ep.5
私はタクちゃんのお父さんに髪の毛を掴まれ、クビにカッターナイフをあてられた。
─動いたら危ないやつだよね─
私はその状態のまま階段を降ろされた。
下に行くと警察官が二人いた。
「落ち着いてください。その女性を離してください。」
警察官は警棒をこちらに向けてそう言った。
─そこは拳銃じゃないんですか?!─
玄関の方でルイが鼻血を流しながらこちらを見ていた。
「タクちゃんは?!」
「タクちゃんは無事だよ!」
私が聞くとルイはそう答えてくれた。
そのまま警察官に連れられて外に出ていってしまった。
「坂上さん、これ以上、罪を重ねるのは得策じゃないと思いますよ。」
若い警察官は声が震えていた。
交番勤務の警察官にはこのシチュエーションは非常事態だろう。
「うるさい!どいつもこいつも邪魔ばっかり!!」
タクちゃんのお父さんはテーブルから鍵を取り、私を引きずって庭から外に出た。
─自分だけサンダルを履いてズルい─
私は引きずられながらぼんやりと自分の脱いだ靴を見た。
車庫に行き、運転席のドアを開けると「乗れ、奥にいけ」と私を助手席に座らせた。
相変わらず喉にはカッターナイフの刃を向けていた。
私は言われる通りに行動した。
車庫のシャッターがゆっくりと開く。
「邪魔するな!この女を殺すぞ!!」
野次馬たちは警察官に下がるように言われた。
タクちゃんのお父さんが運転する車はパトカーにぶつかりながら夜の住宅街へと走り出た。
車は住宅街を抜け、近くの空き地の横に止まった。
パトカーは捜索しているようだったが通り過ぎていってしまった。
タクちゃんのお父さんは後ろに置いてあったカバンから結束バンドを出して私の手首を縛った。
続いて足首も縛られた。
その状態でシートベルトをされた。
私は身動きができなくなった。
「騒ぐならガムテープもあるが…黙ってられるか?」
私はウンウンと頷いた。
車はライトを消したままゆっくりと走り出した。
大きな街道に出るとライトをつけて高速道路へと進んでいった。
私は声も出さずに黙って座っていた。
不思議なことに怖くなかった。
捕まったときは死ぬかと思ってすごく怖かったが、今はなんだか落ち着いてしまった。
─この人は逃げるために私が必要だ─
10分ほど高速を走ったかと思うと車はすぐに高速を降りていった。
どこに行くのだろうか。
市街地を抜けたようで降りた先は街灯も少ない場所だった。
少し走ると工場が建ち並ぶところに来た。
真っ暗な工場で車は止まった。
「車を乗り換える。」
「逃げるなら私は邪魔じゃないですか?きっと二人連れを探しますよね?」
私はそこまで言って気づいてしまった。
─これじゃあ私は用無しじゃないか─
タクちゃんのお父さんは少し考えて私にカッターナイフを向けた。
「捕まったことを考えて殺しはやめておいたほうが…」
私がそう言うと「降りろ」と言って私はトランクの中に入れられた。
「騒いでも誰も来ないとは思うがな。」
そう言ってタクちゃんのお父さんは車を乗り換えたようで車の走り去る音が聞こえた。
────
トランクの中は狭くて暗かった。
─酸素は大丈夫そうだ─
私は意外と冷静だった。
朝になれば誰かが見つけてくれるだろうと思った。
あと数時間我慢すればいい。
─暇だな─
髪の毛を掴まれたからグシャグシャだろう。
泣いたし、汗もかいたから顔もかなりひどいことになっていそうだ。
─キラキラでいるのは本当に大変だな─
数時間たっただろうか。
私は夜更かしするわけにはいかないと寝ることにした。
窮屈で動けないけど、静かで暖かくて眠くなった。
────
ガコンッという音で私は起きた。
目を開けると心配そうな顔の警察官たちがこちらを見ていた。
「永田アオさん発見!救急車呼んで!!」
現場は騒然としていた。
私が目をシバシバさせていると警察官が私の手と足の結束バンドを切ってくれた。
「永田さん、もう大丈夫ですよ!怪我はありませんか?」
「あ、はい、あの、トイレに…」
私はすぐに工場のトイレに連れて行ってもらった。
裸足のままだったが工場のおじさんがどこかからスリッパを持ってきてくれた。
「大丈夫かい?これ、やるから履きなさい。」
「ありがとうございます!」
私はトイレに駆け込み、難を逃れた。
─キラキラが漏らすわけにはいかないのだよ─
安心して出た私は手を洗いながら鏡を見た。
それは想像を超えるひどい有り様だった。
「永田さん、大丈夫ですか?」
女性の警察官がトイレの中に様子を見に来た。
「メイク落とし持ってたりしませんよね?」
「あ、ごめんなさい。ないです。」
私は顔を伏せて外に出た。
救急車が到着していた。
「あの、私は大丈夫なので…家に帰りたいのですが…」
「早く帰りたいわよね、検査だけしてすぐに家に帰りましょうね。」
そうしてひどい顔のまま私は人生初の救急車に乗ったのだった。
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病院につくと両親とルイ一家が待っていた。
「アオ!大丈夫?!」
「えっと、ひどい顔で…見ないで…」
「何かされたの?!」
「いや、何もされてない。」
ルイはクスクス笑いだした。
そして私にメイク落としのシートを渡してくれた。
「ルイ!心の友よ!!」
「何よりも欲しがるかなって。」
「もう!心配してたのに!バカ!」
私たちはそこでたくさん笑った。
安心したのと気が抜けたので涙が流れた。
私はルイが渡してくれたシートでメイクを落とした。
心音だとか血圧だとかを調べられた。
女の刑事さんがずっと付き添ってくれていた。
「あの、タクちゃんとお母さんは?」
「二人とも怪我をしてたみたいですが、元気ですよ。検査結果に問題なければお子さんの方は先に退院できるって聞いてます。」
「そうなんですね、良かったです!」
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私が病院を出る頃にはタクちゃんの姿はもうなかった。
母親がしばらく入院しないといけないらしく、近くに住んでいた母親の姉夫婦が迎えに来たのだという。
ルイ一家も先に帰っていた。
「二人とも仕事を休ませちゃってごめんね。」
「何言ってるんだよ!お父さんは有給休暇がたくさんあるんだ!問題ない!」
「お母さんだってそれなりに偉いのよ!急な休みだって取れるわよ!」
二人はいつもの二人だった。
私たちはそのまま焼肉を食べに行くことにした。
「こういうときは美味しいもの食べましょ!せっかく休みだし!」
お母さんは無駄に明るい。
「よし!奮発しちゃうか!」
お父さんも無駄に明るい。
私は二人に抱きついた。
「二人が私の親でよかった。」
二人は「当たり前でしょ!」と言って頭を撫でてくれた。
そして私はボロボロで工場でもらったスリッパのまま、高級焼肉店に行った。
人生で食べたどの肉よりも美味しかった。
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