ep.4
私は放課後になるとルイとタクちゃんちに行ってチャイムを鳴らしてみた。
お母さんはパートに出ている時間だろうけどタクちゃんは帰っていているはずだ。
『はい』
ドアホン越しに返事が来た。
「タクちゃん?隣の永田だよー!最近みかけないけど元気?!」
タクちゃんは少し間を置いて、『元気だよ』と答えた。
その声はぜんぜん元気に聞こえない。
『何か用?』
「えっと、用事ってほどじゃないんだけどさ、今度お姉さん学校祭で歌を歌うんだ。よかったら見に来ないかなーって。」
私は急に用事と聞かれて慌ててそう言ってしまった。
『どうかな、お母さんに聞いてみるよ』
「あ、うん。今週の土曜日の昼からだから!」
『わかったよ。じゃあね。』
タクちゃんはそう言ってガチャリとドアホンを切った。
「お姉さんの歌、楽しみだな!」
ルイがニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「仕方ないでしょ!他に何も理由がなかったんだから!」
私たちはそれからルイの家に向かった。
ルイの部屋から庭が見える。
「ただいまー!」
「おじゃましまーす。」
「まぁ!アオちゃん!遊びに来るなんていつぶりかしら?!」
「ご無沙汰してます。」
「部屋で学校祭の打ち合わせしてるから。」
「後でおやつ持っていくわね!」
小さい頃はよくお互いの家に遊びに行ったものだ。
中学生になるとなかなかそうもいかなくなった。
「変わらないね。」
「そうか?マンガとか増えたと思うけど。」
「そこドヤ顔で言われても、ちょっと。」
私たちは窓際に座ってタクちゃんちの庭を覗いた。
「人んち覗くのってなんだか悪いことしてるみたいだね。」
「緊急事態だ、問題ない!」
ルイは探偵にでもなったかのように少し楽しんでいた。
タクちゃんちはカーテンがかかっていて中の様子はわからなかった。
「おやつ持ってきたわよ〜」
「ありがとうございます!おばさん昔とぜんぜん変わってませんね?秘訣はなんですか?!」
ルイの母親だけあってすごくかわいらしい女性だった。
肌もつやつやでルイの姉だと言われたらそう見えるかもしれない。
「またまた、おばちゃん褒めてもお菓子くらいしかあげられないわよ!アオちゃんはすっかりお姉さんになったわねぇ。」
「キラキラの女子高生目指してるんで!」
「いいわねぇ〜青春ねぇ〜」
ルイは「おやつありがと」と言って母親を部屋から追い出した。
「心配しなくてもドア開けとくから!」
タクちゃんちに動きはなかった。
「暗くならないと動きもわかんないね。」
タクちゃんの部屋がどこなのかも知らない。
窓という窓のカーテンが昼間なのにかかっている。
「時間かかるならご飯食べていきなさーい!」
下からおばさんが叫んでいた。
「お構いなく!」
と、私は言ったのだがおばさんは私の分のご飯も用意していた。
「お母さんにご飯いらないって連絡しておいてね!」
「アオごめん。言ったらきかない人だから。」
「ではごちそうになります!」
私が母親にそれを伝えると「楽しそうね」とハートマーク付きで返ってきた。
─やってることは楽しくないんだけどね─
カーテン越しに明かりがつくのがわかった。
タクちゃんのお母さんが帰ってきたのだろう。
私たちは途中ですき焼きをごちそうになり、お腹いっぱいになってまた観察を始めた。
「母さん、娘がほしいって言ってたからさ、なんかテンション高いのにつきあわせちゃってごめんな。」
「すんごく美味しいお肉で逆に申し訳なかったよ。」
「もらいものだから。いい時に来たな。」
「ふふふ」
午後7時を過ぎた。
どうでもいい話をしながら私たちは観察を続けていた。
「見ててもカーテンで何も見えないな。」
そう言ってると急に明るくなって部屋の中が見えた。
「え?なんだろ?!」
タクちゃんのお父さんが窓に向かって立っているのが見えた。
カーテンが外れたように見える。
「窓際に倒れてるのってお母さんかな?!」
ルイが外れたカーテンのところを指差した。
