承認欲求を満たす聖女たち
女神が天地を支配するこの世界で神に選ばれる人間などいない。しかし古い歴史書を紐解くと、この世界のとある国に神に選ばれし女たちがいたという。
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「聖女の園への異動を命じる」
念願であった聖女の園での勤務。家柄も見た目も頭脳も良い俺に相応しい相手は、この国で最も見目麗しいとされる聖女でないと釣り合いが取れない。聖女とお近づきになる一番の近道は聖女の護衛だ。辛い訓練を頑張った甲斐があった。
戦後百年経過して少々平和ボケしたこの国で戦後、聖女たちが集い学び働く組織が創られた。戦前からある古びた教会本部の礼拝堂を入口とした本部よりも立派な建物こそが俺の新たな勤務地、聖女の園である。
「君が俺のペアか。くれぐれも俺の足を引っ張らないようにしてくれよ」
「…」
「おい、無視をするな!」
「…キャンキャンうるさい奴だな」
「なんだと!」
図体だけはデカく気の利かない男だ。こいつと組むのは不服だが、俺の引き立て役としては良いだろう。
俺たちは聖女の中で最も人気の高い七人『神セブン』の護衛を任された。戦時中に現れた初代聖女は飾り気がなく見返りを求めず死ぬまでその力を使い続けたと聞くが、今の聖女たちには給与が支給されているし、若いうちに引退している。
彼女たちの人気は絶大で毎日交代で礼拝堂に立つ彼女らを見ようと多くの人が教会に集う。彼女たちに会う前に神前で祈りを捧げ献金を行い彼女たちと一言二言会話をしてまた神前で祈りを捧げ出ていく。
『金儲け』や『腐っている』なんて言う輩もいるがそれは神に選ばれし彼女たちを妬む奴らの戯言だ。実際には神に祈りを捧げさえすれば献金せずとも良いとされているし、聖女たちも献金の有無で対応を変えたりしない。
一方で自分たちの催し物に彼女たちを来賓として呼ぶことが一種のステータスとなっている貴族たちからは多額の献金を受け取っている。来賓といっても派遣された聖女は催し物の成功を祈ってすぐに帰ってしまうのだが。彼女たちは忙しいので仕方がない。
ひと月経った頃、神セブンと話す機会に恵まれた。彼女たちは朝まだ暗いうちから働いている。夜勤だった俺たちを見つけた聖女が話しかけてきたのだ。
「ご苦労様です。お疲れでしょう」
薄暗い室内で美しい彼女は発光しているのではないかと思うほどに眩い存在だった。
「麗しの聖女様。お声掛けいただき光栄です。聖女様こそ毎朝早くから本当に熱心でいっしゃるのですね」
俺の返答に聖女はフッと笑った。長いまつ毛が影を落とす。
「神のお告げがいつあるか分かりませんもの」
神セブンに選ばれた聖女は神からのお告げが頻繁にあるらしい。そのお告げを必要な人に届けるよう各部署と連携するのも聖女たちの仕事である。
俺はペアの男にも何かお返事をしろと催促するも奴は何も言おうとしない。そうしているうちに彼女は仕事に戻って行った。
「せっかくお話しするチャンスだったのに…おい、聞いているのか」
「…」
「おい、無視をするな!」
「相変わらずキャンキャン煩い奴だな」
「なんだと!」
そんな俺たちの言い合いを、後ろ姿の聖女がフフフ…と笑みを浮かべて聞いているなんて知るよしもなかった。
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【いち、世界は最高神によって創られた。に、国々は最高神の子らによって創られた。さん、神はごく稀に気に入った人間を自分の子にする】
書籍『この世界の成り立ち』より
今日は初々しい研修生の授業に参加している。王宮から来た男性講師によると、神に気に入られた人間は死後、神の子となるとされ各国の王族は神の子の末裔であるという。なるほど真偽は定かではないが王族にとって便利な一文である。
【「一番目の妻との子もしくは一番目の孫が女神だった場合、最高神を超える」と予言を受けた最高神は一番目の妻と子を消そうとした。しかし生まれた子は男神であったため最高神は黙認した。存在や能力を認めてもらえなかった男神は自らが創った国の人間が自らを崇める様子に懐く感動した。その男神こそが我が国を創りし神である】
書籍『我が国の神は何を求めるか』より
「神々は人間の戦争に干渉しません。しかし我が国の神は戦時中に勇者と聖女に力を与えました。これは我が国の王族が特別であるという証なのです」
次の講義の講師として待機していた聖女は朝と同じようにフッと笑い目を伏せた。次は彼女による『初代聖女の教え』という題の講義だった。関係者以外は拝聴することが許されず俺たちも扉の外で待機した。
