お医者さんごっこ
店を出て、スタジオの横にある別室へ。
部屋には簡易ベッドとリラクゼーション用の長椅子。
ベッドの上には脱衣カゴ。
なんだか本物の病院っぽい雰囲気だ。
「さあ、服を脱げ」
「なんで!」
「『ごっこ』ができんじゃろうが。いいからちゃっちゃと脱げ」
普通、脱がすのは俺の方だろう。
「……後ろ向けよ」
「男の裸なぞ興味ない。そんなもん見慣れとる」
どんな幼女もどきだよ。
まあ見かけが子供のせいか、こっちもさほど気にならない。
スーツを脱いでTシャツとトランクスに。
──ぱさりと布が投げられる。
広げてみるとパジャマというか甚兵衛というか。
「それを着ろ」
「最初から出せよ!」
「それじゃつまらんじゃろ。男の裸には興味ないが、いい年した大人がどぎまぎと恥じらう様を見て嘲笑うのは大好きなんでのう」
こいつ、まゆちゃんより最悪じゃないか。
「着替えたぞ」
「ベッドへうつ伏せで寝転がれ」
言われた通りにすると、のじゃーさんが俺の太腿に乗っかってきた。
あまり重みを感じない。
首から肩を撫で、さらに背中から腰へと手を這わす。
「ふむ、明らかに運動不足じゃのう。全身の筋肉が張っとる。ちと我慢せえ」
へ!?
「いってええええええええええええええええええええええ」
のじゃーさんが目一杯体重をかけて、指で首の付け根を押してきた。
「騒ぎすぎじゃ」
「何しやがる!」
「『お医者さんごっこ』、正確にはお医者さんの診療そのもの」
「はあ?」
どちらにも全く思えないんですけど。
「外に出て、この部屋の看板を見てみるがいい」
言われた通り外に出る。
よく見ると、この部屋の入口に小さく小さく看板が掲げられている。
【のじゃー整形外科・スポーツ診療科】
再び部屋に戻る。
「どういうこと?」
「わしは整形外科医、ハイカラに言うとスポーツドクターというやつでの。ちゃんと医師資格も持っとる。じゃからこれはれっきとした診療じゃ」
本物の病院かよ!
「それならそうと早く言え! 『ごっこ』とかもったいぶる必要ないだろうが!」
「早々に種明かししたらつまらんじゃろう。まゆもそうじゃ。ああ見えて成長ホルモンの研究しとる医学者じゃよ」
医学者って実年齢いくつだよ。
「まさかホルモン剤で成長止めてるとかじゃないだろうな」
「その逆、自分が成長するためのホルモンを開発するのが夢なんじゃとか」
洒落になってなさすぎる。
「はるみ。ごっこの支払じゃが、保険も効くけど使うか?」
「いや結構」
身元が丸わかりな共済組合員証をこんな店で出せるわけもない。
「身元を明かすわけにはいかんからのう、内調所属の雨木内閣事務官」
「なぜそれを!」
「ジョージから聞いた。ヤツがCIAというのも知っとるよ」
あの野郎!
ただ、ヤツもバカじゃない。
話したからには理由がある。
少なくとものじゃーさんは身元も確かだし、口も堅いということなのだろう。
のじゃーさんの手が肩へ伸びる。
さわさわと柔らかく心地よ──。
「いたあああああああああああ!」
「だから黙れ。力なんて全然入れてないぞ」
「嘘だ!」
「普通はイタ気持ちいいくらいのはずなんじゃが……それだけ疲れとるんじゃよ」
「我ながら情けないなあ」
背後からのじゃーさんのくすりという笑い声が聞こえてきた。
「スパイなんて仕事しとればストレスたまって当たり前じゃし、体だってこる。ここでは現し世の一切を忘れて安らぐがよい」
「優しいな」
「雨木やジョージが人知れず汚れ仕事をやってくれるおかげで、わしらは平和に暮らせるんじゃからの。当然のことじゃ」
「そんなこと言われると、嬉しくて涙出るじゃないか」
「お医者さんごっこと呼んでるのは、素直な童心にかえってリラックスしてもらいたいという意味もあっての。心と肉体、両方の疲労を取り去るのがわしの仕事じゃ」
外見と口調と店とそのサービスからは想像できないまともな台詞が飛び出した。
口だけではない。
丁寧な揉みほぐしからは、その言葉が本心からのものであることも伝わってくる。
真心の人。
俺の脳裏に陳腐でありふれた褒め言葉が浮かんだ。
しかしそんな俺の感動は、続く台詞であっさり台無しにされた。
「『お母さん』と呼んでもええんじゃよ?」
「呼ぶか! のじゃーさんはいくつだ!」
「レディーに年齢を聞くのは失礼じゃろ。自分で当ててみい」
ここはどこかの飲み屋か。
って、何歳って答えるのが正解なの?
メイド喫茶なら「永遠の一八歳」という答えが返ってくるのだが。
ロリで年長者にあたるわけだから……。
「一二歳?」
「子供扱いするな!」
怒られた。
つまりロリババア設定の方でいかないといけないのか。
適当に言ってみる。
「五三万歳?」
「惜しいの、一九〇〇年生まれの一一三歳じゃ」
「三しか合ってないじゃないか! しかもそのどこかリアルな数字はなんだ!」
「目を瞑れば思い出すのう。帝都東京が揺れ、ビルが崩れ、辺り一面火事になった関東大震災。フィアンセだった少尉殿が迎えに来てくれて……」
「いつの時代の少女漫画だ!」
俺の母親が持ってたマンガの話じゃないか!
「それがわかるくらいの年齢ということじゃ」
なるほど、一一三歳の方がボケとすれば五三万歳が本当に惜しいのだろう。
こういうのは実年齢×一万がお約束だからアラフィフ。
マンガが四〇年近く前だから世代的にも合う。
……母よりも年上じゃないか。