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第一話

1900年9月3日


今私の目の前には美味しそうな晩ごはんが並び、いい匂いが部屋を満たし、私のお腹の音を鳴らせた。


でもいつも通り食べる気にはなれなかった。


「今日学校でちゃんと寝ずに勉強したか」


「はい」


「俺が読めと言った本は読んだか」


「はい」


「エイちゃん、私の宿題のピアノもちゃんとやった?」


「はい」


「今日帰り遅かったけど友達と遊んでないでしょうね」


「はい」


「はい」


「はい」


「はいはいはいはい…」


脳が回らなくて、いつも通り同じ言葉を連呼することしかできなかった。


そんな両親のとても重い歪んだ愛情が私のお腹をいっぱいにした。


私の両親は異常だ。


両親は政治家で、このイポクレアというドイツの西側にある街の中では有名で愛されている。二人は政治家だから人間関係の世界をよく知っているのだろう。


小さい頃から私に喋る人は慎重に選ぶようにといい、金持ちで地位が高い家の子供とばかり話させ、私が普通の子と話そうとすると力ずくで引き離した。


もちろん汚れるからと言って二人が選んだ高貴で清潔な男子以外の男子とは話させて貰えなかった。


そして社会を渡るためと言って3歳から毎日読みたくもない本の一冊読むように言われ、ピアノ、ダンス、裁縫、料理を毎日勉強しろといった。


政治家でお金は持っているので周りには常に使用人をつかせ、学校も、稽古に行く際中もトイレとお風呂と寝る前以外は周りにつき、私を監視した。


何かあればその使用人は両親に言いつけ、両親は私にバツを与えた。


前、頭が痛くてピアノの稽古を休んだときがあった。


もちろんその時も使用人の人はこのことを両親に言いつけ、私は頭が痛くて悪寒もしたのに一晩冷たくてホコリ臭い物置に閉じ込められた。


「ごちそうさまでした」


「ああ、そうだ」


父が寝る準備をしようと席を立った私を呼び止めた。私はすぐに座り直した。


「明日は12歳の誕生日だな、誕生日だから特別に稽古は全部休みだ。学校が終わったらみんなでレストランへ行こう」


「そういえば忘れてた。あなた手紙が届いていたわよ」


母はそう言って手紙を父に手渡した。父はその手紙を受け取って中身に目を通した。


「悪いエイバ、あした急に二人で人と会う用事ができてしまった。そうだな……少し帰りが遅くなるからな、学校が終わったら時間まで図書館で待ってなさい。5時位になったら家に帰っておいで。あとプレゼントを考えておけよ。」


「分かった」


そう言って父は立ち上がって手紙を金庫にしまいに行った。


父は政治家だからなのかとても用心深い。何かあったときのために毎回もらった手紙は金庫に入れて大切に保管している。


父からは「手紙は相手とのつながりだ。大人になったとき、もらったら必ず大切にしろよ」と口辛く何回も言われている。


「じゃあ、私はもう寝るね。おやすみ。お母さん」


そう言って私は再び立ち上がった。


「おやすみ、エイバ」











「エイバさん学校お疲れ様です」


たして面白みもない学校が終わると誰よりも早く教室を出て校門の前にいる使用人のもとへと向かった。


「時間まで図書館にいましょうか、読む本はしっかりとお父様から伝言を預かっていますよ」


「はい…」


そうして私は生まれてからずっと重い心を気だるい足で支えながら図書館へと向かった。


スッキリと晴れた空といきいきと働いている街の人が目に入った。


このイポクレシア市は蒸気機関の技術が発達しており、その技術を応用し、他から仕入れた糸を使い布を大量生産し他の町へ売ったり、蒸気機関の部品などを作る産業が盛んだ。


そのためこの市は比較的豊かだったが、最近市の人口が増え、少し財政が怪しくなってきている。しかし、今は産業の調子がよくそれほど問題となっていない。


その後私は図書館に向かい、そこで1時間ほど本を読んだあと、数冊本を借り図書館を出た。




さっきが嘘のように空は灰色になり、湿度が高くなっている気がした。


使用人の人と一緒に家へ向かった。


数分歩いたその時だった。


――誰でもいいから助けて!


そんな声が小さかったが確かに聞こえる。その声は聞いただけでめまいするような聞き馴染みのある声だった。


使用人の人は少し焦った表情で「まさか…少しここで待っていてください」と言って急いでその声の聞こえた方向へ行った。


私はそう言われ、空を眺めていた。空に蒸気機関車の煙のような黒い雲がかかり、冷たい風が吹いた。


暗くて周りの人たちはうんざりとしていたが、私は空だけが私の気持ちをわかってくれているようで少し救われた気持ちになった。


そうして少し気持ちが軽くなりながら使用人を待っていたが、一向に帰って来なかった。


雨がポツポツと降ってきた。


このままじゃらちが明かないと思い、通り声の聞こえる裏路地へ向かった。


一歩一歩進むたびに雨は強くなり体温と混じり合った生暖かい水が体を伝う。


少し歩くと床に何か落ちているのを見つけた。


「はっ…」


一瞬息が詰まる。


そこには心臓から血を流している三人が仰向けできれいに並べてあった。


流れている血は雨に流されツタのように三人の地面の周りに広がっている。


すると


「ご家族で来てくださったんですね。とても嬉しいです」


そんな低い男の声が聞こえたあと私はすぐに背中を蹴られた。


「うっ」


この衝動で私は三人のところに倒れた。


その時全員目をつぶって顔は白かったが三人の顔がよく見えた。


確実にそれは両親と使用人だった。


「これでついに私の願いが叶うのですね」


振り返ってみると血のついた刃物を持った若い男の人がいた。


それを見た瞬間血の気が引き、無意識に手が震える。


逃げなきゃ。


本能的そう思いすぐに立ち上がって一目散に逃げ出す。


とにかくここから離れたい思いから裏路地の奥へ奥へと全力で逃げた。


それでも後ろに迫って来る足音は聞こえ続ける。


「はぁはぁ」


だんだんと息があがっていき、頭もフラフラしている。


「あと少しで大通りだ」


そう思って最後の力を振り絞ろうとした。


だがその瞬間だった。


「あっ」


背中を強く押された気がした。私はそれによって体勢を崩し地面に倒れてしまった。


すぐに後ろを見ると口角が上がりきっている男がいた。


「間違いないお前はあの二人の子供だな」


足がくすんで動かなかった。


――終わった


そう思ったときには刃物が高々と上げられていた。


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