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納豆かけごはん

 改めてオーダーが届いた。

 代わりにやってきたのは最初に出迎えてくれたポニーテールのりかちゃん。

 さよちゃんよりはまともなキャラの分、まだましだと思えてしまう。


 ジョージが怪訝な顔をしてりかちゃんに問う。


「さよちゃんは?」


「『おにいちゃんのばかばかばか、ふぇーん』って奥でわんわんしてる~」


「残念。僕が慰めてあげたかったのに」


 どの口でそれを言う。


 りかちゃんは御飯、納豆、味噌汁、醤油、小鉢とジョージの前に並べていく。

 納豆はちゃんと藁に包まれている。

 さすがは二〇〇〇円とるだけのことはある。

 しかし藁のまま客に出すのはいかがなものか。


「この納豆だけで一〇〇〇円する代物だぞ」


「どんな納豆だよ」


「おにすきは本物志向の店だからさ。追求できるところはとことん追求している」


 それを世間一般では「ムダ」と表現するんじゃないのか?


 続いて俺にコーヒー。

 なるほど、この香りは入れ置きじゃない。


「じゃあ、『まぜまぜ』するね」


 りかちゃんが木でできた匙を手にし、藁を広げて納豆を小鉢に移す。


「一〇歳という設定でも箸くらい使えるんじゃないか?」


「納豆と御飯に金気を移さないためだよ」


 つい口をついた質問にジョージが的外れな答えを返す。

 俺は木製である理由を聞いたわけじゃないのだが。

 しかもキャビアじゃあるまいし、そこまで注意を払う必要があるのか?


 りかちゃんは黙々とまぜている。

 伸ばす様に……こねくる様に……ゆっくりと。

 時折変化をつけたいのか、深く突き入れる。


 ジョージも黙りこくってしまったので、何となく俺も口を開けなくなった。

 卓上を静寂が支配する。

 正確には店内のBGMや他の客の話し声が聞こえているのだが、どこかそれとは切り離された感覚に陥る。


 得も言えぬ音が小鉢から這い寄ってきた。

 ぬちゃり……ぬちゃり……。

 にちり……にちり……。


 りかちゃんが手を頭上まで掲げる。


「ああ……こんなにおいとひいちゃってる」


 ジョージが囁くように語りかけた。


「りかちゃん、そんなにしちゃって。いけない子だね」


「りか、いけない子? でも……まぜまぜするのきもちいいもん……」


「やめなくてもいいんだよ。ほら、もっと早く動かして」


「こぉ?」


 舌っ足らずな口調で返すと、再び匙を小鉢に突き入れる。

 先程より手の動きが速くなった。 


「そうだよ。うん、いい感じ」


「ふにゃあ……きもちいい……」


 りかちゃんの手がどんどん速まる。

 ぷっくりした頬が紅潮してきた。


「りか、もぉとまんないよぉ~」


 目は潤み、とろんとしている。

 口をだらしなく広げ、端から涎が垂れ始めていた。


「りかちゃん、後ろからママが見てるよ」


「え!? ママごめんなさい、ごめんなさい! でも、もう、りからめぇ!」


「はあはあ、りかちゃん、もう少しだよ」


「おにいちゃああああああああああん!」


 りかちゃんが顔を天に向け、絶叫した。

 そのままりかちゃんは放心したかの様に上体を背もたれに預ける。


「はう~」


「りかちゃん、かわいかったよ」


 ジョージとりかちゃんが顔を赤らめながら見つめ合う。


「お前らなあ……」


 もう呆れ果てて言葉が続かない。


 しかしジョージはしれっと開き直る。


「納豆かきまぜてもらっただけじゃないか」


 どこがだよ。

 「幼女は愛でるもの」とか言ってた口はどこいった。

 思い切り劣情の捌け口になってるじゃないか。


「『いけない子』ってなんだよ」


「納豆まぜた箸を目の高さまで掲げるなんて行儀悪いじゃないか」


「ママが見てたっていいだろうが」


 ジョージがつんつんと小鉢を指さす。

 見ると、その豆粒はふくらんだ泡によって優しく包まれていた。


「納豆はある程度までは混ぜた方が泡だって糸の粘りが増して美味しい。しかし混ぜすぎると泡が立ちすぎて美味しくなくなる。ママが咎めて当然だ」


 納豆のかきまぜ回数における味の変化を検証した新聞記事があったっけな。

 三百回くらいがベストで、一万回も混ぜると生キャラメルの様になるとか。

 しかしそれでも屁理屈にしか聞こえない。


「納豆掻き混ぜることに快感覚えて絶頂迎える幼女がどこにいる」


「小さい子って単純作業に喜びを見出すというのを知らないのかね? プチプチだって潰し始めたら止まらないだろう」


 それは赤ちゃんレベルの話だし、プチプチ潰しで絶頂迎える女もしらんわ。


 一方のりかちゃんに視線を向ける。

 りかちゃんはぷいっと顔を背ける。


「りか、おまめさんたちをまぜまぜこねこねしてなかよくさせてあげただけだもん」


 お前ら二人とも、この納豆作ったお百姓さんに謝れ!

 決して食べ物を粗末に扱っているわけではない。

 むしろ、きっと理想の混ぜ加減ではあるのだろう。

 しかしどう見たって納豆がおもちゃにされてるじゃないか。


「よくこれで摘発されないよなあ」


「理屈としてはメイド喫茶でメイドが目の前で調理しながら会話してるのと同じだからな。体にも風営法にも触れていない」


 この鼻高々なドヤ顔。

 絶対にうまいこと言ったと思ってやがる。


 りかちゃんが席を立ち、ジョージの背後へ。

 白いナプキンを辿々しく巻き付けると席へ戻った。


「じゃあつぎは『あーん』してあげるね」


「あーん?」


「これも二〇〇〇円に含まれるサービスの一つさ」


 りかちゃんが納豆を御飯に載せる。

 今度はさっきみたいにぐちゅぐちゅと掻き混ぜたりはしない。


「あーんして」


「あーん」


 あんぐりと口を開ける。

 りかちゃんは匙に納豆かけごはんをすくいジョージの口へ運んでいく。

 文字通り「あーん」だった。


 行為よりもむしろ、匙からお椀へと糸が切れず伸び続けてることに驚きを感じる。

 すごい粘りだ。

 なるほど、こうしてみるとあのまぜまぜも意味がある行動なのだ。


 りかちゃんが匙をお椀とジョージの口の間で往復させる。

 それはいいのだが、その度に納豆の豆粒がテーブルへぼたぼた落ちる。


「もっとキレイに食べさせてもらえないのか? 見ている側としては気持ちのいいものじゃないぞ」


「幼女がそんなにうまく食べさせられるわけがないだろう」


 無駄に設定凝りやがって……。


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