ep.2
私は同じ過ちをおかさない。
と言うことで早起きをした。
これで遅刻ギリギリにはならないだろう。
私はアイラインを引くというその日1日のコンディションを決める大事な作業に入ろうとしていた。
深呼吸をして慎重に線を引く。
その時、外からガシャンという大きな音が聞こえた。
びっくりして外を見たが何もない。
どうやら隣で何かを割ったようだった。
グラスや茶碗よりも大きな、花瓶のようなものでも割れたのだろう。
─タクちゃん怒られてないといいけど─
私は大事なアイラインに戻った。
アイラインは見事にブレて般若のような線がついていた。
─ちっ やり直しだ─
────
早起きしたのに結局は同じ時間になってしまった。
外にはタクちゃんの取り巻きの女子が今日も朝から家の前にいた。
『先に行ってて!』
家の中から大声で叫ぶタクちゃんの声が聞こえた。
─タクちゃんも寝坊することあるんだな─
外にいた女子たちは「どうする?」「待つ?」「先に行こうか」と簡単には動かない様子だった。
学校に行けば結局は会えるのに、ご苦労さんなことです。
歩いているとルイが後ろから追いかけてきた。
「アオ!おはよ!」
「おはよー。」
ルイも私も自転車登校をしない。
ルイは運動音痴だからと言い、私はふくらはぎが育ちすぎるのを防ぐためだ。
お互い、困難な人生だと思う。
「アオの隣の家からやばい音してなかった?」
「あー、ガシャンってやつね。何割ったらあんな音するんだろうね。」
「たまに夜中騒いでる音が聞こえるんだよね。」
「夜は寝ないと!お肌のコンディションに関わるのに。」
「アオって本当にそういうところストイックだよね?」
「当たり前じゃない。私はキラキラした高校生になりたいの!」
「誕生日にはラメでもプレゼントするよ。」
「キラキラがキラキラキラくらいにはなるかもね。」
私たちはくだらない話をしながら登校した。
そしてすぐに忘れてしまったんだ。
─タクちゃんちの話を─
────
その日はまっすぐファミレスのバイトに向かった。
最近のファミレスはタッチパネルで注文し、ロボットが料理を運び、自動精算して帰ると言う、まったくホールスタッフが必要ないシステムになっている。
私はキッチンで料理の盛り付けの係をしていた。
覚えることは多かったが、慣れてしまえばこちらのものだ。
こんなに楽な仕事はないと、豪語している。
9時まで働いて家につくのは9時半くらいだった。
うちの家の前にパトカーが停まっている。
私は驚いて走って駆け寄った。
お母さんの姿が見えた。
「お母さん!どうしたの?」
お母さんは困った顔をしていた。
「あのね、お隣から大きな物音が聞こえてね…泥棒とか何か事件でもあったかもって…お父さんが通報しちゃって。」
お父さんはお隣さんと警察官たちにペコペコと謝っていた。
「本当にすみません!私の早とちりでした!ごめんなさい!」
「いいえ、うちも誤解させるようなことしちゃって申し訳ありません。」
パトカーはすぐに帰って行った。
お父さんはずっとペコペコしてお隣が家に入るのを見送った。
「何があったの?」
私は家に入り、晩御飯を食べながら二人に聞いた。
「それがね、ガタンバタン!ってすごい音がしてね。」
「すごかったよな?母さん!」
「えぇ、家具でも倒れたような音も聞こえてきてね、びっくりしちゃったわ!」
それで通報したのだという。
「結局なんだったの?」
「タクちゃんとお父さんがプロレスごっこをしててちょっとオーバーヒートしちゃったんだって。タクちゃんが吹っ飛んじゃって、ちょっと怪我してたわ。かわいそうに。」
「男の子の相手も大変だな!アオもやるか?プロレス!」
「私をレスラーにするつもり?」
「青コーナー!ゴンザレスアオ選手の登場です!」
お父さんはノリノリでそう叫ぶと、お母さんに頭を叩かれていた。
「ゴンザレスはないわよ!せめてデスイーターアオとか、ミラクルキラーアオとかどう?」
「却下。」
うたはくだらないことでもこうやって盛り上がってしまう。
─今日も永田家は平和です─
────
翌朝、タクちゃんの取り巻きの女子たちの姿はなかった。
─ガツンと、来るなって言ったんだな─
