ep.1
私は人生に疲れていた。
私が小さい頃、高校生という生き物はキラキラと輝く生き物だと思っていた。
毎日が楽しくて1日が24時間では足りないような。
私はそんなキラキラした生き物になりたくて、かわいい子を研究し、マネをして生きてきた。
かわいくなるためならダイエットもがんばったし、夜更かしもしなかった。
かわいい洋服や化粧品を買うために地味なバイトもがんばった。
キラキラでいるために、比較的校則のゆるい学校を選び、無駄に偏差値の高いその学校に合格するために勉強もがんばった。
そう、すべてはキラキラでいるために。
そんな努力も虚しく、私は高校に入るともっとキラキラした人たちからいじめを受けた。
彼女たちは私を仲間と認めてくれなかった。
私のがんばりは『痛い』らしい。
その日も『無視』というキラキラたちからの洗礼を受け、私は意気消沈して家路についた。
隣の家の前を通ると『タクちゃん』が話しかけてきた。
「お姉ちゃん、無理してキラキラする必要ないと思うんよ。」
タクちゃんは確か小学4年生だ。
数年前、家族三人で隣に引越してきた。
タクちゃんは細身でロン毛の男の子だ。
髪の毛も茶色でモデルのような子だった。
「こんにちは、タクちゃん。お姉ちゃん、キラキラすることに命かけてるの。ほっといて。」
私がそう言うとタクちゃんはニコッと笑った。
「まだ余裕あるんだね。でもあんまり無理せんほうがいいよ。」
タクちゃんはそう言うと家の中に入っていった。
─今どきの子はなんていうか、ナマイキね─
私はさほど気にもせず家に帰った。
────
翌朝、私がメイクに手間取って遅刻ギリギリで家を出ると、隣の家の前にランドセルを背負った女子たちが群がっていた。
「タクミくん!学校行こ!」
女子たちはキャッキャと楽しそうだった。
まだ10歳くらいの子供がキラキラしていた。
─天然のキラキラ 強い─
タクちゃんはダルそうに、「迎えに来なくていいって言ってるだろ。」と言っていた。
朝からモテやがって、マセガキが!
私はそれを横目にダッシュで学校に向かった。
タクちゃんは私を見て笑った気がした。
─かわいい顔して笑うんじゃねぇ!─
学校にはギリギリ間に合った。
しかし事件は起きた。
あまりにも猛ダッシュをしたため、メイクが崩れてしまったのである。
私はキラキラたちにクスクス笑われ、「なにあれオバケ?」と陰口を叩かれた。
私は泣く泣くトイレの個室でメイク落としの拭き取りシートでメイクを落とした。
─あんなに時間かけてメイクをしても落とすのは一瞬─
『無理してキラキラすることない』
ふとタクちゃんに言われた言葉を思い出した。
私は頭を振った。
─そんなはずない─
私は無理にでもキラキラしたいんだ─
教室に戻るとまたキラキラたちに『あら、仮面を取るとお地味ですね』と陰口を叩かれた。
私はそんなことくらいじゃ負けない。
ストイックな生活をしてきたから、知らずと精神面も鍛えられている。
─軟な気持ちでキラキラ目指してんじゃねーんだよ!─
そんな私は明らかに女子の中で浮いていた。
クラスで友達と一緒にキラキラする夢を絶たれた私は、負けず嫌いが発動して常に変なオーラが出ているのだと幼馴染のルイが言う。
『五十幡ルイ』男なのにかわいい生き物の彼はクラスの人気者だった。
誰からもかわいがられる特殊な生き物。
「アオはメイクなんかしなくても十分かわいいのに。」
私の能面のような顔を覗きこんでルイはそう言った。
「気休めは無用じゃ。」
ルイはクラスで浮いている私にも話しかけてくれる。
小さい時から変わらない。
優しくてしっかり者のかわいいルイくん。
ルイはクスクス笑って自分の席に戻っていった。
先生にまで「誰だ?おまえ。」と言われ、クラス中の大爆笑をいただき、1日が終わった。
─なんか疲れたな─
笑われることには慣れた。
私で笑えるなんて世界は平和だなって思えばどうということもない。
