晩餐会の後
「ちゃんと向き合うまでにこんなことになっていたなんて私たちは親失格だな。」
アズナヴール公爵は溜息とともに夫人に語りはじめた。
「常軌を逸したあの子の美貌を持て余して遠ざけたのは1年程前になるか。」
「そうね。2才にして怖いほどの美しさ。
お腹を痛めた娘に嫉妬しそうになる自分に頭がおかしくなりそうで遠ざけてしまった。」
「男さえ近づけなければ、とりあえず安全かと思っていたが…
無関心が最大の罪だったなんて後悔してもしきれない。
まだ3才だぞ。あんな酷く辛い思いをさせた私を気遣うなんて!」
「ああ、自分の娘なのに私ったら!どうかしてたわね私たち。」
ひとしきり2人で嘆いた後、
「クロエ、お前には普通の生活を約束していたがどうやら守れそうにない。
済まない。頼めるか?」
「お任せください、旦那さま。」
普通のメイドには不釣り合いな鋭い目つきを標準装備の無表情にのせて応える。
この大人びた少女は推定10才になる。
2年ほど前に公爵領の領都で最大の犯罪組織が騎士団により壊滅し、そこで見つかった暗殺術など裏の技術を叩きこまれていた孤児のひとりだった。
まだ犯罪を犯す前であったため公爵が引き取り、メイドとして新たな身分を与えたのだった。
籠の鳥にしているだけでは安全を守りきれないことを思い知った公爵は密かにシャルロットの護衛をすることを命じたのだ。
当然、女性騎士も付けるつもりであるが身近に控えて目に見えない脅威にも対処出来る存在が必要になる。
「定期的な報告はセバスチャンへ。緊急であれば直接私のもとに来てくれて構わない。娘をよろしく頼む。」
「この命に代えてもお護りします。」
身分差と職責に阻まれて事態を静観するしかなかった罪悪感によって揺るぎない決意をしたクロエ。
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次の日から自室とダイニングしかなかった生活が一変した。
邸内の何処にでも行ける。
朝は家族3人で食事をとりエントランスで父の見送り、それから母の執務室で図書室から選んだ絵本を読み、昼はダイニングで母と食事、午後は庭園の四阿で一緒にお茶、父の帰宅をエントランスで出迎えダイニングで食事、おやすみのキスを両親にして就寝。
側には常にメイドのクロエが付き従っている。
(罪悪感は最高の束縛だな)
天蓋付きベッドの中で天使の微笑みの心中がこんなことになっているなんて誰も思わないだろう。
それでも本物の幸せに包まれた美しい幼女を誰が責められようか。