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半年経った頃、研修生を除く全ての聖女が集まる会議があった。今日も俺たちを含む護衛たちが廊下で待機している。最近俺によく話しかけてくれる聖女曰く「仕事で溜まった心の淀みを浄化する日」だそうだ。聖女が『浄化』を使えるなんて聞いたことがないが。そんなことより彼女は絶対俺に気がある。先ほども部屋に入る際に俺に目配せをしてきた。はい確定。お気に入りの赤い下着を着けてきて良かった。彼女が数年経って引退したら結婚しよう。そうしよう。
会議が始まって三十分経った頃、俺の未来の妻である聖女が扉から顔を出して俺を手招きする。おいおい皆の前で困った子猫ちゃんだぜ。嗚呼、なんて良い日だ。他の護衛たちが羨ましそうに俺を見ている。彼女の元へ行くとペアも連れてくるように言われる。チッ、お荷物野郎も一緒か。
中に入ると楽しそうに話していた聖女たちが一斉にこちらを見る。驚くほど美人揃いだ。自己紹介をと促され自慢の話術でペラペラと話す。次に言葉を発したペアの男は所属と名前だけを言って終わってしまった。なんて無粋な奴だ。
「おい、もっと話せよ」
「…」
「おい、無視をするな」
「…本当にキャンキャン煩いな。お前がくだらないことを長々と話すから俺は短くしたまでだ」
「なんだと!」
「あら、まぁ!まぁ!」
聖女たちの透き通った声が耳に届く。はっとして彼女たちを見ると何やら皆がとても嬉しそうにしている。
「ねぇ素敵でしょう?」
俺の未来の妻(以下略)が彼女たちに問うと皆口々に答える。
「素敵ですわ!」
「良い素材!」
「理想のカップリング!」
「腐腐腐…!(フフフ…!)」
それから彼女たちにの行動は早かった。俺たちをスケッチする者、「力でねじ伏せて…」と物騒な言葉を呟きながらストーリーを作る者たち、そしてストーリー通りにコマ割りした絵を描く者たち。所々で「そのシチュエーション萌えますわ〜」だとか「浄化されますわ〜」といった叫びも聞こえてくる。
しばらく呆気に取られていた俺に未来の妻(以下略)が話しかける。ねぇマイハニー、この状況を説明しておくれ(ガクブル)…。
「許可もなくごめんなさいね。お察しのとおり貴方たちを参考にしたBL本を作成していますの」
「エッ!? ドウイウコト?」
「…」
「あら、そちらの大きな貴方は理解された表情をしていらっしゃいますね」
「…姉が元聖女ですから」
「エッ!? ショウカイシテヨ」
「それはそれは。では何のためにBL本が必要かもご存知ですね。そうです、初代聖女様への捧げ物です。初代聖女様は自分勝手な男を力でねじ伏せる系のシチュがお好みですの。もちろん、貴方たちがそうであるということではありませんよ。貴方たちの会話からインスピレーションが湧いたので参考にさせていただきたいのです。これは未来の世界のためなのです。しばらくお付き合い願いますわ」
「…そこまでは知りませんでしたが未来のためであれば俺は構いません」
「感謝申し上げます。あら、貴方は理解できていないという顔をされていますわね。簡単に言いますと、貴方たちの会話を元に男同士の恋愛本を描きます。これは未来の世界のためですのでご協力願います、と申しておりますのよ。腐腐ッ」
理解したくないが俺が望んだ展開と違うということだけは分かった。俺は灰になった。嗚呼、なんて日だ…。
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それからしばらく経ったある日、例の聖女が倒れてしまわれた。俺たち護衛は一人ずつ交代で彼女が静養している部屋の前で待機することになった。二日目の夕方、神セブンの他のメンバー二人が彼女の部屋にお見舞いに来た。他の方々はまだお仕事中なのだろう。たまたま待機していた俺は部屋に招ばれた。まだ青白い顔をしつつ元気そうな様子の彼女を見てホッとする。彼女は苦笑いをして俺に「先日はごめんなさいね」と謝った。
「いえ、驚きはしましたが…聖女様方には私たちに理解できない重責があるのでしょう。決して口外しませんのでご安心ください。それよりも貴方様の体調が心配です」
もちろん自分の勘違いに物凄くショックを受けたが、彼女たちは本当に毎日忙しく一生懸命仕事をしている。つまり俺が魅力的すぎるが故に俺(というか俺を参考にしたキャラクター?)が力でねじ伏せられ…いやサッパリ理解できないが、未来の世界のために必要だと彼女が言うのなら間違いないのだろう。
「あら…ありがとう」
意外そうな顔をして微笑んだ彼女の顔は少し血色が戻ったように見えた。
「ただの睡眠不足なの。私の体調の管理不足よ」
彼女の言葉に他の聖女が怒ったように言う。
「この人数で分散されるとはいえ四六時中いつお告げがあるか分からない状況でグッスリ寝られる人なんていないわ」
「そうよ、貴女は悪くない。お告げのバリエーションが無くなってきたのか朝も暗いうちから『今週のラッキーカラー』なんて告げられた日には本当にイラ…いえ、心が淀んでしまいますわ」
一年ほど前から朝刊に掲載されているラッキーカラー、人気聖女のコメントが一言添えてあって俺もチェックしている。ちなみに俺の今週のラッキーカラーは赤だ。まさかそのラッキーカラーを含むお告げが聖女たちを苦しめていたなんて。