いつからか睨むのをやめて笑顔で返すようになった。
高確率で「キモい」と言われるがそれにも慣れた。
世間ではそのくらいでも『イジメ』になるらしい。
私は不思議と怖がられているようでそれ以上のイジメをする人は現れなかった。
もし何かされても徹底的に戦うと決めている。
─鋼のメンタルなめんな─
帰り際、テニス部の男子に「そっちのほうがいいよ」と言われた。
『遠藤ワタル』テニスの王子様と呼ばれる彼は文武両道でイケメンだった。
天然のキラキラ男だった。
私は「ども」と言ってさっさと通り過ぎた。
ルイが駆け寄ってきて「王子様を睨んだらダメでしょ」と言った。
「睨んでないし。」
「すっぴんだからかなぁ?気をつけたほうがいいよ。」
ルイはスタスタ歩く私についてくる。
「何か用?」
「帰り道同じなんだから一緒に帰ろうよ!」
「別にいいけど。」
ルイと歩いていると視線を集める。
「ルイはスカウトとかされないの?」
甘いフェイスに高身長とアイドルになれそうなルックスだった。
「されるよー。いっぱい。」
─だよね─
「でもボク、運動音痴だし、歌も下手だし…アオも知ってるでしょ。」
「モデルならできそうだけどね。」
「そっちは…もういいかなって。」
ルイには姉が2人いる。
小さい頃からかわいかったルイをまるでお人形のようにかわいがり、自分たちのワンピースやスカートを履かせてモデルごっこをさせられていた。
私は思い出して笑ってしまった。
「そっか。」
「アオはもっとそうやって笑ったほうがいいよ!」
「え、できるだけ笑うようにしてるけど。」
「あれは…ちょっとサイコパスなオーラが出てるよ…気をつけて。」
─だからキモいと言われるのか─
家の近くまで来てルイと別れた。
ルイの家はちょうど家の裏になる。
家の前にまたタクちゃんがいた。
いつも家の前で何をしてるんだろうか。
「タクちゃん、こんにちは。」
タクちゃんは元気のなさそうな顔でこちらを見た。
「お姉ちゃん、今日は学校で変身を解いたんだね。」
タクちゃんはそう言ってニコッと笑った。
「ウォータープルーフの限界値を超えましてね。タクちゃんは何してんの?」
「鍵を忘れちゃって、お母さんが帰ってくるの待ってるの。」
タクちゃんのお母さんは昼間スーパーで働いていたはずだ。
「うちくる?お母さん帰ってくるまで。」
私は何も考えずにそう言った。
「お姉ちゃん、こんな美少年を家に連れ込んだら警察沙汰になるかもよ。」
タクちゃんはそう言うと「大丈夫、もうすぐ帰ってくるから。」と続けた。
「美少年、誘拐されるんじゃないよ。何かあったらうちにおいでね。」
私はタクちゃんの頭をポンポン叩いて自分の家に帰った。
─確かに『誘拐』とか言われたら怖いな─
親切が仇となる時代。
まったく恐ろしい。
────
私は部屋で数学の問題を睨んでいた。
無駄に偏差値の高い学校なので日々の勉強も気を抜けない。
ため息をつきながら、窓からふと外を見るとまだタクちゃんが外にいるように見えた。
─まさかね─
しかし家の中は真っ暗でまだ照明がついてしていない。
私は気になって外まで見に行こうとした。
玄関を出るとちょうど隣のおばさんが帰ってきた。
「お母さん!」
「タクちゃん、外で何してるの?!」
「ごめんなさい。鍵を持っていくのを忘れちゃって…」
「何してるのよ!お母さん突然残業になるときもあるんだから…しっかりしてちょうだい。」
「ごめんなさい。」
2人はそう言って家の中に入っていった。
時計を見ると6時を過ぎていた。
私が声をかけてから2時間近く外にいたことになる。
─誘拐でもいいから家に呼べばよかったな─
部屋に戻り隣を見ると居間に明かりが灯っていた。
私は安心して勉強に戻った。
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