ふきふき
──ジョージが納豆かけごはんを食べ終えた。
「アマギ、オプション頼んでいいか? 一回三〇〇円なんだが」
開くジョージの口には糸がべとべとまとわりついている。
「三〇〇円と言わず、ガンガン頼んでくれ!」
予算を使い切らないといけないから頼んでもらわないと困る。
霞が関では予算を余らせると「翌年から必要ないよね」と財務省に削られるのだ。
ジョージとの連絡に与えられた予算は交通費込みで月額一万円の年額一二万円。
連絡は月一回だから、何としても本日中にこの店で使い切るしかない。
「りかちゃん、『ふきふき』おねがい~」
「もう、おにいちゃんはだらしないなあ」
持参していたバスケットからおしぼりを取りだし、ジョージの口元を拭い始める。
予めオプションを想定して、その道具を持参していた様子。
「きれいきれいなったよ。これはりかからおにいちゃんへのプレゼント」
りかちゃんが小さいボトルをコトンと置いて立ち去った。
「ジョージ、それは?」
「携帯用に小分けされたマウスウォッシュ。食後のオプションには必須だろ」
心配りにちょっとびっくり。
社会人だと外回り最中にふらっと立ち寄ることもあるだろうし。
幼女に口を拭いてもらって、そんなのまでもらえるとは値段的にも安い。
これは俺も食事後だったら頼みたいところだ。
「アマギ、自分も『ふきふき』してもらいたいって表情してるぞ」
「バ、バカ。そんなわけないだろ」
「どうだかな。ただ残念ながらこれは食後限定のサービスだ」
ジョージはニヤニヤしている。
さすがはCIA、観察眼には優れている。
隙を見せない様に気をつけないと。
ここは適当に誤魔化しておくか。
「ふっ、じゃあ来月は頼むことにするよ」
「おいおい、来月もここに来るというのかい? んっふー」
「そのアメリカンジョークみたいな喋り方はやめろ! お前はいったい何人だ!」
「アメリカ人ですが、何か?」
……そうだった。
数年前のネット民みたいな返し方しやがって。
どこからどう見てもアメリカ人なのに、こいつと話してるとついつい忘れる。
ジョージ、お前は少し自重しろ。
ここまでの会計が二五〇〇円。
予算は一万円。
どう考えても使い切れなさそう。
「来月こそはまともな、それでいて高額な店にしてほしいんだが」
「安心しろ。まともな場所だし、金をたっぷりと使わせてやる」
「ほお?」
ジョージがニヤリと笑う。
「来月の二五日はちょうどクリスマスだよな?」
「そうだな」
「二人でサンタに扮して、小学校前で幼女達にプレゼントを配ろうではないか!」
「お前は俺を失職させる気か!」
デートどころじゃなかった。
そんなの通報されて逮捕されたら即座にクビだし親だって泣く。
お前は外交官で不逮捕特権あるからいいけどな!
「ちゃんとアマギの上司には大使館から根回ししてやるよ。我が合衆国に日本政府ごときが逆らえると思うか?」
そんなことしたら、お前の方がアメリカ大使からクビにされるぞ。
「どこがまともな場所だ」
「小学校は立派な公的機関ではないか。そこをまともと言わずしてどこを言う」
ったく……。
いつまでも屁理屈に付き合ってられない。
「アメリカンインターナショナルスクールじゃだめなのかよ。大使館からの慰問ってことにすれば話も通りやすいだろうが」
「それだ!」
どうして俺はこんなロリの片棒担ぐアイデアを真剣にひねり出してるんだ……。
「なんでお前は全部揃ったイケメン中のイケメンのくせして彼女作らないかね。クリスマスなんて仕事どころじゃないだろ」
「それはどこから突っ込んだらいいんだ? 言っておくがアメリカでクリスマスをカップルで過ごすって、家族から相手にされないかわいそうな人だぞ?」
こんな時だけアメリカ人らしいこと言いやがって。
「じゃあ、そこは置こう。どうして彼女を作らない?」
「僕が彼女を作らないんじゃなくて作れないのは重々承知しているだろう。一二歳以下の幼女がボクの様なジジイを相手にしてくれるというのか?」
現実は一応見えてるんだよな。
「『おにすき』の店員みたいな幼女もどきでいいなら範疇なんだろ?」
「所詮演技だからなあ。素でもこれなら、むしろ本物の幼女よりも理想なんだが」
へ?
「ロリコンというのは幼女好きだからロリコンというんじゃないのか?」
幼女もどきが好きなら、単なる幼児体型フェチとかだと思うのだが。
「言葉が足りなかったな。一生を連れ添う相手として考えるならだ」
「どう違うんだ?」
「よ~く考えてみたまえ。どんな一二歳以下の幼女だろうと、一〇年、二〇年すれば邪悪で穢れた大人になるんだよ。それに引換え幼女もどきは既に年齢を経ている分、将来における退行の可能性は低いだろう」
大人になるのを「退行」ときたか。
こいつダメすぎる。
「どうしてそこまで幼女にこだわるんだよ」
「話すと重い話だけど聞くか?」
「いや結構」
「聞いてくれよ、ボクとアマギの仲じゃないか!」
「気色悪いこと言うな! 仕事相手から重いプライベートなぞ聞きたくないわ!」
「アマギに犯されたと内調にクレーム入れてやる……」
うぜえ、マジうぜえ。
でかい体を縮こませながら、さめざめと泣くんじゃないよ。
「わかったよ。とっとと話せ」
そもそもスパイがプライベート語っていいのか。
そんなツッコミ入れるのすら面倒だ。
「ボクって幼少の頃から神童と呼ばれて、中学・高校を飛び級してるんだけどさ
「うん」
そこは別に驚かない。
「大学に上がったら、クラスの女の子に逆レイプされたんだ」
「はあ?」
ちょい待てや。
「そして童貞を失ったのを機会に、ボクの才能も失われてしまった」
どこからツッコめばいいんだよ。
「お前って現在でもIQ一三〇以上あるんだろうが」
「ギリギリな。その程度の頭脳は凡人の範疇だよ」
イヤミか。
「童貞失ったからって才能まで失うわけないだろう」
「エロマンガ家だって童貞失うと才能枯れるじゃないか」
いや、お前はエロマンガ家じゃない。
アメリカにエロマンガ家がいるのかも疑問だけど。
「まとめさせてもらう。つまりお前は、一三歳で童貞切っちゃったわけ?」
「それどころか、あんなことからこんなことまで薄い本に出てきそうなことは全部された。ボクは心を病んで大学を休学し、気付いたら八年経っていた」
「ふんふん」
「その間ずっと思い出していたのは楽しかった小学校のことばかり。そのせいだろう、ボクは幼女しか女性として認識できなくなっていた」
本当に重かった。
さしづめオッパイばいんばいんな成熟した女は、ジョージの目からすれば髪の毛が蛇な魔物かなんかに映っているのだろう。
これで女性恐怖症になってない分、まだましなのかもしれない。
「すまんな、変なこと聞いて」
興味本位で話を持ち出してしまった自分が恥ずかしくなった。
罪の意識に囚われてしまう。
「なぁに、いいってことよ。ウソだから」
………………はあ!?
「飛び級とIQは本当だけど単なる早熟だったらしい」
「お前なあ……」
「アマギってホント人がいいよな。そんなんじゃスパイ失格だぞ?」
ジョージは腹を抱えてゲラゲラと笑っている。
「うるせえよ!」
「だから気に入ってるし、情報も回してるんだけどさ」
「まったく……」
こういう台詞を臆面もなく言える辺りはやっぱりアメリカ人だ。