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【聖女はただの人間である。限界がある。分からぬなら、ねじ伏せてみせましょう。圧倒的な力で】
教会所有『初代聖女の日記』より
あれから俺たちペアは聖女たちの信頼を得たのか今まで傍聴できなかった現役聖女による『初代聖女の教え』という講義を教室内で待機できるようになった。必然と講義の内容が耳に入る。
初々しかった研修生たちも、この頃には何か先を見据えたような凛とした空気を纏うようになっていた。
「神々は人間の戦争に干渉しません。しかし我が国の神は戦時中に勇者と聖女に力を与えました」
王宮の男性講師と同じ内容だ。
「しかしこれは我が国の王族が特別であるという証拠…ではありません。神が勇者と聖女を介して力を見せつけ自らの価値を認めさせる…つまり承認欲求を満たすためです。神は人間から崇められたい、自らの力を他の神々にも認めさせたい、そのために人間の戦争に介入し人々からの祈りの強さで力を高めました。私たち聖女はその成れの果て、神のお告げを流布し神の価値を高め神の承認欲求を満たす、それが私たち聖女という存在なのです」
研修生たちは真剣な様子で講義を聞いている。そんな彼女たちに向けて講師である聖女は一段と厳しい表情で続けた。
「しかし私たちはただの人間です。神は人間の限界など知らない。初代聖女はたった一人に多くの力を注がれその身を使い果たし天に召されました。英雄は神の力の多くを武器に注がれていたため視力を失うも平穏に余生を過ごしたと言われています。私たちは初代聖女のようになってはいけません。
いつか神の承認欲求が十分に満たされた時、もしくは神に何かしらの変化があった時、私たちの組織は解体されるでしょう。その時を早く迎えられるよう、未来の聖女が苦しまないよう、お告げを流布し人々からの祈りを神に与え続けましょう」
そして聖女は引退できればお告げから解放されること、個人差はあるが研修を終えてから三年以内には引退できることを説明していた。
…なんて自分勝手な神なのだろうか。いやそもそも神に対して人間に配慮しろという方が無理なのか。煌びやかな聖女たちの思わぬ枷を知ってしまった。
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今年の捧げ物は質が良くて大変よき。自分勝手な男が力でねじ伏せられる様が本当に滾る…。ああ、やはり萌えが最も効率的に私の力となる。
ここまで長かった。戦争が始まり初代聖女として酷使され命を落とした。魂は平穏を望んだのに気まぐれに掬い取られて不安定な存在になってしまって…。
圧倒的な崇拝を力にして他の神々からも一目置かれ味を占めた男神はまた戦争を起こそうとしたけれど必死に止めたわ。人間の戦争に介入しないという神々暗黙のルールを何度も破れば他の神々の怒りを買ってしまう、と。
もう他の神々など怖くないという神に、何度も秩序を乱せば最高神に消されるのではと脅し聖女たちの組織を発案した。もちろん聖女たちの生活が改善されるよう金儲けの方法も神を介して教会の人間に伝えたわ。まだこの国で金を握っているのは男。人間が好む容姿の女性を介して神の力を見せつけ祈りを捧げてもらうようにした。もちろん祈りの力の何割かを私に寄越せとも言ったわ。発案料よ、当然よね。
祈りの力と後輩たちからの捧げ物のおかげで私の存在が徐々に安定し神に近いモノになっていった。人間のことをよく理解し自分に利益を与える私を男神は利用して承認欲求を満たしているようだけれど、私も貴方を踏み台にしてあげる。
最近、私が他国の神に興味を持っているように振る舞っていたら、男神は他の神々に私を取られないよう私の意見も聞かずに自分の子にすると言い出した。
相変わらず自分勝手なこと。ええ、でも赦してあげる。私を貴方の子神にしてちょうだい。
そうして私は最高神の一番目の孫になるの。ねじ伏せてみせましょう。貴方も最高神も他の神々も、圧倒的な力で。
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女神が天地を支配するこの世界で神に選ばれる人間などいない。しかし古い書物を紐解くと、この世界のとある国に神に選ばれし女たちがいたという。
選ばれし女たちが集う『聖女の園』で護衛として勤務し、後に引退した聖女と結婚した男の個人的な手記がある。彼はこう記している。
『金儲け、腐っている、これらの言葉は的を射ていた。前者は多くの聖女たちの待遇を良くするため、後者は初代聖女の捧げ物として。全ては未来の世のため。捧げ物に協力した俺も未来の世のためになったということか。本の内容は見ていない。生涯、見たくない。それはさておき、昔の妻のように自分勝手な神により慢性的な睡眠不足で倒れる人がいない世になることを祈る』