に毎日毎日飲ませていって、精通し性欲が開通した暁にはフィーバーしてしまうように体を変えていったのだ。
三つ離れた王太子は、都合四年近くその媚薬を摂取した。
してしまった。
故に、王太子の人格は容易く欲望に敗北した。
愛人の息子の思った通りに。
あとはもう媚薬を与える必要もない。
愛人の息子は淡々と職務を全うするのみ。
けれども彼は二十歳頃には今の仕事を辞めて、貯金もあることだし王都の貴族街にある料理屋で働こうと思っている。
復讐というか、腹癒せはもう十分。
父たる王は悲しみに暮れているらしいが、それだけでもう満足である。
愛を盾に母を愛人にし、娶ることもなく自分を生ませ、その後も欲望のはけ口にしていた男が、溺愛していた息子を失ったのだ。
ざまぁみさらせ。
犠牲にしてしまった女性たちには悪いことしたな、とは思うのだが。
俺もあいつと同じでロクデナシだからそのうちどこかで痛い目見るから勘弁してくれ、などと。
身勝手なことを考えながら、彼は仕事をするのだった。
大体全員どっかしらクズ