4話 素知らぬ顔で
翌日。
普段通り陽介と登校し、教室の席につく透。昨日の出来事はなかなかショッキングなものであるはずだが、様子はいたって普段通りである。
「はい。皆さん、席についていますね」
担任の齋藤が始業のチャイムと共に教室に入ってくると、いつも通り連絡事項を伝え、教室を出て行った。
その連絡事項の中には猫の変死事件の話も含まれていたが、透と陽介が顔色を変化させることは全くなかった。
「うーし、んじゃあ始めるぞー。」
どこか間の抜けたような調子でジャージ姿の中年が号令をかける。
「今日もマナを練る練習だ。各自十分なスペースを確保して取り掛かること。何か質問があれば俺が巡回してるから、聞くように」
時刻は正午過ぎ。5限目の授業は演習。担当教諭の渡辺はこれまたいつも通りの指示を出すと筋肉のついた腕を組みながらゆっくりと巡回を始める。
「やれやれ、また退屈な時間の始まりだ」
生徒が散らばって各々のやり方でマナを練り始める。
この演習の授業は入学から今までずっとこの調子で、「マナを感じてコントロールする」という作業を50分延々と繰り返していた。
人間の体内で生成され、循環しているとされるマナ。適性者と呼ばれる人間は、そのマナを意図的にコントロールし超常的な能力を引き出すことができる。
しかし、十分な訓練を経ていないと暴発してしまったり、最悪命に関わる事故が起きてしまうため、このように高校教育のカリキュラムのなかに組み込まれている。
しかし、この「マナを感じてコントロールする」という、いわゆる「マナを練る」という作業は、身体に流れるマナに注意を向け、循環していることを意識し、そのスピードを遅くしたり、または静かな状態にするといったものである。
つまり、特にマナを放出して破壊光線を出したり、超パワーで岩を殴り割ったりといったことは一切なく、ただ地味に何もせず集中するといった退屈な作業である。
加えて、透たちが通うこの高校には、学業とマナの扱いの総合得点が高い者が入学できるところなだけあって、退屈そうにしている生徒は多かった。
「ま、マナを練れていれば自由時間というのは嬉しいけどね、毎回こうだと飽きてくるよ」
マナを練るという工程は、意識せずとも常にできていることが望ましく、それが出来ている場合には私語などは注意されない。
「神道、マナが練れていないぞ。もっと集中するように」
「は、はい! すいません」
教師もしっかりと見ているらしく、手こずっている生徒には声をかけている。
「自由時間でも図書館とかに勝手に行けるわけでもないから、退屈だ」
「ほんと、透は本が好きだねえ」
担当教師の渡辺は、神道という女子生徒を注意したその足で談笑する透たちのすぐ後ろを通った。
2人は特に気にすることなく話を続ける。
渡辺は2人の様子を一瞥し、何事もなかったかのように通り過ぎた。
「1番暇なのは先生かもしれんな。俺たちみたいに雑談するわけにはいかないし、ずっと巡回ってのも退屈そうだ」
「それは確かに。ほら、冷泉さんとか特質使って遊んでるし」
陽介の視線の先を見ると、人の目を引くような美しい銀色の髪を長く伸ばした少女が、足元の枯れ葉を手に取っては粉々に割っている。
彼女は陽介たちが自分を見ていることに気がつくと、人差し指を口元に持ってきて悪戯っぽく笑った。
「見た目はクールビューティだけど、意外とああやって構ってくれるよね」
爽やかな笑顔を返しながら言う陽介。一方の透は軽く会釈するだけで早々に目を逸らしてしまっている。
「良い特質だな」
早く退屈な時間が終わるようにと思いながら、透は呟いた。