角まで歩くとルイが私を待っていた。
「おはよ!」
「え、なに?ストーカー?」
「そう!アオのファンだから。」
「ハイハイ。」
「昨日パトカー来てただろ?あれなんだったの?」
─それを聞きたかったのか─
「うちのお父さんが誤報で呼んじゃってさ…ホントダメダメな父親でご近所さんにもご迷惑をおかけします。」
「そうだったんだ、すぐいなくなったし大したことじゃないとは思ったんだけどね。」
「お騒がせいたしました。」
私はルイに『ゴンザレスアオ』の話をした。
「ホント永田家はおもしろいよな。」
「笑っていただけて嬉しゅうございます。」
私たちはそんな日常を気にも止めていなかった。
過ぎ去ってしまえばどうということのない日常を。
学校でキラキラたちが私を見てクスクスしていても気にならない。
いや、気になって鏡は見たけども。
陰口なんて私には通じないのさ。
ルイが普通に私に話しかけてくるせいなのか、他の男子も私に気軽に話しかけてくるようになった。
「永田って他のギャルとはなんか違うよな。」
と言われる。
「何がどう違うの?」
と聞くと、「男ウケしようと思ってないだろ?」と言われた。
盲点だった。
今まで他のキラキラたちと何が違うのか考えても全くわからなかった。
─私は私の好きなキラキラになることしか考えていなかった─
他の普通の女子たちは『男ウケ』することを念頭に置いているようだった。
見た目だけではなく、仕草や喋り方まで完璧にキラキラしている。
私はなぜか敗北感を感じた。
私には足りなかった。
─キラキラの先にあるものに気がついていなかった─
────
私はその日一日、なんだか気持ちが落ち込み、まっすぐ家に帰る気持ちになれなかった。
そんなときはいつも近所の公園に行く。
ブランコに乗りたかったがまだ小学生たちが遊んでいた。
私はベンチに座り空くのを待った。
日が暮れてきて賑やかだった公園はだんだんと静かになってきた。
─やっと空きましたか─
私がブランコに行こうと立ち上がるとジャングルジムのてっぺんに見覚えのある子がいた。
「タクちゃん、帰らないの?」
「お姉ちゃんこそ、子供の遊び場で何してるの。」
「お姉ちゃんも子供だから遊ぶ権利はあるんだよ。」
私はニヤリと笑ってブランコを漕いだ。
「見よ!これが女子高生の脚力!」
「なんだよ、小学生に勝てると思ってるの?」
タクちゃんはジャングルジムから降りて私の隣のブランコを漕ぎだした。
腕と顔にアザがあった。
昨日のプロレスごっこでの名誉の負傷だろう。
あっという間に同じくらいの高さまで漕いだタクちゃんは笑っていた。
「引き分けかな。」
「いやいや、お姉さんの方が高く漕げてますけど!」
「ほんとに負けず嫌いだなぁ!」
タクちゃんは見せたこともないような笑顔で声を出して笑っていた。
私は張り切りすぎて途中で靴が脱げて飛んでいってしまった。
タクちゃんは笑いながら拾いに行ってくれた。
「ドジだなぁ。」
「ありがとう!ちょっとはしゃぎ過ぎちゃった。」
すっかり夕焼け空になっていた。
「そろそろ帰ろうか。」
「そうだね。」
タクちゃんの顔から笑顔が消えたように見えた。
「こんなに遅くまで遊んでお母さんに怒られないの?まさかまた鍵を忘れたの?」
「二度も同じ過ちはおかさないよ。」
そう言って首から下げた鍵を見せてくれた。
「お母さん、今日は残業だっていうから。」
「そっか。でも誘拐とか怖いからあまり遅くならないようにね。ほら、美少年だから。」
「美少年もつらいよなぁ!」
タクちゃんの顔に笑顔が戻った。
私たちはくだらない話をしながら家まで帰った。
「バイバイ、お姉ちゃん。」
「ちゃんと手洗いうがいしなさいよ!」
「わかってるよ!」
タクちゃんはそう言って笑顔で家に入って行った。
私もなんだか元気になっていた。
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しかし、私がタクちゃんと笑顔で話をできたのはそれが最後になった。
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