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脳内映画館

 色々な音が聞こえる。

 例えば街中、例えば職場、例えば電車の中。音が響かない場所は現在人類の行けている範囲では、真空の宇宙のみだ。


 今日もそんな一日が始まるのだ。

 電車に揺られながら通勤をする。電車の中は混雑しており、自分は吊革につかまりながら、揺れに少し、体を預けている。

 線路の隙間から響く、ゴトンゴトンという音が心地よい。


 目を閉じる。


 聞こえるのは、男の声。


「お前に、俺が撃てるのか?」


 電車の中で、男が二人、銃を向けあっている。

 互いの距離は一〇mほど。持っている銃はハンドガンだが、一人の男は両手で、もう一人は片手で銃を構えていた。

 その男二人以外に、電車の中に客はいない。

 電車の窓は割れていて、対峙している男の髪が、走る電車が巻き起こす風に揺れる。


「急所は外すさ。そうじゃねぇと、報酬は入らねぇ。あんたは生け捕りにするようにって、上から言われてるんでな」


 両手で銃を構える男が言うと、片手で構えていた男が鼻で笑った。


「お前にそれが出来るか? 今まで一度も俺に勝ったことのない上に、あんな奴の言いなりの犬であるお前に、俺は殺せない」


 そういった瞬間、片手で銃を一発撃った。スローモーションのまま、弾丸が両手で持っている男に向かっていく。


「ご乗車ありがとうございます。この電車は各駅停車……」


 その車内アナウンスで、ふっと現実に戻された。


 目を開けると、先程目を閉じる前と同じく、自分は吊革につかまり、混雑した車内の中にいる。


 そう、これは自分の癖だ。

 音を聞くと、脳の中で物語が形成される。


 その物語は様々な形態を取る。

 この線路の間に響く音も、今のようなアクション映画のようでもあれば、ロードムービーのようだったりもする。


 これは自分なりの暇つぶしだ。

 映画を見ることが好きだったから、こうして映画のような一シーンを作って遊ぶ。そんな妄想の生み出す産物を、自分は楽しんでいる。


 しかし、さっきのシーンはあのあとどうなったのだろうと言われると、それが思い浮かぶほど自分は器用ではない。

 物語のシーンを作り出すことは出来ても、それを物語として構成する能力は別に必要だからだ。


 自分にはその構成力がなかった。だから小説家にも漫画家にも映画監督にもなれず、こうして人が行き交う中をオフィスに向かって歩くサラリーマンとして生きている。


 歩いていると、今度は車道を走る車の音が聞こえた。

 信号で車が止まった瞬間、また、一つのシーンが出来た。


 レーサーの心臓の音が聞こえる。それにシンクロするように鳴り響く、無数の車、いや、GTカーのエンジン音。

 ドライバーはハンドルをギュッと握る。

 そして信号が青になった瞬間、一斉にGTカーがスタートした。

 ドライバーの目に緊張の色はない。


 そこまで浮かんで、またその風景は消えた。

 聞こえてきたのはゴミ収集車の鳴らす間の抜けた音声。その音で現実にまた戻される。


 どうも外は音によってシーンを提供してくれる代わりに、現実に引き戻す時間をすぐに与えてしまう印象がある。


 無論、年がら年中妄想している自分だが、流石に現実に帰るときは帰る。

 注意をしなければならない時然り、会社で仕事をしている時然り。


 現実がハッキリしているから、より妄想は冴えわたるのだ。そうして一人の時間を過ごすのは、あくまでもプライベートの中。そう自分では割り切っている。

 だが、それが出来ない日が会社に務めていても年に数日だけある。


「今日は防火設備の点検があるが、みんな仕事には集中するように」


 朝礼で課長が言った。

 そう、この防火設備点検の日だけは、自分の脳内映画館は会社内でも起動するのだ。


 点検のために天井が開いた瞬間に鳴り響く、重苦しくも早く開く音。

 それが響いたまさにその瞬間、脳内の映画館はいつも同じシーンを映す。


 肩や腰にミサイルユニットを付けた巨大なロボットが、戦場でそのハッチを開ける。その音がまさに点検のために開く天井の音に似ているのだ。

 そのハッチが開いた直後一斉にミサイル群を敵陣に向かわせるという、実に男のロマンとも言えるシーンが流れるのだ。

 それを見られる瞬間を楽しみにしながら、会議へと向かった。


 しかし、会議はかなり白熱した。内容は会社の掲げている大型プロジェクトに対して採算の見込みがあるのかということから、予算編成、果てはその時に扱う人材や規模まで幅広く行われた。

 会議を終え、会議室を出たら、すっかり外は夕暮れになっていた。どれだけ長い時間やっていたのだと、自分でも呆れながら思った。


 そして部署へ戻ったあと聞いてみると、会議中に設備点検も終わってしまっていた。

 脳内映画館の上映は当面見送りとなったことに、自分はひどくがっかりした。

 ガッカリしながら資料をまとめて、終わったら帰路につく。


 既に空には月が大きく出ていた。

 人のざわめきが聞こえる。


 その声をもとに、また脳内の映画の一シーンが浮かんだ。

 出てきたのは、今日電車で見ていた脳内映画に出てきた男のうち、両手で銃を構えていた男だった。

 男の横には女性が一人おり、女性は呆れるように、男を見ていた。


「で、依頼の方は?」


 女性が聞く。


「上手くいったなら、おめぇを呼んだりしねぇよ。生け捕りはパァだ」


 男がため息交じりに答えた。

 それに対して女性は苦笑する。


「でもま、そうやってミスることもあるわよ。あんたのそういうところが、私はきらいじゃないんだから、ずっとこうしてあんたの経理してやってるでしょ?」

「そう言ってくれりゃ、こっちも気が晴れる。夢でなけりゃいいんだけどな」


 そう男が言った直後、男が、自分を見つめた。

 思わず、立ち止まった。


『そう思うだろ、あんたも』


 そう男が言った瞬間、男女ともに目の前から姿を消した。


 外は相変わらずの帰りの電車に乗る人でごった返している。


 夢なのか、それとも現実なのか、よくわからなくなってきた。


 だが、こういう脳内での映画はもう少し見ていよう。

 そうすれば、創作意欲も湧くかもしれない。

 そう思いながら、地下鉄の駅へと歩いていった。


(了)

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