6話 捜査
「やれやれ、あれから恋も捜査も全然進展しないね」
耳につけたイヤホンから陽介の暢気な声が聞こえて来る。
「お前の恋愛の進捗なんて知らん」
透は人気のない薄暗い雑木林を歩いていた。ポケットに手を入れ、周囲に注意を向けながら巡回をする。
「何を言ってるんだい。透の進捗さ」
「お前の方こそ何を言ってるんだ」
「ほら、この前の演習の授業で滝崎さんと話してたじゃないか。僕は透にもガールフレンドができたと喜んでいたのに」
現在は土曜日。授業中に滝崎と会話してから3日経過している。
あれからは特に接することもなく、変わらない日常が過ぎていった。
「余計なお世話だ。それに会話をしていたのは陽介だろ。俺は座っていただけだ」
『またまたぁ〜』などとイヤホン越しに宣っているが、無視して3日前の授業後を思い出す。
「おう、遅れてすまんな」
待ち合わせ場所の喫茶店。店員にアイスコーヒーを注文しながら席に着く男。
「こんにちは。橘花さん」
「こんにちは。なんだか最近暖かいですね」
透と陽介は喫茶店にて刑事の橘花と落ち合っていた。先日の猫を発見した際に駆けつけた警察の一人である。
橘花は陽介に言葉を返しながら、上着を椅子にかけ、ネクタイを緩めた。
「さて、俺もすぐ戻らなければならん。遅れてきてなんだが、さっそく本題に入らせてもらうぞ」
どうやら仕事を途中で抜け出してきたらしい。忙しそうにいいながら、椅子にかかっている上着の内ポケットから何枚か写真を取り出すと陽介と透に渡した。
「これまでの被害に遭った猫の写真だ。他人に見られると色々と不味いから机には広げないでくれ」
それだけ言うと再び上着のポケットを漁り出し、煙草を取り出して『ああ、ここ禁煙だったな』といってそのままポケットにしまった。
「どれも綺麗ですね」
写真を一通り見終えた陽介がそう溢した。どの写真でも、猫の身体には刃物での切り傷などの大きな外傷は見られなかった。
「そうなんだ。そして入念に猫を調べた結果、どの猫にも注射痕があった」
店員がアイスコーヒーを持ってきて机に置いた。橘花は砂糖やミルクを入れるでもなく、いきなり一口飲んだ。ガリガリと氷を噛む音が聞こえる。
「毒殺、ということですか」
「わからん。詳しく調べているんだが、それらしい毒物は検出されていない」
「こう見ると、小さい猫ほど苦しんで死んだように見えますね」
写真に目を落としながら透が言う。
「その通りだ。猫の体の大きさと、注射されたものには関係があると警察も見ている」
「未知の毒物の可能性がありますね。犯人が調合したのだとすると、それをできそうな人物を絞り込めそうだ」
陽介が写真を返しながら言った。透もそれに倣って写真を返却する。
「相手は危険なヤツだ。それに最近は模倣犯のようなものまで出てきている。高校生はここで引いとけ、と言いたいところなんだが」
苦々しい表情をしながら続ける。
「ま、気をつけてくれ。お前らにはかなり世話になってるからな。今更引っ込んでろとは言えん。ただ何かあった時、親御さんに合わせる顔がない。くれぐれも、無茶はするなよ」
「大丈夫です。こう見えて、マスター級ですから」
けっ、と鼻で笑うと橘花は残りのコーヒーを一気に飲み干すと氷を噛みながら模倣犯は席を立つ。そして机に一万円札を置くと店の出口へと足を向けた。
「そんな、悪いですよ」
明らかにに余分に置かれたコーヒー代を慌てて返そうとする陽介と透。
「奢りだ。好きなもん食え」
そう言って橘花は返事をさせずに退店した。
「人の家のペットに手を出してから警察もより警戒を強めてる。犯人もしばらくはおとなしくするんじゃないか」
「その可能性もあるね。今日はお互い今いるエリアを最後に切り上げようか」
雑木林でも異変はなく、透は裏路地にいた。人通りのある道の脇、そこからさらに奥には裏路地があり、ネズミが闊歩するような場所となっていた。
時々若者が溜まり場にしているのか、肌子の吸い殻やカンなどが転がっているが、わざわざこのような辛気臭いところに集まる者自体少数であるためゴミは少なめである。
透は無表情でその裏路地を歩き回り、時々飛び出してくるネズミに目をやりやながら淡々と歩いてゆく。
イヤホンで陽介と会話をしながら巡回すること10分、今日もそろそろ引き上げるかと思っていると、裏路地を吹き抜ける風の音に混じって微かな異音がした、ような気がした。
「陽介。何かある気がする」
雑談をピタリと止め、真剣なトーンになる2人。透は音の聞こえた気がした方へ足を進めた。