閑話 メガネっ娘は正義
男爵家令嬢のデルフィーヌ・オランドには悩みがあった。
年上の文官である婚約者の態度が最近冷たく感じるのだ。
とくにモテるタイプでもなく常に仕事で忙しい彼に浮気の心配はない。
デルフィーヌの卒業と同時に結婚することが決まっていて、それに文句もないようだ。
夜会などのエスコートもキチンとこなし、定期的にカフェでお茶したり観劇したりのデートも欠かさない。
しかし、どれも義務的なもの、仕事の一環でこなしている風があって、恋する乙女としては物足りない。全然物足りない。
だが、デルフィーヌはハッキリクッキリしたキツめの美人顔のわりに控え目の性格のため、どう思っているのか聞けずにいる。
勇気を出して聞いた結果がもしも「義務感」だったら立ち直れない。恐ろしすぎる。
なのでエキスパートに相談することにした。
「マリエル、こちらが相談者のデルフィーヌさんでいいのかしら?」
シャルロットは案内された放課後の教室で待っていたデルフィーヌを前に戸惑っていた。
睨まれてる。ものすっごく睨まれてる。
「はい。こちらが今回の迷える子羊のデルフィーヌさんです。」
「えっと…まず話を聞くわね。」
デルフィーヌは悩みを切々と訴えた。
「なるほどね、分かったわ。貴女、たぶんその方に誤解されてる。
ただ、言葉だけでは分かってもらえないかもね。
ちょっと策を考えますから協力してちょうだい。
マリエル、貴女いつもノートとペンを持ち歩いていたわよね?
それを貸してちょうだい。」
愛の女神言行録を書き留めるためのノートとペンを恭しく差し出す。
シャルロットはそれに何かを描いてマリエルに渡し、何事かを指示する。
マリエルはそれを持って教室の後ろ、デルフィーヌと5メートルほど距離をとって立つ。
「デルフィーヌさん、まず左目を瞑って。」
「マリエル、こちらに向かって掲げてちょうだい。」
ノートに大きく書かれていたのはアルファベットのCのような図形。
「デルフィーヌさん、何が見えるか教えて。」
「…丸い?図形です。」
「マリエル、少しずつこちらに向かって歩いてきてちょうだい。
デルフィーヌさんは図形を見ながら変化があったら言ってね。」
マリエルはノートを掲げながらゆっくりと歩いてくる。
「………あ、切れてますね。丸の右側が。」
「マリエル、止まって。」
(ふむ1メートル…0.02ってところかしら。)
「ではマリエルは元の位置について2枚目を。」
「デルフィーヌさん、今度は右目を瞑って。はい、スタート。」
「………上が切れてます。」
「マリエル、止まって。」
(こっちも1メートルか。両方0.02なんてよく普通に生活出来てるわね。)
「分かったわ。2人ともご協力ありがとう。今日はこれでいいとして。
1週間後、またここで会いましょう。
その時には解決策を示せると思うの。
では、ごきげんよう。」
デルフィーヌは何が何だか分からなかったが1週間後には何かが変わるという学園の女神のお言葉を信じてみることにした。
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1週間後の放課後、あの教室に3人が集まった。
「ではデルフィーヌさん、これをかけてみてちょうだい。」
デルフィーヌが女神から下賜されたのは銀縁メガネ。
この時代のメガネはフレームがゴツい真鍮製で野暮ったい紐で耳にかけるようなシロモノだった。
シャルロットはクロエ経由で職人に詳細な指示を与えて繊細な銀細工のフレームを作らせ、眼鏡店に持ち込んで計測した度数にあったレンズをサイズを合わせて作らせてハメさせたのだ。
この世界にメガネっ娘を爆誕させるためなら金がいくらかかろうが構わない勢いで1週間で作らせた渾身の一品である。
「これは…眼鏡ですか?」
自分の知ってる眼鏡とは異なる小洒落た銀縁メガネに驚きをかくせないデルフィーヌ。
恐る恐る装着してみると、
「え、すごい!見える!見えます。ハッキリと。世界が…ああ!」
「そうでしょう。貴女は目が悪いからよく見ようと自然に人を睨みつけていたのよ。
好きな人ならなおさら強力な睨みだったでしょうね。」
「そんな…」
言いかけて、クッキリハッキリした女神を直視してしまい呼吸が止まるメガネっ娘。
「ウッ!本当に女神だった…」
「貴女、本を読むのが好きでしょう?」
「な、なぜそれを…」
「暗いなかで本を読み続けると目が悪くなるのよ。
これからは読書は日中になさいね。
では、これから策を授けるから聞いてちょうだい。」
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その文官は婚約者のデルフィーヌから王宮の庭園が見たいと珍しくねだられて、休日にもかかわらず職場に来ていた。
今日のデルフィーヌは見慣れない、だがよく似合ってる不思議な形状の眼鏡を付けていて、しかも睨みつけてこないので素直に美しいと思える令嬢ぶりで少しドキドキした。
彼女は大きなバスケットを抱えてきたので、自分が持ってあげてエスコートする。
見慣れた職場の庭園も美しい婚約者とともに歩くと新鮮で特別な気持ちになるから不思議だ。
普段とは違うゆったりとした時間が流れ、四阿に落ち着く。
持参したバスケットから軽食と水筒に入った冷たいお茶が出てきて驚かされた。
キツく感じていた婚約者がまったく違う生き物に思えたが、違ったのはこちらの先入観だったと気づく。
たわいのないお喋りに気分が解れ、日頃の疲れが出てつい欠伸をしてしまった。
おもむろに婚約者殿が隣に席を移し、肩を貸すから少し眠るようにと言ってくれたのでお言葉に甘えることにしよう…
…
気がつくと婚約者殿は肩を貸しながらも持参した本を表情をコロコロ変えて楽しげに読んでいた。
可愛い。
と思ったら、つい口にも出ていたらしい。眼鏡越しの驚いた美しい瞳にも見惚れていた。