「え?え?そうかも??DV?!」
タクちゃんのお父さんが窓際に転がっている人影を蹴っているように見えた。
「タクちゃんじゃないよね?!」
庭に生えている木のせいでよく見えない場所もある。
「どうしよう?!助けに行くべき??」
「覗いてましたって言うつもり?」
私たちはどうしていいかわからず狼狽えていた。
そうしている間にテラスの大きな窓が空いてタクちゃんのお母さんが這い出てきた。
「血だらけじゃない?!」
「ヤバい!お父さんは?」
お父さんの姿がない。
タクちゃんのところに行ったとしたら…
「私、行ってくる!!」
「ボクも行くよ!」
私たちは階段を駆け下りて外に出た。
ルイの家からはグルっと回らないと行けない。
私の心臓は破裂しそうなほどドキドキしていた。
────
「どうしよう、ピンポンおす?!」
「それよりも庭のお母さんを助けよう!!」
私たちは勝手に敷地内にはいり、庭に向かった。
庭には血だらけのタクちゃんのお母さんが倒れていた。
「大丈夫ですか?!」
「タクミが…タクミを…」
「ルイ、おばさんをうちまで連れてってくれない?!」
「え?アオは??」
私は返事もせずにタクちゃんの家の中に入った。
「すぐ戻るから!」
ルイがおばさんを連れて行くのが見えた。
「こんばんは!タクちゃんいますか??」
私は大声で叫んだ。
『ごめんなさい』
2階からタクちゃんの声が聞こえた。
「おじゃましてます!タクちゃんいますか?!」
私は落ちていた元椅子の足を拾った。
それを手にゆっくりと階段を上がった。
「誰だお前は!不法侵入だぞ!」
「隣の永田です。悲鳴が聞こえたので…何があったんですか?」
「隣の永田さんか。ちょっと妻と喧嘩しちゃいましてね。大丈夫ですからお帰りいただけますか?」
「タクちゃんは大丈夫ですか?」
部屋の中から顔を腫らしたタクちゃんが覗いていた。
「タクミは大丈夫てす。勝手に入ってこられると困るんですよね。」
「タクちゃん…」
タクちゃんは声を殺して泣きながらこちらを見ていた。
「さぁ、お帰りください。」
私は裸足のまま家を追い出された。
靴は庭にある。
私は裸足のまま一旦家に帰った。
ルイがちょうどおばさんを家に入れて出てきた。
「救急車よんでもらったよ。タクちゃんは?」
「おじさんに追い出されちゃって…」
「アオ!なんなの?!警察も呼んだわよ?!」
「お母さん、タクちゃんがまだ…」
私は泣きだしてしまった。
「ボクが行ってくるよ。」
ルイはタクちゃんちに向かって走って行った。
「待って、私も!」
「二人とも!警察来るの待ちなさい!!」
私もルイも無我夢中だった。
ルイは玄関でピンポンを押しまくっていた。
私は裏にまわり庭から中の様子を見た。
タクちゃんのお父さんは玄関へ向かって行った。
私はその隙に中に入り、2階に向かった。
タクちゃんは部屋で震えていた。
「タクちゃん、お母さんのところに行こう…」
タクちゃんはゆっくり立ち上がりこちらへと歩いてきた。
しかし恐怖に引き攣った顔で、歩くのを止めてしまった。
「タクちゃん、早く…」
「またお前か…お節介な奴らめ…」
振り向くとそこにはタクちゃんのお父さんがいた。
私はタクちゃんの前に立ちふさがった。
「タクちゃんは少しうちに用事があるので、ちょっと出かけてきます。」
「こんな夜に外に出すわけにはいかないな。それに君、不法侵入だよ?わかってるのか?」
タクちゃんのお父さんはジリジリと近づいてきた。
外からパトカーの音が聞こえた。
一瞬私から目をそらした隙に私はタクちゃんのお父さんに向かって突進した。
私ごとタクちゃんのお父さんは後ろに倒れた。
「タクちゃん!お母さんはうちにいるわ!早く行って!!」
タクちゃんは泣きながら私たちをすり抜けていった。
外から警察の声がした。
救急車も到着したようだった。
私はなんとか逃げようと這い出したがタクちゃんのお父さんに捕まってしまった。
手にはタクちゃんの部屋にあったカッターナイフを持っていた。
「なぜみんな俺の言うことをきかないんだ?!」
────